四大精霊の愛し子はシナリオクラッシャー

ノルねこ

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プロローグ 〜四大(しだい)精霊の寵愛者〜

1、ルーク・ファルシオン

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「今日で魔獣討伐もしばらくお預けですね、ルーク様」
「ああ。王都だとそうそう魔獣被害なんてないだろうからな。まあ王立魔法学園を卒業するまでたった三年だ。その間は学生生活を満喫するさ」
 
 ルーク・ファルシオンは森が見渡せる切り立った崖の上に立っていた。ルークの後ろには騎乗した騎士の集団、その数五十名が整然と並ぶ。騎乗と言っても乗っているのは馬ではない。翼の生えた竜ーーワイバーンだ。

 彼らはワイバーン騎士団。国内で唯一軍隊を持つことを許されたファルシオン辺境伯が誇る騎士団だ。

 アウグスト王国ファルシオン辺境伯が治める領地ファルンは隣国・トロイメライ王国との境にあり、両国を隔てる国境となっている森は常闇の森と呼ばれている。かつて魔王領だったその森は、その名の通り、密集した樹々と地面から湧き出る瘴気で昼でも薄暗く、瘴気で強化された凶悪な獣たち、いわゆる魔獣が多数生息している。

 魔獣たちが領土に侵入しないように、また魔獣の数が増えすぎないように、ワイバーン騎士団とファルン冒険者ギルドに登録する冒険者たちは、協力して魔獣討伐に当たっている。

 ルークはそのファルシオン辺境伯の嫡男で、弱冠八歳の頃から父親でありファルシオン家当主アベルと共に常闇の森に入り、数多くの魔獣を討伐してきた。現在十五歳。まだ年若い年齢なのにも関わらず、既に冒険者レベルはA級であり、ワイバーン騎士団の副団長でもある。

 眼下に広がる常闇の森をルークの碧眼が睥睨する。
 
 その瞳に映るのは森の木々を薙ぎ倒しながら進んでくる、一際大きな一つ目巨人サイクロプスと、その後ろに付き従う数百頭はいるであろう魔獣の群れだ。

 ーー魔獣の大暴走スタンピード

 森に魔獣が増えすぎて飽和状態になると、別の居場所を求めて暴走を起こす。これがスタンピードだ。ファルシオン辺境領でスタンピードは珍しくもなんともない、自然災害と同じくらいの頻度で起こるものであった。

 大剣や槍などそれぞれ得意な得物を持ち、甲冑姿でワイバーンの背に跨る大人たちの中にあって、一番前に立つルークの姿は軽装だ。騎乗もしていないし、武器すら持っていない。シャツの上に着けた防具は胸当てのみ。左肩に黒いマントを掛け、黒いロングブーツを履いている。休日に街歩きをしている冒険者のような姿で、これから戦いに赴く姿には到底見えない。

 だがこの服に使われている布には魔法陣が織り込まれており、物理攻撃や魔法攻撃などあらゆる攻撃に対しての耐性、魔力の強化、自動修復などの付与がふんだんに付いた代物な上、マントの留め具は魔石で、魔力を事前にチャージしておけば、もし万が一魔力枯渇した際はそこから吸収して使うことも可能だ。

「シルフ、私の声をみんなに届けて」
『は~~い、ご主人!』

 ルークの声に反応して十五センチ程度の小さな精霊がふわりと姿を現し、ルークの周りを軽やかに飛び回った。シルフは背に蜻蛉のような羽を持った幼女の姿をしている。こうして人の姿をとることが出来るのは高位精霊のみで、シルフはサイズも小さいし、年齢も若く見えるが、実際は何百年も生きている風を司る精霊たちの王だ。

 ルークは後ろを向き、鼓舞するように声を張り上げた。

「いいかお前ら! 前方のサイクロプスは私とヴォルフが倒す! 魔法師隊は私たちの援護を! 他の者は魔獣の群れの対処を頼む!!」

 声変わりがようやく終わったばかりのその声は、シルフが起こした風に乗ってよく通った。隣に立つヴォルフが内ポケットからファルシオン家の紋章が刺繍されたハンカチを出して目尻に当てる。ちなみにその精巧な刺繍はヴォルフ自身が縫ったものである。

「ううう、おぼっちゃま、ご立派になられて……」
「おい、おぼっちゃまはやめろ。名前で呼べと言ってるじゃないか」

 ファルシオン辺境伯家の跡取りに対し、慇懃な態度をとるヴォルフはルークより七歳年長の侍従だ。侍従とは主人に付き従って身の回りの世話をする役職で、主人以外の命令には従わない。ヴォルフの主人はファルシオン家当主のアベルではなく、スラムで死にそうになっていたところを助けてくれたルークだった。

 ヴォルフは黒のモーニングコートに白手袋姿。ルーク以上に戦場に相応しくない出で立ちで、今からフォーマルパーティーでも始まるんですか? といった風情だが、屋敷でも戦闘時でもいつもこのスタイルでいる。

 二人にとって魔獣の討伐は常態で場数を踏んでいるため、戦いの場にあるはずの高揚感や恐怖感などの感情は一切ない。

「ぷっ」

 ルークが思わず吹き出した。姿が見えないことをいいことにシルフがヴォルフの頭の上に飛び乗ったり、耳や尻尾を引っ張ったりしてちょっかいを出していた。名前が似ていることもあって、シルフはヴォルフがお気に入り……というか、からかって遊ぶ相手だと思っている。ヴォルフにはルークのようにシルフの姿を見ることができないし、声も聞こえていないが、自分の身体を撫でるように吹く風がシルフの仕業だと理解している。

「次はいつ暴れられるのか分からないから、今日は気が済むまで蹂躙するぞ」
「はい、ルーク様」
 
 瞬間、ルークとヴォルフの身体から殺気が迸った。サイクロプスが殺気に気付き、街の方向から二人のいる崖の方へと進路を変え、大きく咆哮した。

『グオアアアァァァッ!!』

 普通の人間なら立っていられなくなるほどの『威圧』により巻き起こった瘴気の風が、ルークの白金プラチナの短髪とヴォルフの一つに結んだ艶やかな黒髪を靡かせるが、二人は飄々としている。歴戦の勇者であるワイバーン騎士団の団員たちも、誰一人として倒れる者はおらず、動揺することもない。卵から見守り育て、調教されたワイバーンたちも慣れているからか落ち着いている。

「ヴォルフ、行けるか?」
「はい、ルーク様。どこまでもお供します」

 徐にルークは崖から身を乗り出すと、躊躇することなくそこから飛び降りた。ヴォルフもすぐ後を追う。目が眩むほど高い崖を凄まじいスピードで落ちていく二人。普通の人間ならそんな高さから飛び降りたら死神と挨拶をする羽目になるだろう。

「シルフ」

 しかしルークには四大しだい精霊の一人、風の精霊王シルフの加護がある。友に話しかけるような柔らかな声でシルフの名を呼ぶと、崖下から吹いた一陣の風がルークとヴォルフの身体全体を包み込み、落下スピードが徐々に緩やかになる。

 タクトを振るようにシルフが指を動かすと、二人の足元に集まった空気が圧縮されて足場を作る。宙に浮いた透明な足場を使い、サイクロプスに向かってトントンと軽やかに進む二人の後ろをワイバーンに乗った騎士たちが続く。どこから出したのか、いつの間にかヴォルフの手には暗器が握られていた。刃が真っ黒なのは塗った毒薬のせいだ。

毒牙どくが狼男リカントロープ』。

 それがヴォルフの暗殺者時代の二つ名だった。ヴォルフは魔狼と人間の女との間に生まれた狼獣人で、小さい頃に獣人狩りに遭い奴隷にされた。隷属の契約に縛られて、自らの身体も毒に蝕まれながら、毒を使って数多くの人の命を散らしてきたヴォルフは、毒が全身に回り、暗殺者として使い物にならなくなったところで不要だと首魁に殺されかけ、這々の体で王都のスラムに逃げ込んだ。そこでたまたま母の実家へ遊びに来ていたルークに助けられ拾われた。それからヴォルフはルークを主人と定め、侍従としてずっと傍にいる。

 ちなみにシルフが引っ張っていたヴォルフの耳は狼の耳。そう、ケモミミである。ルークもシルフもヴォルフのモフモフな耳とフッサフサの尻尾がお気に入りで、暇さえあれば触っている。

「ノーム! 足止めを!!」

 ルークが叫ぶと、いきなり地面がボコボコと隆起し、土が何本も触手のように伸びてサイクロプスの足に絡みついた。足を取られたサイクロプスがたたらを踏む。その隙を見逃さず、ヴォルフが風の足場を使って跳躍し、暗器をサイクロプスの眼球に突き刺した。

『ギャアアアアァァァァッッ!!』

 耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。目を潰され痛みに身体を捻り、無闇矢鱈に腕を振り回すサイクロプス。二人はその腕が当たらないように距離を取った。そこにすかさず魔法師隊が遠距離から広範囲魔法を撃ち込む。その間にワイバーン騎士団の他のメンバーが周りの魔獣を上空から蹴散らしていった。

「ウンディーネ」

 ルークが名を呼ぶと、何もない空間にぽこりと水の塊が現れた。水球がくるくると回りながら大きくなり、それが次第に大人の女性の姿をとる。彼女は細くしなやかな手をするりとルークの首に伸ばし、頭を豊満な胸に押し付けた。

『ルーク、わたくしを呼び出すのが遅すぎましてよ』
「す、水源が近くにないから仕方ないだろ」

 ルークが何とか二つの膨らみの間から顔を出す。水から現れた彼女は水色の瞳と同色の長い髪を持ち、白いキトン(ギリシャ神話の女神が着ているような服のこと)を身に纏った女神と見まごうばかりの美女、水の精霊王ウンディーネ。そしてサイクロプスの足止めをしてくれた土の精霊王ノーム。その姿は大地そのもので人型をとることはない。

 風の精霊王、シルフ。
 水の精霊王、ウンディーネ。
 土の精霊王、ノーム。
 そしてこの場にはいない火の精霊王、サラマンダー。

 ルークはこの四大しだい精霊の寵愛を受けていた。

 精霊の姿は普通の人間には見えない。ただ、魔力が強い者はその存在をうっすらとだが感じ取ることができる。精霊たちはそんな人たちと魔力を対価に契約を交わし、その力を貸す。契約をすることによって契約精霊の姿を見たり、お互いの意思表示もできるようになる。精霊との契約、それを【精霊の加護】と呼ぶ。

 ファルシオン家の人間は代々、水精霊に好かれる体質を持つ家系で、当主のアベルもルークの妹のヘレンも水精霊の加護を持っていた。そしてルークの母マルガレーテは武闘派子爵家の出身で、風精霊の加護持ちだ。辺境伯の妻に相応しく、女だてらに剣も風魔法も使える魔法剣士である彼女は、結婚前はこの国の公爵令嬢、現在の側妃の専属護衛を勤めたほどだ。

 二人の血を受け継ぐルークは、契約をしないと見えないはずの精霊の姿を生まれながらにしてはっきりと見ることができていた。そのことが分かったのは、水の精霊の加護を受けるファルシオン家に跡取りが生まれた! と、興味本位で赤ん坊の顔を見に来たウンディーネとそのお付きの水精霊たちに向かって手を伸ばし、ウンディーネの指を掴んできゃっきゃと笑ったからだった。そして言葉を覚えた頃、普通、契約した精霊としか対話できないはずなのに、どの精霊とも意思疎通ができることも分かった。

 そのためルークはウンディーネに彼女の子供のように溺愛され、ウンディーネから話を聞いた他の精霊王たちからも愛された結果、四大精霊王から【精霊の寵愛】の加護を受けることとなった。

 精霊と契約し、加護を受けた者はそれなりにいるが、より強力な寵愛を受けている者はルークただ一人しかいない。それが一体だけならまだしも四体の、それも精霊王ともなれば、ルークの存在がどれだけ稀少で特異なのかが分かる。父アベルはルークを守るため、無用な争いを起こさないためにもこの情報を秘匿し、この国の王にすら知らせていない。
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