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王立ルサルカ魔法学園へ
1、襲撃
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ファルシオン領を出立して七日目、ようやくグランティーヌ公爵家の領地グランティアの北端へと入った。さすが何代にも渡り王族の血を取り入れてきた筆頭公爵家、領地はとても広大で、ここ北側は水量のある川も深い谷もあり、王都から観光客が風光明媚な景色目当てで訪れる自然豊かな場所だ。領地内とはいえ中央にある屋敷に着くにはまだまだ半日以上の距離がある。
ここへ来るまで山々の間を縫って作られた街道を真っ直ぐに進んできた。街道とはいえ整備されているのは街の近くのみで、その他はほとんどが獣道のようなもので、悪路とは言わないまでもところどころ狭くなっていたり、荒れていたりした。冒険者らしく、基本は野営で過ごし、出てきた森狼や森猪などを討伐して食料の足しにしたりした。
「う~~ん、暇だ……」
ガタガタと馬車に揺られながらルークが独り言ちる。ヴォルフは御者席に座っているため、箱の中はルーク一人だ。お互いの声は聞こえるからおしゃべりは出来るが、一人だと遊戯盤もできず手持ち無沙汰だった。
「なんか面白いことないかなあ。街道に出てくる魔獣は弱すぎて手応えがないし。ねえヴォルフ、物語ならそろそろ私たちの乗る馬車が盗賊に襲われるところなんだけどねえ」
家族や人前だと物腰柔らかくて礼儀正しく丁寧な口調のルークだが、長い時間を一番近い場所で共に過ごしたヴォルフの前だと途端に崩れる。主従関係とは違う、家族とも少し違う、冒険者の相棒としての気安さがそこにあった。
「荒事を期待しないで下さい、ルーク様」
反対にヴォルフはどこでも、誰に対しても丁寧な言葉使いと態度を崩さない。侍従としてこうして主人を嗜めたりはするが、主従関係から逸脱するような態度を取ることは決してない。
「ええ~~。だって暇なんだもん。戦いたい~~。盗賊じゃなくってもいいからさあ。この辺、竜種とか出ないかなぁ」
「もんって子供ですかおぼっちゃま。人里が近いですから竜なんて出ませんよ」
「だからおぼっちゃまはやめろ。恥ずかしい」
「お仕えした当初、家令のセバスチャンさんがルーク様のことをおぼっちゃまとお呼びでしたので、倣っていただけです」
ルークの軽口を聞き流しながらバトルホースを駆っているヴォルフの耳が何かを捉えてピクピクと動いた。音のする方へと聴覚を集中させる。
「ルーク様。お待ちかねのもののようです。剣戟が聞こえます」
「え! 本当!?」
だらしなく馬車の座席の背面にもたれていたルークがバネのように身体を起こし、内側から押せば開く天井の扉を開けて頭を出した。
「うーーん……。あ、本当だ。音はひとつじゃない。複数人……。十五人くらいいるかな」
「どうされますか」
「皆まで言わずとも。参戦するに決まってるだろう!」
「かしこまりました」
ルークが中に引っ込むと、ヴォルフが仕方ないなぁとばかりにため息をついて、手綱を引いて馬首を巡らせた。
*
横転した馬車の箱の中で、十五歳くらいの青い髪の男が従者の陰で息を潜めていた。仕立ての良い服は破れ、汚れてしまっている。さっきまで対面に座っていた彼の従者が頭から血を流し、折り重なった状態で死んだようにピクリとも動かない。賊に襲撃され、馬車が横転した時に従者が青髪の男に覆い被さって庇ったのだ。実際は血を流しすぎて気を失っているだけなのだが、彼には従者が死んでしまったかのように思えた。
青髪の男は公爵家の遠縁で、公爵家の一人娘が王族の婚約者となり、家を継ぐ者がいなくなったため、家門の中から子爵家三男の彼が選ばれ引き取られた。
彼の名はダイアン・グランティーヌ。義姉の名はエルメニア。
ーーーそう、攻略対象者である。
ほんの数十分前、ダイアンは領地の北端で起きた雪崩れによる災害の視察のため馬車の中で移りゆく景色を眺めていた。馬に騎乗した公爵家の護衛騎士たちは馬車の周りを取り囲むように配置についていた。馬車の中は暖房の魔法がかかっているため温かく、見える景色は変わり映えせず、だんだんと瞼が重くなってきた。
襲撃は唐突に始まった。
護衛騎士の一人が風切り音に気付いた次の瞬間、太腿に矢が突き刺さった。
「ーーっ、敵襲ーーー!!」
森の茂みの中から矢が射掛けられたのだ。いつの間にかウトウトしていたダイアンだったが、その声に飛び起きた。何事かと窓の外を見れば、外にいた護衛騎士が飛んでくる矢を剣で振り払って落としていた。
「ダイアン様、危のうございます。窓から離れて頭を下げてください!!」
同乗していた従者が叫んだ。ダイアンは外を見るのはやめて、従者に言われた通り頭を抱えて体勢を低くした。その間にも護衛騎士だけでは止めきれなかった矢が何本か車体に刺さる。幸い、公爵家の馬車は車体が分厚く頑丈で、鏃が中に届くことはない。
しばらくすると、いかにも賊といった怪しげな風体の男たちが茂みから飛び出して護衛騎士を襲った。公爵家の護衛騎士六人に対し、敵は少なくとも十人以上いる。その人数差に不利を悟った馭者は、すぐにその場から逃げ出す決断を下して馬に鞭を入れた。
「速度を上げて突っ切ります! 掴まっていて下さい!」
敵と対峙する護衛たちをおいて馬車が走り出した。だが、護衛騎士をすり抜けた男たちが馬に乗って後を追いかける。護衛騎士は向かってくる敵の相手で手一杯なため、すり抜けた男たちを追うことは不可能だった。
人を乗せた箱を引っ張らなければならない二頭立ての馬車と、背に一人乗せた身軽な馬。単騎の方が速いのは自明の理。森の中を通る街道は狭くて小回りもきかず、雪も残っていて足場が悪く、整備もそこそこにしかされていなくてすぐに追いつかれてしまう。
馭者は敵に斬られ馬車から投げ出された。制御の効かなくなった馬車はそのまま暴走し続け、木にぶつかって横転したのだった。
ここへ来るまで山々の間を縫って作られた街道を真っ直ぐに進んできた。街道とはいえ整備されているのは街の近くのみで、その他はほとんどが獣道のようなもので、悪路とは言わないまでもところどころ狭くなっていたり、荒れていたりした。冒険者らしく、基本は野営で過ごし、出てきた森狼や森猪などを討伐して食料の足しにしたりした。
「う~~ん、暇だ……」
ガタガタと馬車に揺られながらルークが独り言ちる。ヴォルフは御者席に座っているため、箱の中はルーク一人だ。お互いの声は聞こえるからおしゃべりは出来るが、一人だと遊戯盤もできず手持ち無沙汰だった。
「なんか面白いことないかなあ。街道に出てくる魔獣は弱すぎて手応えがないし。ねえヴォルフ、物語ならそろそろ私たちの乗る馬車が盗賊に襲われるところなんだけどねえ」
家族や人前だと物腰柔らかくて礼儀正しく丁寧な口調のルークだが、長い時間を一番近い場所で共に過ごしたヴォルフの前だと途端に崩れる。主従関係とは違う、家族とも少し違う、冒険者の相棒としての気安さがそこにあった。
「荒事を期待しないで下さい、ルーク様」
反対にヴォルフはどこでも、誰に対しても丁寧な言葉使いと態度を崩さない。侍従としてこうして主人を嗜めたりはするが、主従関係から逸脱するような態度を取ることは決してない。
「ええ~~。だって暇なんだもん。戦いたい~~。盗賊じゃなくってもいいからさあ。この辺、竜種とか出ないかなぁ」
「もんって子供ですかおぼっちゃま。人里が近いですから竜なんて出ませんよ」
「だからおぼっちゃまはやめろ。恥ずかしい」
「お仕えした当初、家令のセバスチャンさんがルーク様のことをおぼっちゃまとお呼びでしたので、倣っていただけです」
ルークの軽口を聞き流しながらバトルホースを駆っているヴォルフの耳が何かを捉えてピクピクと動いた。音のする方へと聴覚を集中させる。
「ルーク様。お待ちかねのもののようです。剣戟が聞こえます」
「え! 本当!?」
だらしなく馬車の座席の背面にもたれていたルークがバネのように身体を起こし、内側から押せば開く天井の扉を開けて頭を出した。
「うーーん……。あ、本当だ。音はひとつじゃない。複数人……。十五人くらいいるかな」
「どうされますか」
「皆まで言わずとも。参戦するに決まってるだろう!」
「かしこまりました」
ルークが中に引っ込むと、ヴォルフが仕方ないなぁとばかりにため息をついて、手綱を引いて馬首を巡らせた。
*
横転した馬車の箱の中で、十五歳くらいの青い髪の男が従者の陰で息を潜めていた。仕立ての良い服は破れ、汚れてしまっている。さっきまで対面に座っていた彼の従者が頭から血を流し、折り重なった状態で死んだようにピクリとも動かない。賊に襲撃され、馬車が横転した時に従者が青髪の男に覆い被さって庇ったのだ。実際は血を流しすぎて気を失っているだけなのだが、彼には従者が死んでしまったかのように思えた。
青髪の男は公爵家の遠縁で、公爵家の一人娘が王族の婚約者となり、家を継ぐ者がいなくなったため、家門の中から子爵家三男の彼が選ばれ引き取られた。
彼の名はダイアン・グランティーヌ。義姉の名はエルメニア。
ーーーそう、攻略対象者である。
ほんの数十分前、ダイアンは領地の北端で起きた雪崩れによる災害の視察のため馬車の中で移りゆく景色を眺めていた。馬に騎乗した公爵家の護衛騎士たちは馬車の周りを取り囲むように配置についていた。馬車の中は暖房の魔法がかかっているため温かく、見える景色は変わり映えせず、だんだんと瞼が重くなってきた。
襲撃は唐突に始まった。
護衛騎士の一人が風切り音に気付いた次の瞬間、太腿に矢が突き刺さった。
「ーーっ、敵襲ーーー!!」
森の茂みの中から矢が射掛けられたのだ。いつの間にかウトウトしていたダイアンだったが、その声に飛び起きた。何事かと窓の外を見れば、外にいた護衛騎士が飛んでくる矢を剣で振り払って落としていた。
「ダイアン様、危のうございます。窓から離れて頭を下げてください!!」
同乗していた従者が叫んだ。ダイアンは外を見るのはやめて、従者に言われた通り頭を抱えて体勢を低くした。その間にも護衛騎士だけでは止めきれなかった矢が何本か車体に刺さる。幸い、公爵家の馬車は車体が分厚く頑丈で、鏃が中に届くことはない。
しばらくすると、いかにも賊といった怪しげな風体の男たちが茂みから飛び出して護衛騎士を襲った。公爵家の護衛騎士六人に対し、敵は少なくとも十人以上いる。その人数差に不利を悟った馭者は、すぐにその場から逃げ出す決断を下して馬に鞭を入れた。
「速度を上げて突っ切ります! 掴まっていて下さい!」
敵と対峙する護衛たちをおいて馬車が走り出した。だが、護衛騎士をすり抜けた男たちが馬に乗って後を追いかける。護衛騎士は向かってくる敵の相手で手一杯なため、すり抜けた男たちを追うことは不可能だった。
人を乗せた箱を引っ張らなければならない二頭立ての馬車と、背に一人乗せた身軽な馬。単騎の方が速いのは自明の理。森の中を通る街道は狭くて小回りもきかず、雪も残っていて足場が悪く、整備もそこそこにしかされていなくてすぐに追いつかれてしまう。
馭者は敵に斬られ馬車から投げ出された。制御の効かなくなった馬車はそのまま暴走し続け、木にぶつかって横転したのだった。
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