元暗殺者の少年は竜人のギルドマスターに囲われる

ノルねこ

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1章 暗殺者から冒険者へジョブチェンジ!

14、ケイとレオンハルトは屋台で食事をする

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 門を通り抜けるとそこは広場になっており、真ん中にある大きな噴水の周りには迷宮ダンジョン帰りの冒険者を当て込んだ屋台が立ち並んでいた。肉が焼ける美味しそうな匂いにつられた冒険者たちが、屋台で肉を購入しては歩きながらかぶりついている。広場からは大きな道が三本放射線状にのび、ダンジョンに潜るために必要な武器防具を売る露店がびっしりと立ち並んでいた。

「さすが冒険者の街だね」
「冒険に必要なものは大体ここで手に入るぜ。ああ、腹減った。肉食いてぇ」

 肉が焼ける、あまりに美味しそうな匂いに惹きつけられたレオンハルトがふらふら歩いていこうとするので腕を掴んで止めた。

「先に宿泊手続きだろ! 荷馬車もあるしペイルも連れているんだから、食べるのはあと、あと!」
「あーーう~~。肉ぅ~~」

 肉に未練たらたらで、今にも涎を垂らしそうなレオンハルトをずりずりと引きずるようにしてエリオットさんたちの乗る荷馬車の後に続いた。ペイルは曳き手を引っ張らなくてもちゃんと僕たちの横をついてくる。肉肉言ってばかりいるレオンハルトよりもよっぽど物分かりがいい良い子だ。

 さっきの女冒険者たちに宿屋の場所を聞いておいたのか、荷馬車の手綱を握ったハッシュさんは迷いなく一番左の大通りを進み、途中で路地に入った。途端に喧騒が遠くなった。

 大通り沿いにも宿はあるけれど、人通りが多いし酒場もあるので夜になっても騒がしい。騒がしいのが好きな人はいいけれど、僕は静かな方がいいし、旅の疲れを取るためにゆっくり休みたいので、宿屋が静かな立地にあった方が良い。幸い『白羊亭』は静かな路地の奥にあった。

 『白羊亭』はオレンジ色の三角屋根と白い壁の、童話に出てきそうな建物だ。階段を五段登った先にある入り口ドアに大きな字で『白羊亭』と書かれた、羊毛を強調したような形の可愛らしい看板がかかっている。吊り下がっている鈴はカウベルだ。

 ちらりと目線を宿屋の周りに向ける。路地の一番奥は厩舎でそれ以上先はない。建物が隣接しているから、もし盗賊が宿屋へ入ろうとするならば屋根の上からだ。宿屋の一番上には屋根裏部屋があるのか色ガラスが入った窓がひとつある。侵入するならそこからだろう。ああ、でもちゃんと窓には簡易の結界が張ってある。宿屋全体と厩舎に盗賊避けのスクロールも展開中。二重の備えがある宿屋の安全管理は合格で、泊まっても問題ないだろう。レオンハルトも常時気配察知を使っているようだから、もし窓の結界が破られてもすぐに気付いて対処できるはずだ。

「部屋は私とエリオット様、レオンハルト様とケイ様の二部屋でよろしいですか?」
「おう。ベッドは一つでも構わないぜ」
「絶対にツインルームでお願いします」

 クスリと笑ったハッシュさんは部屋が空いているかどうかを確認するために、先に扉を開けて中へ入っていった。しばらくしてハッシュさんと、短くて真っ直ぐな羊の角を持つ、僕と変わらない年齢の女の子が一緒に外へ出てきた。

「お部屋は朝食付きで、ちゃんと二人部屋を二部屋お取りいたしました。今からでしたら夕食も間に合うとの事ですが、レオンハルト様がたはどうなさいますか?」
「んーー。宿に荷物置いたら俺たちはギルド行って来るから、その辺の屋台で食うか」

 否はないので頷く。僕もお腹が空いていた。

 冒険者が泊まる宿は大体が一人部屋で、商人や観光客向けのような二人部屋は少ない。厩舎や荷馬車場がある宿屋も極少数だ。教えてもらわなければ宿を見つけるまで時間がかかっただろう。あの女冒険者さんたちには感謝しかない。

「じゃあ二人部屋を二部屋お願いしますね。あと、二人分の夕食を付けて下さい」

 ハッシュさんが女の子に泊まる旨を知らせると、女の子が目を輝かせてペコリとお辞儀をした。

「はい! いらっしゃいませ、『白羊亭』にようこそ! あたし、この宿屋の看板娘のメリーよ。よろしくね」

 自分で看板娘だと言うだけあって、人好きするような明るい笑顔の可愛らしい子だ。ふわもこのピンクの上着がよく似合っている。

「じゃあまずは馬を厩舎に連れて行きますね! 厩舎には馬丁がいますし、盗賊避けのスクロールも展開してあるから泥棒さん対策もバッチリよ……、ってきゃあっ」

 ペイルの二本の角に気付いたメリーは、持とうとした曳き手を取り落とした。

「うわあ、びっくりした! この子、バイコーンじゃないですか! うわぁ、初めて見たっ。はわわ、ほんとに角が二本ある! 従魔登録は? 終わってる? 触っても平気? ね、触らせてっ! ね、ね、お願い!」

 メリーは矢も盾もたまらず喋り出した。うずうず、わくわくと全身で触りたい! と表現している。バイコーンは魔獣なので怖がらせてしまうかと心配したけれど、全く問題はなさそうで、むしろ興味津々だ。

「ペイル」

 レオンハルトが一声かけると、ペイルは撫でやすいように首を下げ、メリーに頭を擦り寄せた。おずおずと手を伸ばしたメリーは喜色を浮かべてペイルの頸を優しく撫でた。

「ふわああぁ、暖か~~い! おっとなしい~~! かンわいい~~!!」

 喜んでもらえて何よりだ。僕と初めて会った時の態度と全然違うんだけど、ペイルもやっぱり男の子ということか。

 荷台を荷馬車場に置き、外した馬とペイルを厩舎の馬丁に預けたあと、メリーの案内で部屋に入った。うん、ちゃんとベッドは二つある。多少狭いが天井が少しだけ高く圧迫感はない。真新しいシーツを敷いた清潔なベッドはスプリングが効いていて身体をしっかりと支えてくれそうだ。そして布団はやはりというか羊毛布団だった。

「これ、部屋の鍵です。出かける時は入り口のお父さんのところにちゃんと預けてね! では、ごゆっくりどうぞ」

 メリーは宿屋の説明をした後、勢い良くぺこりとお辞儀してから部屋を出ていった。『夜見月亭やみつきてい』もそうだったが、この宿も家族経営のようだ。宿屋の一番上にあった色ガラスの窓の中が家族の部屋なのだろう。

 僕たちは部屋に荷物を置き、一息ついてから隣の部屋のエリオットさんたちに冒険者ギルドに行って来ると伝え、部屋に鍵を掛けた。安全のために一応【施錠】も重ね掛けしておく。

 宿屋の帳場にはメリーそっくりの顔をした、渦巻き状のアモン角を生やした男の人が座っていた。彼がメリーの父だろう。彼に鍵を預けて外へ出た。

「ギルドはなあ、門を入ってすぐの所にあった噴水広場から真ん中の道をまっすぐ行った所にある。ギルドの看板が置いてあるからすぐに分かるぜ。こっちだ」

 冒険者ギルドのシンボルマークは細剣レイピアを二本交差させた図柄で、どの国も同じ印を使っているからすぐに分かる。どうせ広場に戻るし、レオンハルトが肉を食べたそうにしているから、屋台で何か買って食べてから冒険者ギルドに行くことにした。

 宿屋がある路地から大通りに出ると、冒険者たちで道はごった返していた。宿屋へ向かうために門の方から歩いて来る者と、逆に酒場や屋台に向かうために門の方へ歩いて行く者がすれ違い、やれ肩がぶつかった、得物が当たったなど、大した事でもないのに軽いケンカがあちこちで始まっている。

 背が低く、往々にして屈強な冒険者たちの背に隠れてしまう僕は、人にぶつからないように気配察知だけでなく、【俊敏アジリティー】の付与エンチャントをしようとすると、レオンハルトに右手を取られた。そしてそのまま指を絡ませる。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。

「付与も魔力食うんだからこんなことで使っちゃもったいないだろ。こうして俺と手ぇ繋いでおけば向こうから人が避けてくるさ」

 現にレオンハルトの顔を知っている者は口を開けて固まるか、どうぞと言うようにさっと横に避けてくれる。レオンハルトの顔を知らない者も、纏っている強い威圧感に怯えて道を開ける。さながら海が割れるように人が向こうから避けてくれるのだ。

「便利ぃ……」

 思わず呟くとレオンハルトはカラカラと笑った。

 手を繋いだまま半歩後ろを歩く。意外としなやかな長い指に、大きくて分厚い手。手の甲にある鱗がコツリと指に当たる。僕が遅れそうになるときゅっと指に力が込められ腕を引かれる。レオンハルトを見上げると、目を細めて穏やかな笑顔を返してくる。何だかいたたまれないというか、この甘ったるいような空気感は何だろう。僕は恥ずかしくなって広場に出るまでずっと下を向いて黙々と歩いた。

「やっぱ串焼きだな!」

 レオンハルトは大蛇サーペントの肉をぶつ切りにして串に刺して焼いた串焼きに、大口を開けて豪快にかぶりついた。鶏肉にも似た淡白な味わいの大蛇は、鶏よりも数が多いし鶏よりも安いから、冒険者のみならず平民や商人にも人気の食材だ。血抜きなどの下処理をちゃんとしてから下味をつけ、串に刺して炭火で焼き、つけだれにつけては焼く、を繰り返せば、ふっくらとした美味しいサーペント焼きができ上がる。

 僕は噴水の縁に座り、魔牛肉やオークの肉を薄く切って積み重ねた肉の塊を回転させながらゆっくりと焼いたブロック肉をナイフで削ぎ落とし、野菜と一緒に平たいパンで包んだものを手で掴んで恐る恐る口に入れる。初めて食べる料理だ。甘辛いソースのおかげか肉の臭みは感じられない。

「ん、美味しい」

 指についたソースをぺろっと舐める。この甘さは蜂蜜だろう。フライパンで焼かれたばかりのパンはまだ温かい。肉と一緒に包まれた野菜は千切りキャベーシとオニアン、薄切りにされたトメェトでボリュームがある。たっぷりの具材が溢れないように、できるだけ大きく口を開けてかぶりつく。

 口の端からこぼれ落ちるソースを僕が手で拭う前に、すかさず屈んだレオンハルトは舌でソースをベロリと舐めた。

「……うん、あめえ」

 夕陽に照らされた僕の顔はきっと真っ赤になっていることだろう。決して照れているわけではない。全部夕陽のせいだ。

 レオンハルトは僕の耳に口を寄せた。

「ま、甘いのはソースだけじゃねぇがな」


……………………………………………………………………

【おまけ】

(side.街の某腐女子 あたしの腐女子センサーにハズレなし!)

 はわわわわわぁ~~。
 今すれ違った大きな男の人と可愛い顔した男の子、年の差があって親子か兄弟にしか見えないけれど、あれは明らかにキャッポルゥ~~(※作者註:カップルのこと。興奮ですごく発音が良くなったらしい)よね! あたしの腐女子センサーにハズレはないわっ!

 あたしはくるりとUターン。
 門の方へ行くのかしら? だったら屋台デートね!
 人混みに紛れて少し離れた所から二人を見学。うーーん、あのでっかい男の人、どっかで見たことあるような……?

 ふわっ! ああ、あ、あ、きゃあああぁぁ!!

 手、手、手を握ったわっ! それも指と指を絡めた恋人繋ぎっ!!

『人が多いな……。迷子になったら困るから、ほら。俺がエスコートしてやるよ』
『う、うん……。ありがと。嬉しい……。でも、恥ずかしいな……』

 って感じ!?
 きゃああああ! (妄想です)

 あらあら、まあまあ! 大きな男の人は恋人君が人にぶつからないように、半歩自分の後ろに下がらせて、大きな身体で盾を作って歩き易いようにしてあげてるじゃない。うわあ紳士的ぃ。
 目と目を合わせて笑顔を見せて。ぎゅっと手を握り合って。ルルル~~二人だけの世界~~。ああ、薔薇が背後に見えるわ……。眼・福……。

 それにしても前から来るならず者たち(※作者註:彼女の目には腐女子センサーから外れる男はみんなならず者)は、紳士さんの顔を見るなり逃げるように道を開けるのは何でかしら? 二人に間に流れるラブラブパワーのせいかしら。うーーん、ま、いっか! 二人の邪魔をする奴がいなくて。

 屋台ではちゃんと紳士さんが恋人君の分も買ってあげている。紳士さんが大蛇の串焼きで、恋人君が羊肉のパン包みね。お目が高い。ソースはハニーマスタードか。あれ、肉の臭みを消してくれるし甘辛くて美味しいのよね。

 ああ、あたしもお腹が空いてきたわ。何か食べようかしら……って、

 ぎゃああああぁぁぁ!!

 舐め、舐め舐め舐めたあぁぁぁぁぁ!
 恋人君のほっぺをぺろっと、はわわわわ、ほっぺじゃないわ! あれはもう口よ! 口にキスよキッス!!

『ごちそうさま』と言うように上唇を舐める紳士さんの紅い舌がエロ~~い。
 ……ああ、あなたは紳士の皮を被った野獣だったのね!

 あ、また顔を近づけた。

 ぼっと音が聞こえるくらい恋人君の顔が熱を持ったように赤くなった。いったい何を言ったのおおおお!! ねえねえ、誰か教えてーーーー!!!!

「ちょっとお嬢さん」
「はい?」

 誰よ、今いいとこだったのにっ!
 声を掛けられ振り返ると門番さんが立っていた。確か、シドさんって名前の弟くんの方。

「大丈夫? さっきからすっげえ挙動不審なんだけど」
「だ、だ、だ、だだ大丈夫ですぅ」

 二人を盗み見してたなんて言えない。あたしは慌ててその場を立ち去った。大通りの人混みに入ってからちらっと噴水に座っていた恋人君達の方を見たけれど、食べ終わったのかもうそこにはいなかった。また会えるといいな。腐女子センサーをいつも最大にしておこうっと。

 この後、あたしの腐女子センサーを最大にしても二人の姿を見ることはなかった。だけどなぜか数日後再会した門番のシドさんに告白されました。

……………………………………………………………………

【補遺】

 キャベーシ…キャベツみたいな野菜
 オニアン…玉ねぎみたいな野菜
 トメェト…トマトみたいな野菜

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