“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

最終話 久美子の愛

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 あれから数週間が過ぎた。今日は、バーニング・ゼミナールの営業が再開される日である。建物の前に多くの塾生たちが集う、いつもの光景が蘇った。ある子供はそれを待ち遠しく思い、またある子供は嫌々ながらも無事に通って来た。すべてが元に戻ったのである。 


 いつの間にか、春休みになっていた。気温がぐんぐんと上昇する中、半袖を着ている元気な男の子までいる。世間で開花している桜でもあれば、めでたい様子にも見えるものだが、あいにく周辺の路上にそんなものはなかった。代わりに、上空から強い光を放つ太陽が雲の隙間からのぞいている。まるで、平和の訪れを歓迎するかのように。 


 子供たちの中に犠牲者がひとりも出なかったのは幸いだった。皆、負の気に晒され続け、気力体力ともに衰弱していたが、搬送が早かったのである。ある者は病院で治療を受け、またある者は“霊的治療"を施された。 


 当然、一部の保護者たちからは非難の声があがったが、退魔連合会側から塾長の中久保初美に否はないと説明された。彼女が『非現実ジャーナル』を利用し、“幽霊騒動"を宣伝に用いたことは事実であるが、今回の件は予測できるものではない。また、初美自身が人外の存在を呼び出し、利用したわけでもないため、責任はないのである。精神的ショックから辞めた塾生もいるが、残る子供たちが大半を占めた。そんな子供たちが今日から通塾を再開している。建物内は戦闘で傷ついているが、バーニング・ゼミナールは人外から受けた物的被害を保障する民間保険会社のプランに加入していた。人外の手によるものと“認定"されれば、保険がおりる。田舎町の数少ない学習塾は、今後も貴重な存在として経営を続けるのだ。 


 黒い修道服を着た天宮久美子は、バーニング・ゼミナールから少し離れた所に立ち、塾生たちの様子を眺めていた。嬉々と通う子もいれば、嫌々ながら通う子もいるようだが、幽霊騒動は決着したのである。もう、講師の格好をする必要はなくなった。無口な自分には向かない仕事だったことは自覚しているので未練はない。なんとなく寂しいように思えるのは、きっと気のせいに違いない。 


「こんにちは、天宮“先生"……」 


 背後から聴き覚えのある少女の声がした。振り向いた久美子は驚いた。そこにいたのは、さきの戦闘のさなか壁にあいた口の中に引きずり込まれ、姿を消した“もうひとりの幽霊"、友村早苗だったのである。 


「生きて、いたのか……?」 


 と、久美子。それはおかしな言いかただった。目の前の少女は幽霊であり、既に“死人"のはずである。 


「あの先に、こちら側の世界に通じる“バイパス"があったのよ。なんとか抜けてこられたわ」 


 早苗は言った。バイパスとは何なのか?生者の久美子にはわからないことである。あの世へ通ずる道もあれば、そうでない道もあるということなのかもしれない。とりあえず、そう理解した。 


「今、退塾届けを出して来たのよ」 


 と語る早苗の三つ編みは揺れていた。春らしい風が吹いている。


「なぜ……?」 


 久美子は訊いた。無口なこの女が、人にものをたずねることは大変に珍しい。 


「こっちの世界にいられる“リミット"が近いのよ。元木先生もいなくなったし……」 


 どこか寂しそうな早苗。 


「ねぇ……元木先生は、どうなるの?」 


 そんな彼女の質問は久美子には答えにくいものである。違法薬物ストロング・エンジェルの売人であり、かつ、今回の幽霊騒動の首謀者である仮面の男、バロンの罪は大きい。 


 一命をとりとめた元木の供述によると、彼は海外に存在する異能者の犯罪組織に自分を売り込む予定だったという。世界中で暗躍するそういった組織の一員になれば、違法薬物の売人を続けるよりもはるかに高収入が期待できるからだ。すべては、彼が育った養護施設、やさしさハウスへの金銭的援助のためだった。 


 そういった犯罪組織は、より強力な異能者を求めるものである。元木は自分と一体化できる幽霊に負の気を“食わせる"ことで、自身の能力向上をはかっていたのだ。『非現実ジャーナル』に幽霊の情報をリークしたのも彼なのかもしれない。宣伝効果により飛躍的に増加した塾生たちから大量の負の気を収集するという元木の計画は、隼人と久美子の手により打ち砕かれた。 


「……じゃあ、わたし、そろそろ行くわね」 


 何も語らない久美子の心中を察したのか?早苗は言った。どこへ行くのだろう?やはり、“死後の世界"か?夢であり目標であった総理大臣には、とうとうなれなかった。早苗が真剣に勉強する姿と、かつて少女だったころの不器用な自分の姿を何度も重ね合わせたものである。 


「隼人くんに、よろしく言っておいて頂戴」 


 と、早苗。その姿、その色が次第に薄くなってゆく…… 


「自分で言わないのか?」 


 久美子は訊いた。何故か、もう少しでも現世にとどめておきたいと思った。 


「湿っぽいの、苦手なのよ……」 


 早苗の全身が透明に近づく。 


「さよなら、天宮先生。わたしたち“人間同士"だったなら、いいお友達になれたのかもしれないわね……」 


 と、言い残して彼女は消えた。まるで、春風に連れて行かれたかのように…… 










 バーニング・ゼミナールのそばに小さな公園がある。先日、ここで幽霊と対峙したときはまだ咲いていなかった桜が開いていた。五分咲きでも美しいものである。そして、そこにつっ立っている少年もまた、少女と見間違うほどに美しい。 


「久美子さん……」 


 こちらの気配を感じたのか、隼人は振り返った。元気がない。 


「どうしたのだ?」 


 久美子は訊いた。桜の下に立つシスターというものもまた絵になるが、それは彼女が只々、美しいからに他ならない。 


「早苗ちゃん、塾を辞めちゃったんだって。さっき、塾長先生に聞いたんだ……」 


 と、隼人。なるほど、それが元気のない理由のようだ。


「なんで、僕には何も言わず辞めちゃったんだろ?友達だと思ってたのになぁ……」 


 と語る彼の美顔は、泣き笑いの表情を浮かべている。11歳の少年の心には、別れがもたらす負担というものが大きくのしかかるものなのかもしれない。 


 久美子は早苗が“幽霊"だということを隼人に告げなかった。知らなくても良いことである、と判断したのだが、言いにくかったのも事実である。生者でなく死人だと知れば、もっと悲しむだろう。だから“真実"は隠すことにした。 


「友達だと思っていたから、何も言えなかったのではないか?」 


 と、久美子。実際、早苗自身がそう思うあまり、別れを言えず、黙って“逝った"のだと考えている。 


「そんなものなのかなぁ……友達って、そんなものなのかなぁ……」 


 真珠にも似た涙を流しながら隼人は言った。久美子は、この少年にまたも命を助けられた。なぜ彼が、本来持たないはずの“返り魔の力"を発揮できたのか?理解不能なその事実が今後、隼人をさらなる血の海へと導くことになる。


 久美子は漠然とながらそれを予感しつつも、今はただ、少女のように美しい……いや、少女よりも美しいこの少年を自分のものにしたいと思った。戦場では頼りになる反面、どこか歳相応の繊細な感性を持ちあわせたギャップも良いが、やはり占有欲をそそる美貌である。だから、強く抱きしめた。 


「久美子さん……?」 


 ちいさな隼人は、久美子の豊かな胸に顔をうずめる格好となった。 


「泣くな……いや、今は泣いてもいい……だが君は、戦士になる少年なのだろう?ならば、その涙は今日、枯らすのだ……」 


 修道服ごしに少年の体温を感じながら、久美子は言った。その言葉を聴いた隼人は声をたてず、ただ泣き続けた。










 風があっても散らないという五分咲きの桜は、生きるための強靭な生命力を春の空気にさらしながら、ふたりを見守るように立っていた。その様子を見上げながら胸に熱い涙をかんじたとき、久美子は自覚した。


 この少年を、愛しているということを……










 ~第三章、完~
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感想 1

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みんなの感想(1件)

piccoli91
2016.11.29 piccoli91

さよなら本塁打さん、はじめまして。
“魔剣" リルムリート、大変に魅力的な作品です。
第4章以降は無いのでしょうか?
久美子と隼人の、その後がとても気になります。
スピンオフでも良いので描いていただけると嬉しいです。
これからも作品を楽しみにしております。

2016.12.01 さよなら本塁打

piccoli91さん。お便り、ありがとうございます!
嗚呼、アルファポリス様でいただいた初めての感想……、とっても嬉しいです。

四章、書ければいいなぁと思っています。構想自体はあるのですが……

小説家になろう様にて同名義で発表している『退魔剣客KUMIKO ~柔肌、魔性の剣~』が『“魔剣” リルムリート』のスピンオフ作品なのですが、久美子が主役です。
リルムリート第一章の後日談となっており、時系列的には第二章と並行したお話なので、よかったらご一読くださいませ m(_ _)m

現在、同一世界設定の小説を執筆中なのですが、こちらはカクヨム様にて連載予定。いろんなサイトで書いている節操のない私ですが、今後ともよろしくお願い致します。

解除

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