“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第64話 リルムリートの予感

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(リルムリート……リルム……また、会えた……来てくれた……!) 


 隼人は言った。以前、大隅半島O町で“再会"したとき以来である。首払村で“神"と相討ちになった魔剣リルムリートは、輝く塵と成り果て、そして消えた。もう、この世に“実体"はない。 


『隼人……私の隼人……』 


 リルムリートは両手を差し出した。隼人は、その胸に飛び込んだ。 


(リルム、力を……力を貸して……久美子さんが……友達が戦っているんだ、お願いだよ……!) 


 幾多の困難を経た結果、年のわりに冷静な少年になった彼が、こうもストレートに甘えることは珍しい。隼人は胸に顔をうずめながら言った。 


『とっても、嫌な“予感"がするのよ……』 


 というリルムリートの声は、いつもより暗かった。普段は少女のようにも大人のようにも聴こえる不思議に絡みつく声質である。外見は二十代の美女だ。 


(予感?) 


 隼人は見上げて訊いた。子供の彼より遥かに背が高いリルムリートという女は日本人ではない。透きとおるような白い肌と長い金髪を持つ。唇は血の如く紅く、瞳は炎と同色である。その美貌は妖艶なもので、エロスさえ感じさせる。“実体化"した彼女は剣の形をとるが、塵となった今、それは出来ないことなのだろう。 


『なにか、“大きな事"が起こりそうな気がするの』 


(大きな事……それは、一体……) 


『わからないわ……ただ、そんな予感がするの……』 


 リルムリートは長い睫毛を落とし、言った。 


『でも、当たってくれれば、私たちはまた、逢える……そんな風にも思うのよ……』 


 そして彼女は、隼人の少女のような顔に手を当てた。炎の剣でありながら、冷たい手をしている。 


『だから、それまで生きて……お姫様のような、私の王子様……』 










 隼人が目を開いたとき、壁から伸びた青白い手に腕を取られ、宙吊りにされた久美子の姿があった。そのまま放り投げられた彼女は、壁に叩きつけられた。 


『しになさい、しねッ!天宮久美子……!』 


 と言う幽霊のコントロールにある青白い手が左右の壁から襲った。久美子は御神刀、雷光から返り魔の力を発揮するも、消耗が激しく威力が弱かった。そのまま両腕をとられ、またも宙吊りにされた。負の気が蔓延した過酷な環境下で戦闘を続けた彼女、抵抗する力は尽きていた。 


『ひきさいてやるわ……!』 


 幽霊が勝ち誇る。左右から両腕を引っ張られた久美子が悲鳴をあげた。御神刀、雷光が彼女の手から落ちる。 


 次の瞬間、立ち上がった隼人の動きは電光石火を超えた神速だった。雷光が地面に落ちる前に右手でキャッチすると、久美子を掴んでいた二本の手を斬り捨てた。そのまま幽霊のほうへ流星の如く駆けた。 


 幽霊が人差し指を向けた。その周囲が渦を巻き、次の瞬間、放水へと変わる。隼人は超常能力……驚異的な反射神経を発動させ、それを見切った。彼の目にはスローモーションの軌跡として映る水の矢を雷光で薙ぎ払った。 


 解放された久美子は信じられない光景を見た。隼人が片手上段からふるった雷光に斬られた幽霊の体から、なにかが“離脱"を始めたのだ。煙のようにも見えるが、この場合、“オーラ"とでも言ったほうが正しいのか?それが幽霊の正体であろう。抜け殻となった体は、次第に取り憑かれていた裏山松子の姿へと戻ってゆく。 


(なぜ、隼人君が……?) 


 久美子は、わけがわからず、只々驚いた。超常能力者である隼人は宗教的能力者とは違う。だが今、彼が発揮した異能力は、紛れもなく“返り魔"だった。御神刀、雷光に込められたその力を扱えるのは宗教的能力者だけであり、隼人には不可能なはずである。 


 人の姿を取り戻した松子は、その場に崩れ落ちた。そして、隼人もよろめいた。久美子は駆け寄り、彼のちいさく華奢な体を抱きとめた。 


(隼人君……また、君に助けられたな……) 


 ふたたび意識を失った隼人を後ろから抱きしめた。気がつくと、壁から無数に生えていた手たちが消えている。コントロールしていた幽霊が、どこかへ“逝った"からだろうか。その姿も見当たらない。 










(どういうことですの?これは……) 


 肩で息をしながら麗華は周囲を見回した。突如として青白い手たちが消滅したのである。行く手を阻まれていたため、なかなか久美子の元へ辿りつけずにいた。修道服の左袖部分が派手に破れているが、これは攻撃を受けた痕である。 


 消えていた電気が、いっせいに灯った。増大していた負の気がおさまりつつあるのだろう。あたりの教室を見回すと、塾生たちが倒れている様子が見えた。幽霊は、この子供たちから吸い取った負の気を増幅させていたのである。


 不思議なもので、あれほど広く感じていた建物内も、明るくなり障害が消えれば、さほどではないことに気づく。麗華の視線の先に倒れている松子の姿があった。そして、さらにその先に……


(あらあら、かわいらしいこと……)


 麗華は手の甲を口に当て、そして笑った。力を使い果たし、隼人を背中から抱きしめながら、壁にもたれかかり眠っている久美子の姿を見たからだ。



~次回、最終話~
 
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