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序章2 運命の夏の日! 美少年と謎の男
最終話 隼人と啓子
しおりを挟む軽トラに乗った一郎と隼人が帰ってきた。荷台には、大量のキャベツが積んである。
「おかえりなさい」
それを出迎えた啓子が、おろすのを手伝った。水をはったビニールのプールの中に所狭しと大量に放り込まれたキャベツを三人でゴシゴシと洗う。昼までに、T町の中心部にある組合に持っていかなければならない。
ただで居候するのも悪いと、隼人は一郎の農作業を手伝うことにした。今朝も、車で数分の場所にある一郎の畑に行き、キャベツの収穫を手伝ったのである。
「一個あたりの儲けは10数円ほどじゃが、我が家の貴重な収入源じゃ」
と、言うわりには、立派な家に住んでいる一郎の本心は不明だが、なにもしないよりかは気が晴れるので、隼人は無心で手伝った。洗ったキャベツは、集果用のコンテナの中に入れ、再び軽トラの荷台に積む。
「じゃあ、行ってくるでの」
運転席から日に焼けた逞しい手を上げ、一郎の軽トラが出発した。野菜をおろしたあと、買い物をして帰ってくると言っていたので、帰りは3時すぎくらいになるだろう。子供ふたりは留守番である。
昼飯に啓子が作ったチャーハンは美味かった。薄味ではなく、しっかりとした塩加減で若い隼人の舌を唸らせたが、量も多く、若い少年の胃袋まで満足させてくれる。
「啓子ちゃん、料理上手なんだね」
その言葉を聞き、啓子は笑った。隼人の口に合った嬉しさもあったが、少女と見間違うほどの美貌の少年が、意外と豪快に、ガッつくのがおもしろかった。
「おじいちゃん、結構、味にうるさいから……」
祖父一郎と二人暮らしの啓子は、料理をする機会も多い。そんな中で鍛えられた彼女の腕前は、水準以上に達していた。金があったら、払ってもいいレベルだ。
壁にかかった時計のデジタル表示部分は8月5日となっている。隼人が首払村で生活するようになって五日目。ふたりの会話も、徐々になめらかなものになっていた。
食後、ふたりで例の高台に行った。隼人はそこがすっかりお気に入りで、一日一回は登っている。啓子が付き合わされるのは二度目だ。炎天下で気温が三十度を越えていたが、今日は風が適度で不快な暑さは感じない。
「うーん、いつ来てもいいや。ここ」
隼人は伸びをした。彼の斜め下に広がる田んぼが直射日光を受け、深い緑色に輝いている。グリーンの宝石で敷きつめられた絨毯があるとしたら、こんな美しい物に違いない。
少年がはしゃぐ一方で、横に立つ啓子にさほどの感動はない。決して冷めた少女ではないが、長く田舎に住んでいると、こういった風景に、たいした魅力は感じなくなる。飽きたから、というのもあるのだが、むしろ、遥か遠くに薄く見える近代的な建築群との距離感を再認識して、改めて、ここは田舎集落であることを思い知らされるのだ。
ただ、いまだに不思議なのは、その近代的な建築群と、こことを隔てる時間が、車でわずか20分弱ということである。行きたいと祖父に頼めば、すぐに行けるほどの距離にそれらが並んでいるという違和感は、何年ここに住んでいても、拭いされるものではなかった。 結局、田舎の市町村の実態は、“遠さ"ではなく“狭さ"であり、それに気づかないのは、街なかに住む人だけなのだろうと、啓子は今でも思っている。
そんな啓子にとっては、目の前の景色より、横に立つ、自分より年上なのに自分より体が小さく華奢な少年のほうが、よほど美しく感じた。長い睫毛が縁取る目は少女のものにしか見えず、一見して彼が男であると気づく者はいないだろう。夏に農作業を手伝っているにもかかわらず、その顔は白いままで、これっぽっちも焼けていない。
ふと、啓子は日に焼けた自分の手を見て思った。羨ましくもあり、少し妬ましいと……
「ねぇ、啓子ちゃん。知らない人のために命をかけられる?」
嬉々と景色を見ていた隼人の急な言葉に彼女は戸惑った。 十歳の少女が、すぐに考えられることではない。
「あァ、ごめん。今の、忘れて」
隼人が少し悲しそうな微笑を見せると同時に、強い風が彼の長めの髪をなびかせた。影がさしても、その瞳の美しさは変わらない。
(ねぇ、何が……あったの? )
そう聞いてみたかったが、啓子は口に出さなかった。 隼人が何かに傷ついて、この首払村に来たのだとしても、彼女にはそれを癒やす言葉がなく、受け止める強さもない。なにより、聞けばもっと隼人の傷口をえぐってしまうかもしれないのだ。
「帰ろっか」
隼人が言い、啓子は頷いた。昼下がりの、陽射しが一番強い時間帯。少年少女の健康的な汗が、衣服を体にはりつかせた。
横に並ぶと、隼人より大柄な啓子のほうが姉のようである。自分より背が低いせいもあり、あまり年上として見ていなかったのだが、さきほどの一言で、ずいぶん印象が変わった。
(いつか、話してくれるのかしら…… )
啓子はそう思いながらも、そうでなくとも良いとも思った。隼人が心の内にしまっているものを、無理に引き出すことはない。知るのも、怖かった。
そして、隼人のほうも馬鹿な質問をしたものだと内心、苦笑していた。啓子に話してどうなるものでもない。超常能力者だからこそ抱くことができた香代の価値観を、隣の少女に評価させることなど意味のないことなのだ。
「おう、帰ったぞい」
一郎が、隼人と啓子の待つ自宅に帰り着いた。肉野菜が大量に入った買い物袋を両手に下げている。
「隼人君は、すき焼きは好きかの?」
うん、と頷く隼人を見て、一郎は喜んだようだ。
「おじいちゃん、たくさん買ってきたのね」
啓子から見れば、普段より、ずいぶん多い買い物らしい。ひとり人が増えれば、そういうものである。
(おじいちゃん……男の孫がほしかったのかしら……)
彼女の視線の先に、嬉しそうにやりとりをする二人の男が映る。そう考えると、なんとなく妬けた。男同士の間に入れそうで入れない。そんな雰囲気を感じてしまうのも事実だ。
「でも、なんですき焼き?」
逆に、隼人のほうは無邪気なもので、すでに心が晩飯のほうを向いていた。
「よく手伝ってくれるからの。今日は、ご褒美じゃよ」
その言葉を聞いて、改めて隼人は思った。行き場所がない今、ここが自分の居場所であり、ここしかないことを。
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