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序章3 新たなる恋? 川岸で、脱がされて……!
第6話 人影“らしき"モノ
しおりを挟む「わたしは綺麗じゃないから、今まで馬鹿にされながら生きてきました。諦めていましたが、考えが変わったのです」
女の声は滝の音にかき消され、闇に溶けるほどに小さなものだったが、真摯な感情がこもっていた。
「あんな顔に生まれればよかった……そしたら、もっと違う人生だったかもしれない。“あの子"の顔を見てから、そう思うようになりました。彼は男の子なのに、女の子のように……いいえ、女の子より綺麗なのです」
開いた女の目が妖しく光る。歪んだ精神と純粋な願望がもたらすそれは、狂気の証、なのだろうか。
「だから、神様。お供え物を持ってきました。わたしを綺麗にしてください」
女は……もう一度、目を閉じる。
「あの子と……“おなじ顔"が、ほしい……」
深夜零時すぎ。
首払村から10キロほど離れた、薩摩郡T町池田野口は、土地の開発が進み、新興の住宅が多く建っている。奈美坂精神病院があるS市へも近く、そこへ通勤通学で通う者も多く住む地だが、昔からある家や畑もあり、老人と若者がまったく交わることのないまま共生するという、けったいな社会構造を体現化したような場所である。
そこを歩く、髪の長いひとりの女がいた。長身で細い体は、モデルのようなプロポーションで、タイトなスカートからのぞく足も、針金のように細い。ヒールの硬い音を響かせながら街灯の下を通ったとき、その顔が闇に浮かび上がった。不機嫌そうな表情をしてはいるが、相当な美人である。
彫りの深いその顔は、“くどい"と思わせる直前の絶妙のバランスで“寸止め"されており、男ならば一度は抱きたいと思わせる男好きするタイプである。同僚たちから“ケバい"と陰口を叩かれるほどにメイクがきついが、それは同性のやっかみにすぎない。彼女は化粧をしなくとも、充分に美しいからだ。切れ長の大きな瞳はエキゾチックな魅力を漂わせているが、これはフィリピン人である祖母から譲り受けたものである。
女の名前は、高中みゆき。S市の印刷会社に勤める、24歳のOLである。
元々、鹿児島市内で生まれ育ったみゆきは、中学生のころから地元では有名な美少女で、そのころから、大学生やサラリーマンに口説かれるほどに美しかった。
みゆき自身も早熟で、高校卒業までに六人の男と関係を持ったが、その男たちとの関係をきれいに断ち切り、熊本の大学へ進学した。そこではさらに、二十人以上の男たちと寝た。
みゆきと付き合った男たちはみな、彼女の体に狂喜した。細身のモデル体型は肉感的な魅力には欠けていたが、豊かな男性経験を経て、体のすみずみまで開発されており、どこを責めても予想以上の反応がかえってくるのである。
エキゾチックな美しい顔に快楽の華を咲かせ、いやらしく淫れる姿は、男を視覚的にも楽しませたが、彼女の魅力の本質はそこではない。他の男どもが作り上げた体とは、こんなにも抱きがいがあるものなのか。それを知った時、男たちは皆、みゆきに狂ったのである。
みゆきのほうも、男を満足させる性技に長けていた。高校時代、二番目に付き合った男に仕込まれたそれは、男関係が複雑になるほどに熟練が増し、その“技巧"は付き合ったすべての男に通用した。
大学時代に、バイト先のかっこいい男子高校生をからかって、そこのトイレでしてやったら、十秒で口の中に出されたことがある。それを覗き見ていた三十代の独身店長から、“クビになりたくなければ、俺にも同じことをしろ"と言われたので、してやったら、今度は八秒で口に出された。
ふたりとも、女みたいな喘ぎ声をあげながら涙を流して喜んで果てていた。歳が違ってもイカせるポイントは同じだと、そのとき改めて思った。今でも、男の攻略法というものは、誰が相手でも、あまり変わらないものだと思っている。
そんなみゆきが不機嫌な理由は、交際相手から別れ話を切り出されたことにある。彼女の現在の恋人は職場の上司で、妻子ある身の48歳だった。
(なによ、あの中年ブタオヤジ!)
みゆきは、自分の倍の年数を生きてきた不倫相手の顔を思い浮かべながら、心の中でひどく罵った。その男は、顔も体も豚に似ている。こちらも、みゆきの体と性技にハマったクチだが、彼女にとっては過去の男たちと、やや事情が異なった。
(結局、出世と引き換えに、私を捨てようってわけ?)
退社後、安くて不味いと評判のファミレスに呼び出された彼女は、上司からいきなり絶縁を宣言された。娘が進学をひかえているからだと言うが、真相は違う。昇進の条件として、みゆきと別れるよう、社長から要求されたのだ。
みゆきはそれに気づいていた。不倫相手の上司は、得意先に顔がきき、営業成績も優秀であるため、プライベートで問題を抱えても会社が手放すはずはない。むしろ、何らかの理由をつけられて、辞めさせられるのは自分のほうだろう。
男女の関係は一年半ほど続いていた。みゆきの華々しい恋愛遍歴の中では、唯一の不倫であり、最も長く続いた交際相手だったが、それには理由もある。体の相性も良かったが、豚に似ていても、会社内で強い立場にいる彼を頼もしいと思っていた。みゆきとウマが合わない先輩社員に対し、辞めるよう仕向けたりもしてくれた。そういうところに、社会的立場のある中年男の強さを感じたりもしていたのだが、しかし、それでも最近そっけなかったのは、やはり社長から別れるように言われていたせいだろう。
みゆきは結婚を考えていた。違う男を探すことに飽きていた、ということもあるのだが、社会に出て二年。仕事と会社につまらなさも感じていたからだ。だが、どうやらその夢は破れることになりそうだ。
(奥さんとは別れるって、あれほど言っていたのにね。いいわ、そっちがそのつもりなら……)
みゆきは気の強い女だった。そういうところもフィリピン人の祖母に似た。
(会社で、あんたの性癖を全部ブチまけて辞めてやる。SM趣味があるなんてバレたら、どうなるか楽しみだわ)
公園がある。ここを通り抜けたほうがアパートに近いので、そうすることにした。みゆきはアルコールを飲みながら上司と別れ話をしていた。そのまま頭にきて、トイレにも行かずファミレスを飛び出しバスに乗ったせいで尿意を感じはじめていた。早く帰りたい。
遊具類のある真ん中付近を抜け、街灯の脇にある出口に近づいたとき、みゆきは暗い繁みの中で、うずくまるようにしている人影を見た。
(酔っ払いかしら?)
街灯の光の中、人影はこちらに背を向けて小さく呻くような声をたてている。吐いているのかもしれない。心配したみゆきが声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
その声に反応し、人影はゆっくりとこちらを向いた。口から血を流している。あわてて救急車を呼ぼうかと思ったみゆきが次に目にしたのは、その左手にある長い髪を生やした丸い物体だった。いくら気の強い彼女でも、それを見たとき腰を抜かして、その場に倒れ込んでしまった。
人影“らしき"ものが持っていたのは、恐怖の表情を残したまま死んだ若い女の生首だった。みゆきと同年代だったかもしれない。人影のそばに、血に染まった水商売風の服を着た胴体が寝ていた。人影“らしき"ものは、その生首の付け根から血をすすっていたのである。
悲鳴などあがらなかった。人間は本当に絶望したとき、何もかもを失うものなのかもしれない。声を出す気力すらも。みゆきはただ、震えに震え、涙を流すしかなかった。歯がカチカチと音をたてる。
人影“らしき"ものが、こちらに近づいて来る。その目が、美しく新しい獲物を見つけた喜びに輝いている。そう、みゆきには見えた。
「や……やめて……こっちに、こないで……」
泣きだしたみゆきのスカートが濡れていた。涙のせいではない。恐怖のあまり、大量の小便を漏らしていた。
みゆきの前に立った人影“らしき"ものは、血のついた左手で、腰を抜かした彼女の髪をひっぱり、強引に立ち上がらせた。ぽたぽたと、みゆきの小便が地面に落ちた。
「い……いや……ゆるして……」
涙でかすむ視界の中で見た、みゆきの人生最後の光景は、彼女の細首に振り下ろされた手刀が描く軌跡だった。
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