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序章3 新たなる恋? 川岸で、脱がされて……!
第5話 狂いはじめた、ふたり
しおりを挟む「本当にごめんなさい。猛烈に反省してます」
和美の心のこもった大袈裟な謝罪に、隼人は答えた。
「もう、いいですから……」
まだ、なんとなく怒っているように見える少年に、和美はおそるおそる尋ねた。
「もう、怒ってない?」
「はい」
「ほんとうに?」
「ほんとうに」
「許してくれる?」
「はい」
「ほんとうに?」
「ほんとうに」
「わァ……ありがとう!」
そう言うと和美は、力いっぱい隼人を抱きしめた。身長差があるせいで、隼人の顔が、ものの見事に和美の大きな胸の中に埋まる。
「あなたって、とっても優しいのね!お姉さん、感動しちゃうわ!」
そう言う和美の豊満な体の中で、隼人はジタバタともがいた。
「くっ、苦しい。和美さん、苦しいよォ……」
もがきながらも隼人は、うっすらと汗ばんだ和美の甘い体臭を嗅いだ。香代も似たような匂いをしていた。啓子はどうだったろう。同じ部屋に寝泊まりしているというのに、まだ嗅いだ記憶がない。
「それにしても……」
和美は隼人の顔を、まじまじと見つめた。
「とても男の子には見えないわ。女の子のレベルでも、ものすごい上玉だもの……」
抱くことを続けながらも、彼女は隼人の少し長めの髪を、かきあげるようにした。和美の黒いショートヘアのほうが短い。
形の良い額がのぞく隼人の顔は、子供らしいあどけなさを残しつつも、艶っぽい。長い睫毛に覆われたその目は、美少女のものにしか見えず、肌は白く、きめが細かい。そして、端正な形をした唇までもが美しく、色も綺麗だった。
和美はふと、その隼人の唇にキスをしたいという激しい欲望にかられた。いや、和美でなくともそう思わせるものが、隼人の美しさにはある。美しい唇を存分に吸い、その中身を自分の舌で蹂躙しながら味わいたい、というサディスティックな欲望は、彼女が今までに感じたことがないものだった。
「……なに?」
その隼人の言葉を聴いて。そして、小首をかしげる彼の幼い顔を見たとき、和美は自重した。彼女を一瞬襲った性的な衝動など、およそ理解できないほどに、目の前の少年は子供なのである。それを知ったとき、和美は隼人から身を離した。
「う、ううん。なんでもないのよ。なんでも……あ、そうだ」
和美が、ぱんと手を叩く。何かを、思い出したように。
「ところで、あなたが履いてたのって、女の子用のパンツよね?」
数秒の重苦しい沈黙が流れた。和美のひとことが、それを破る。
「あなたって……エッチな男の子だったのね……」
隼人の顔が、みるみる赤くなった。
「ち、違うよ!これには事情があって……」
「事情?あぁ、なるほど。女物のパンツを履くと、気持ちよくなって興奮するとか?」
「そうじゃなくって……え、えーと」
奈美坂精神病院から逃げ出した隼人は着替えを持っていなかったので、啓子から服と下着を借りているのだが、それを言うわけにはいかなかったので、弁解のしようがなかった。
「まァ、それは置いといて……」
本当に横に物を置くような仕草をしながら、和美が訊いた。
「まだ、名前を聞いてなかったわ。あなた、何君っていうのかしら?」
隼人は、いざというときのために、あらかじめ用意していた偽名を名のった。
「く……首払健一です」
それは、隼人が以前好きだった男性アイドルから、とったものだった。
「健一くんかぁ……フフッ、名前は男らしいのねぇ」
和美の言葉には、軽いからかいのニュアンスが含まれていたが、隼人はそれに気づかなかった。それくらい彼は、のぼせていたのだ。和美に抱きしめられたときの体温と、その豊満でいやらしい体つきの感触が、隼人のなにかを狂わせていた。
「ぼ、僕……もう、帰らなきゃ」
これ以上いっしょにいて、ボロが出ると困る。そう思った隼人が、この場を立ち去ろうとしたそのとき、後ろから和美のハスキーな声がした。
「ねぇ、健一くん。わたしたち、また会えるかしら……っていうかお姉さん、また会いたいな」
その質問に少年は答えなかった。会ってはいけない相手であり、会ってはいけない立場である。隼人は、逃げるように走り去った。川岸に和美の姿だけが取り残された。
「やっぱり、まだ怒ってるのかしら?それとも……けっこう照れ屋さん?」
人差し指でほほをかきながら、和美がつぶやく。彼女自身、まだ大人ぶるような年齢ではないが、相手が小さな子供だと、どうしてもあんな接し方になってしまう。
「しっかし、男の子かぁ。びっくりしたわ。あんなに綺麗なんだもの……」
和美は、立ち去ったばかりの隼人の、美しい顔を思い浮かべた。中性を通り越し、少女と同じ顔をした少年。それも、極上の美少女である。欠点がまったく見られない美貌でありながら、色気とあどけなさが同居しているのがたまらない。先ほど感じたサディスティックな欲望は、そんな彼の未熟そうな側面に向けられたものなのだろうか。
そして、隼人のパンツを脱がしたときのことを思い出す。彼の白くて細いふとともの間には、たしかに男の子の証があった。
(でも、子供の……その……あそこって、あんなに長いものかしら?ずいぶん、上を向いてたし)
その理由を考えたとき、和美の白い頬が少し赤くなった。
(まさか……彼、まだ子供よ……?それに……)
もう一度、隼人の美貌を思い浮かべたとき、彼女は、自分の体の異常を感じた。
「え?……やだ。どうして……?」
和美は、いまさら気づいて、そして驚いた。自分の性器が濡れていたのだ。彼女の中でも、なにかが狂いはじめていた。
その日の夜。啓子はいなかった。同級生の家にお泊まりに行ったのである。晩飯の食卓は、一郎と隼人のふたりで、囲むことになった。
一郎が焼いたアジの干物を白飯といっしょに掻き込み、味噌汁で腹に流し込むと、隼人が言った。
「おじいさん。その……いろいろとありがとう」
見ず知らずの自分の面倒を、何日もみてくれたことに対する礼であった。思えば、きちんとした礼を言ったことは、なかったような気がする。
「礼なぞいらんよ。ふたりが三人に増えても、さほど変わらんもんじゃ」
美しい居候にそう言うと、一郎はまじまじと、隼人の目を見た。
「今後のことは自分で考えなさい。その気になったら相談に乗らんこともないが、今はまだ、話したくないんじゃろ?」
隼人は小さく頷いた。一郎が詮索しないことがありがたかったが、自身が超常能力者であり、その育成施設から逃げ出したなどと、一般人に説明することもできない。世話になっているという恩義から、事情を話せないということは、むしろ辛かった。
一方で実は、隼人にはひとつ気にかかることがあった。先日、和美がここを訪れたときの、一郎と和美の会話である。まるで一郎が、“組織"の存在を知っているかのようなものであった。
無論、EXPERと超常能力の存在は、世間には非公表である。が、“不思議な力を操る人間"の目撃談は、しばしばテレビ、雑誌等で取り上げられ、“そのような存在"がいるのではないか?との噂は後を絶たない。ただ、それが組織だったものであると推測するものはなく、一般人が“組織"を知っている可能性は極めて低い。あり得るとしたら、隼人の両親のように、極めて近しい人物が超常能力者である場合だが、かたく口止めはされており、“組織"の全貌も明かされることはない。
目の前の男が只者ではないということは、隼人にはわかっていた。以前、一郎が川岸で見せた、あの身のこなしは、常人の能力をはるかに超えている。一時は、訓練を積んだ超常能力者なのではないかと疑ったくらいだ。いや。正直、その疑問は今でも持っていた。だが、“組織"の人間とは考えにくい。“フリーランス"だろうか。
しかし今、隼人の目の前にいる男は、自分の11年の人生の中で出会った男の中で最も優しく、誰よりも懐が深い。頼りがいすら感じる。謎の多い人物だが、信じられる。隼人にとって一郎とは、そういう存在であった。
同日、22時。
隼人と和美が会っていた川は、首払村のはずれの道路沿いにある。その道路から川岸へとつながる石の段々の脇に小さな祠があり、“なにか"を祀っているようであった。
この川と滝は“神様"が作ったものだと、一郎が以前、隼人に言っていた。好天の昼に来れば、光り輝く川と、それを作り出す滝が見事な風景を作り出しているが、夜ともなれば、水が落ちる音しか聴こえず、何も見えない真ッ暗闇が、不気味な空間を作り出すだけの“無"の世界が広がっている。
その祠の前で、ひとり手を合わせる人影は、すっかり闇と同化していたが、それは外見だけでなく、心もそうだったのかもしれない。
「神様。“お供え物"を持ってきました。わたしの願いをかなえてください」
人影の声は、女のものだった。
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