“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!

第1話 “剣"

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 超常能力者の暴走により、火災をおこした奈美坂精神病院から逃げ出した東郷隼人と、首払一郎、啓子が初めて出会った首払村の公民館は、数年前に建て替えられたばかりである。10世帯あまりしかない集落の公民館にしては立派なもので、見た目も綺麗だった。


 中は畳敷きの和室になっており、勝手口脇にはステンレス製の流し台が設置されている。上座付近にあたる床の間には、“温故知新"と書かれた掛け軸が飾ってあった。 


 その公民館で、夜、集落会議が行われていた。それは、緊急のものだった。 


「なんということじゃ。“祠"に、お供え物が、あがっておったとは……」 


 深刻な表情で話すのは、首払村の集落会長を務める首払辰正くびはらい たつまさである。年齢は76歳。首払村の住民からは、“辰さん"と呼ばれ、親しまれており、普段は明るく気さくな人柄だが、今宵、その声は暗かった。 


 “祠"は、隼人と和美が会っていた川岸の上を通る道路沿いにある小さなものだ。“神様"を祀ってあるものとして、一郎が隼人に説明をしたことがあった。夕方、村の住民のひとりが、観音開きになっている祠の扉を開けたところ、そこに、かるかん饅頭と茶が供えてあったという。お盆を直前にひかえたこの時期に、それは村の者たちにとって、恐怖の記憶を呼び戻す大事件だった。


「“あのとき"と同じじゃ……“神様"があらわれた、あのときと」 


 辰正の言葉に、集まった首払村の老人たちが頭を抱える。女たちの中には、泣き出すものもいた。辰正は、続けた。 


「みなの意見を聞こう。どうすれば、よいのかを……」 


 住民たちが言葉につまる中、それに最初に答えたのは、辰正よりも年長の老人だった。 


「“剣"しかなかろう。あの不思議な力を持つ剣でしか、神様に対抗はできん」 


 答えたのは、首払博臣くびはらい ひろおみ。彼は、一郎の友人である首払君枝の父親だ。歳はすでに、80を何年分か越えているが、背筋はピンと伸びており、しっかりした老人である。良い学校を出たインテリであるらしく、訛りがない。白髪を整髪料で、きちんとまとめている。 


「一郎君。あんたは、あの“剣"のありかは知らんと言っていたな。心当たりもないのかね?」 


 一郎のことを疑ってはいないが、それでも探す必要性が出てきた。博臣が尋ねた。 


「ないよ……」 


 一郎の答えは短かった。それ以外に、答えようがない。 


「そうか……」


 そして、対する博臣の言葉もまた、短いものだった。過去に何度か訊いたことがある質問だったからだ。いつも、答えは同じだった。


「最近、この村で“剣"のことを聞き回っている女がいるが、あれは妙子さんと“同じ力"を持つ人間か?」


 博臣の質問が続く。女とは、和美のことである。


「あの娘なら、“剣"を使えるということか?」


 一郎は、それを否定した。


「いや、“女房"とは違うな。あの娘では、無理かもしれん」


 妙子という女と和美の違いについては、一郎は語らなかった。剣がない以上、言わなくてもいいことである。


「もし、“神様"があらわれたら、あのときのように大事になる。そしたら、一郎さんだけが頼りじゃな……」 


 辰正の言葉は、首払村の者たちの総意でもあった。みな、村の大人で最も若く、そして最も強い一郎に頼る他なくなるからだ。 


 当の一郎は、“困った"という顔をするわけにもいかず、頭をかいた。村の住民たちの期待に水をさすわけにはいかないが、かと言って、勝てるかと言われたら、その自信もない。 


 集まった住民たちの空気が重くなる中、玄関のドアが開き、女がひとり、入ってきた。 


「すみません。遅くなりました」 


 声の主は君枝だった。彼女は、首払村の住民たちに頭を下げ、靴を脱ぎ、畳の上にあがった。 


「あんた、こんな遅くに……」 


 君枝の母、首払トミが娘を咎めた。スーパーでパート勤務をしている君枝の就業時間は、普段、夕方までなのだが、夜のレジが人手不足だったため、残業となり、帰宅が遅くなったのだ。家に残してあった置き手紙を読んで、君枝は、ここに来たのである。 


「いやいや、構わんよ。君枝ちゃんも忙しかろう。ささ、座ンなさい」 


 辰正に言われ、君枝は一郎の隣に座った。彼女に事のあらましを説明したあと、辰正は再び住民たちに意見を求めた。なかなか名案が出ない中、博臣がひとつの提案を出した。 


「辰さん、この公民館の地鎮祭をしてくれたところに頼んでみたらどうかね?あの人たちは、“荒事"にも対処してくれるんだろう?」 










 その後、住民のひとりが電話をかけに行った。それから一時間もしないうちに、公民館の外で車が停まる音がした。運転席から降り、姿をあらわしたのは、キリスト教式の黒い修道服に身を包んだ若い女だった。 


「退魔連合会の、天宮久美子あまみや くみこです」 


 彼女は、全員に一礼をした。地鎮祭のときと同じように、どこかの神社の老神主が来ると思い込んでいた首払村の住民たちは意表をつかれ、そして、久美子と名乗る女の美しさに息をのんだ。奥二重の大きな目をした、大変な美女である。顔の造形は、いかにも日本人的な美しさに整っており、それが黒い修道服に身を包んだ姿は、凛とした清楚さの中に、背徳感のあるエロスを感じさせるものだった。 


 久美子が所属する“退魔連合会"とは、神道、仏教、キリスト教などの団体が、宗教宗派の垣根を越えて結束した、宗教能力者たちのスペシャリスト集団である。異能の力を持ち、法事や冠婚葬祭から“化物退治"まで手広く行っているが、その“力"は、EXPERたちが持つ超常能力とは異なる性質のものである。世間に知られた存在である、という点でもEXPERとは異なり、今回のような民間の依頼も、よく受け付ける。久美子は、その退魔連合会、鹿児島支部のS市出張所に所属している“退魔士"だった。 


「すまんのう。こんな夜遅くに来ていただいて」 


 首払村の住民たちを代表して、集落会長の辰正が言った。そして事情を説明した。 


「以前、この集落にあらわれた“化け物"と、同じものと考えられます」 


 ひととおりを聞いたあと、事務的な口調で久美子が言った。住民たちは、“神様"と呼んでいる。そこに、認識の相違があった。 


「今夜から早速、調査に入ります。当分は、無用な外出をさけてください」 


 それだけ言うと、久美子は立ち上がった。出された茶に手もつけぬまま、彼女は玄関のドアを開け、外の車へと戻った。 


「愛想のない人ね……」 


 君枝が口に手を当て、一郎に小声で言った。一郎も同様に感じたが、EXPERの和美といい、今回の久美子といい、若い女が、命の保証のない仕事に関わる姿を見ると、気の毒にも思う。他に向いている仕事はないものかと、いらぬ世話心を抱きたくなるくらいだった。 


「とりあえず、今夜は解散しよう。各々ではなく、みなで、いっしょに帰るようにな」 


 辰正が今夜の会議を締めた。首払村の住民たちは外に出て、一斉に懐中電灯をつけた。そうすれば、かなり明るくなる。みなで騒ぎながら帰れば怖くはない。一郎と君枝は、高齢の一人暮らしの女を送ったあと、帰路についた。 


「わたしは、“昔の事件"のことは、よく知らないのよ。父も母も話したがらないし……ただ、人の生き血とひきかえに、“願い"をかなえてくれる“神様"だって……」 


 並んで歩く君枝が一郎に言った。知らないのも無理はない。結婚して、都会に出ていたからだ。彼女が離婚して、この首払村に帰ってきたのは、数年前のことである。 


「妙齢の美しい女を狙う“化物"じゃよ。みんなは、“神様"と、呼んでおるがのう」 


 と、一郎が答えた。 


「美人に生まれなくてよかったわ。いざというときは、一郎さんが守ってちょうだいね」 


 君枝のその言葉に、一郎が笑う。 


「昔のわしなら、君枝ちゃんひとりくらいは守れたかもしれんが、今は自信がないのう。わしも、年をとったよ」 

「一郎さん、昔は尖っていたものねぇ……“俺は、こんな小さな村じゃ終わらねぇ。でっかくなって、帰ってきてやるぜ!"って、おじさんにタンカを切って出ていったこと、今でも覚えているわ」 


 その一郎の夢は、若くしてかなった。そして、若くして、その夢は終わりを告げた。 


 懐中電灯に照らされた夜の首払村の田舎道は、光が届く範囲を越えれば、闇が支配する暗黒が広がっている。その中を歩く二人の会話は続いた。 


「いったい、誰がお供え物なんてあげたのかしら?村の人じゃないわよね」 

「言っとくが、わしじゃないよ。この年になって、願いもクソもないからの」


 冗談めかして、一郎が言った。


「わたしでもないわよ」 


 君枝が言った。 


「わたしの人生も“いろいろあった"けど、いまさら、かなえたい夢なんてないから……」 


 君枝の言葉は、ふたりが若いころの出来事をさしているのではないかと一郎は思った。それは彼にとっても、つらい記憶だったが、直接の被害者は君枝だった。 


 君枝の家の前に着いた。彼女の実家は、数度の改築を重ねた木造で、明治のころに建てられたものである。古さを感じさせるが、家自体は大きく、庭もそこそこ広い。灯りがついているので、博臣とトミは先に帰り着いていたようだ。


「ちゃんと、戸締まりはしてな」


 別れ際の一郎の言葉に君枝は頷いた。去ってゆく逞しい背中を見ると、彼が、この首払村を出た日のことを思い出す。あのときは泣いた。


「一郎くん……」


 昔の呼びかたで、呼んだ。


「ん?」


 一郎が振り向いた。君枝のほうが二歳年上である。


「送ってくれて、ありがとう……」


 一郎は、それに手を振ってこたえた。かつて、どんなに暗い夜であっても、君枝にとって、その後ろ姿はまぶしいものだった。


 そして、今も……




 

 
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