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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!
第9話 悪夢
しおりを挟む鹿児島市にある繁華街、天文館から、路面電車が走る線路沿いを歩いていくと、山下町にたどり着く。各種官公署が立ち並ぶそこは、お盆になっても人通りが多く、19時をまわっても賑やかだ。まだ、明るい時間帯でもある。
その山下町の一角にある、8階建ての“スターダストビル"は、表向きは“薩国警備"という警備会社が持つ物件として存在していた。そこが、EXPERたちを統率する“超常能力実行局"の鹿児島支局本部であることは、公にはされていない。
EXPERたちから“組織"と呼ばれる超常能力実行局は、その設立と運営に国と地方公共団体が関わっていると言われ、そこに所属する超常能力者であるEXPERたちの業務は、人外の存在への対処、警察消防への協力、人命救助活動など多岐にわたる。組織の全容は 、上層部のみが把握しており、下っ端には知らされていない。
そのスターダストビルの地下に射撃場がある。河野和美は、そこにいた。
彼女が両手で構えている銃は、スミス&ウエッソンM10。38口径を撃ち出すそれは、通称ミリタリーポリスと呼ばれる。銃身は短く、携帯性に優れる。
EXPERは任務遂行にあたり、銃の使用を許可されている。各々が持つ超常能力と違い、気力体力の消費がない銃は、彼らのメインウエポンとして重宝されている。人外のものとの戦いにおいても有効であり、案件によっては、マシンガンやライフルも使われる。見習いEXPERの和美は、二ヶ月に一度、義務づけられている射撃訓練の最中であった。
銃口から六発の弾丸が、的に向かって発射された。38口径程度の衝撃ならば、さほどの負担にはならない。鍛えられたムエタイの使い手である和美なら、尚更のことである。だが、彼女の銃の腕は、さほどのものではなかった。命中した弾は三発のみで、それも、的の端っこの三箇所に、散らばった穴を開けていた。
「相変わらずだね」
イヤーマフを外した和美の後ろから声がした。見ると、小柄な女が立っていた。
「わたしの可憐な細腕に、銃なんて合わないのよ。うん。きっと、そうだ……そういうことにしとこ」
シリンダーを開け、空薬莢を捨てながら、和美が答える。向いていないことは、わかっているようだ。
「肩に力が入りすぎだよ。もう少し、リラックスしなきゃ」
そう、アドバイスを送った女の名は、倉敏子。和美と同じく、奈美坂精神病院の“卒業生"であり、同年齢の同期であった。ものすごい童顔であり、背も低いため、見た目は中学生にしか見えない。パンツスーツを着ているが、申し訳ないほどに、似合っていなかった。そんな彼女もまた、超常能力者であり、EXPERである。
大学に進学した和美と違い、敏子は今年から、EXPERとして正式に採用されている。本人は進学したかったが、実家の経済的事情から、それは叶わなかった。和美とは、今でもウマが合うようだ。
「お盆も仕事とは、大変ね」
和美が、ねぎらった。さほど背が高くない彼女が目線をかなり下げるほど、敏子は小さい。
「和美ちゃんもお疲れ様。昨日帰ってきたんでしょ?」
「なにも“収穫"は無しよ。報告書に書いたとおりです、テヘッ」
“魔剣探し"に失敗した和美は、今日、ここに車を返しに来たのである。その後、報告書を提出し、そのついでに射撃訓練を行っていた。これで当分は、苦手な銃を持つ義務がなくなる。
「これ、今回の“バイト代"ね」
敏子が、バインダーに挟んでいた紙を外し、和美に手渡した。そこには手書きで、口座に振り込まれる予定の金額が書かれている。
「確かに……ああ、もっと稼ぐ予定だったのになぁ」
“化け物退治"に退魔連合会が乗り出したため、急遽、中断を余儀なくされた魔剣探しのバイト代は、和美の目標金額より安かった。首払村での滞在日数は、五日に満たなかった。
「仕方ないよ。退魔連合会と揉めるわけにはいかないし」
敏子が言った。それも、あまり慰めにはならない。
退魔連合会よりも、魔剣を探していた和美のほうが、先に首払村に入っていた。だが、首払村住民の依頼により、化け物退治に先に乗り出した退魔連合会のほうに今回は優先順位がある。人外のものへの対処は全てにおいて優先される、という両者の取り決めが存在し、アルバイトに過ぎない和美の研修も兼ねた魔剣探しなどに、緊急性はなかった。
もちろん、何十年もの長期にわたり難航している魔剣探しに、超常能力実行局が、さほど本腰を入れていなかったのも事実である。かつてのように、魔剣が持つ力で化け物を討伐するという手もあるが、それよりも、現有戦力で実力行使をはかるほうが、よほど現実的であった。
「ところで、その件なんだけど……」
敏子の声が小さくなった。今、射撃場には、二人しかいない。
「退魔連合会の天宮久美子さん、行方不明らしいの」
その名前は和美も知っていた。自分と同い年にして、退魔連合会の剣術指南役を務める鹿児島を代表する退魔士。天宮久美子といえば、鹿児島の異能業界のスター選手のひとりであり、和美から見れば、かなり格上の存在である。
「失敗したってこと?」
今回、首払村に派遣された退魔士が久美子であることは、和美も組織から聞かされていた。
「ひとりで、化け物の潜伏先に乗りこんだらしいんだけど、そのまま消えてしまったんだって。化け物もいっしょに」
ヒラEXPERに過ぎない敏子が、なぜ、その情報を手に入れられたのかというと、退魔連合会からの電話を受けたのが、彼女だったからである。場合によっては、EXPERに応援を要請する可能性があるため、念のための人員確保を、退魔連合会側が願い出てきたのである。こういう場合、現場の人間よりも後方勤務のほうが、情報を得やすいものである。
和美は、自分には“健一"と名乗っている隼人のことを心配した。
(あの化け物って、美女の血を吸うのよね。健一くんは綺麗だから、女の子に間違われたらどうしよう……あァ、でも、あれは、年頃の女の血しか吸わないんだっけ。なら、安心か……しかし、まさか、ロリコン趣味まで持ちあわせた化け物じゃないわよね。やっぱり心配だわ。うーん……今、行くわけにはいかないし)
随分、長いこと、あれこれ考えている和美に、敏子が言った。
「というわけで、まだ当分は、和美ちゃんの出番はなさそうだね。骨折り損でした」
それを聞いた和美が、なぜか笑う。
「フッ……フッフッフ。実はねぇ、トシちゃん。さっきのは嘘よ。“収穫"は、あったのさ」
和美は敏子の両肩を掴み、そして、白状した。それは、夏を駆ける青春の1ページ。彼女の“甘い夢"だった。
「なんと、わたくしこと河野和美に、首払村で“ボーイフレンド"ができたのだ」
聞いた敏子の大きな目が、二回まばたきをした。和美の細い二重まぶたの数倍の面積がある。
「あの村って、お年寄りばかりじゃなかったっけ?まさか、和美ちゃんって、超ファザコン?」
「違うわよ、年下の彼よ。ト・シ・シ・タ」
立てた人差し指を、ちっちっと左右に振りながら、和美が言った。
「これからの時代は年下よ。今、ブームでしょ?」
「でも、和美ちゃんより年下って、ヤバくない?高校生でしょ」
「うんにゃ。小学生」
それを聞いた敏子が、コケそうになった。ちいさな体を、なんとか踏ん張る。
「もう、真面目に聞いて損したよォ。はい、これ全部読んどいてね」
敏子が和美に、A4サイズの封筒を手渡した。和美が、中を見て言った。
「うえー、こんなにあるの?」
封筒の中には、目を通さないといけないものが、数枚入っていた。
「奈美坂での宿泊研修、10月に決まったって。和美ちゃん、出られるの?」
敏子が訊いた。和美の本業は、まだ学生である。
「学校休んで、ダブったら困るので行けません、って言っていいのかしら?」
「ダメじゃない?多分」
それを聞いて、和美は黒いショートヘアをかいた。見習いの彼女は、大学を卒業して正式なEXPERとなるまでは、定期的に研修や訓練を受けなければならない立場である。実務をこなすことが日課になっている敏子とは立場が違う。
「奈美坂が火事になって、二週間以上たつのかぁ。大丈夫なの?」
和美の質問に、敏子が答える。
「一部の機能は、もう回復したみたいだよ。怪我人も出なかったし」
先月、炎を生み出し、操る能力を持つ“F型"の超常能力者の力が暴走し、奈美坂精神病院は炎に包まれた。隼人は、その隙に脱走したのである。
「“卒業生"としては、ホッとしたよ。“母校"の後輩たちが、無事で。逃げ出した子も、早く見つかるといいね」
敏子が言った。
和美が帰りのバスに乗る頃には、8時をまわっていた。最初は立っていたが、一番後ろの席が空いたので、彼女は、そこに座った。ここなら誰かに見られることはないので、さきほど敏子から受け取った封筒の中身を開けた。
そこには、奈美坂精神病院での宿泊研修の案内の他に、一部EXPERの配置転換の知らせや、夏期の業務実績の途中経過報告書。そして、『光輝』と書かれた冊子が入っていた。これは、一般企業でいうところの社内報にあたるもので、“組織"上層部のお偉方の話や、実績をあげたEXPERへのインタビュー、期待の新人紹介コーナーや、税金、年金の豆知識などが載っている。他にも数枚の書類があったが、その中に、こんなものがあった。
『奈美坂精神病院を脱走した、研修生の捜索について』
というタイトルの、二枚綴りである。
“7月29日に発生した奈美坂精神病院での火災は、消防の皆様の迅速かつ的確な手段にて、滞りなく鎮火し、怪我人も出さず、大惨事を免れましたが、今後は細心の注意をもって、施設運営に携わっていきたいと思っております。当火災にて、脱走した研修生の捜索を、超常能力実行局の皆様にお願いしておりましたが、効率性の観点から、当該研修生の顔写真とデータを公開することとなりました。貴重な人材ですので、何卒、ご協力をお願い致します。
超常能力開発機構"
(やれやれ、かわいい“後輩"くんも、運のつきね)
和美は笑った。奈美坂精神病院からの脱走者は、これまでに例がなかったわけではない。過去に何人かいた。そして、その殆どは捕まっている。脱走する者の気持ちは、和美にも、わからないではなかった。将来、危険な仕事に就くための準備期間に、ストレスを感じるほうが普通なのかもしれない。
二枚目の紙に、脱走者の詳細が書かれていた。名前、身長、体重、番地を伏せた実家の住所、出身校、その者が持つ超常能力の性質、そして、写真……それが和美の“甘い夢"を、“悪夢"に変えた。
(なによ……これ)
和美の人生の中で、これほど、うろたえたことはなかった。はじめて超常能力に目覚めたとき以上に驚いた。首払村で何度もその胸に抱いた、彼女が大好きな顔である。
写真で見ても、“彼"は、少女のように美しかった。
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