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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!
第8話 キスと花火
しおりを挟む深夜。
啓子の部屋の灯りは消えていた。隼人は床に布団を敷き、そして啓子は自分のベッドで寝ていた。
隼人がここに住むようになってから、ふたりは、いつも同じ部屋で寝ている。小学生同士なら、なんの問題も生じない。今日も静かな夜のはずだった。
二時頃、啓子は目を覚ました。空に月はなく、一切の光は入ってこない。
少しすると、闇に目が慣れた。動けるようになった彼女は起き上がり、隼人の様子を見た。ちいさく寝息をたてている。タオルケットを蹴っ飛ばすほどに寝相が悪いのが、かわいらしかった。
ベッドを離れた啓子は、隼人のそばに寄り添い、確かめた。ぐっすりと眠っている。
(隼人くん……)
彼女は、隼人の艷やかな唇にキスをした。一度、唇を離し、まだ眠っていることを確かめると、もう一度口づけた。今度は長かった。
(隼人くん……隼人!わたし、隼人のことが、好き……)
啓子が隼人にキスをするのは、今が初めてではなかった。昨日の夜中にも、同じようにした。川岸で、和美の膝に抱かれる隼人の姿を見た啓子は、嫉妬に燃えた。だから先に、この美貌の唇を奪った。我慢も出来なかったのだ。
(“あの人"がいいの?)
啓子は思った。和美のような年上を好きになる少年の心理は、わからなくもない。やはり、自分にはないものを持っていることは痛感できた。大人の女が持つ色香のようなものを、十歳の啓子は、まだ身につけてはいない。
(わたしは、まだ子供だけど、いつかは大人になるのよ。だから、それまでは、これで我慢して……)
彼女は自分の唇で、隼人の美しい顔を犯した。額も、閉じた目も、形の良い鼻も、白い頬も、耳までも、彼の美貌のすべてを。
(隼人の綺麗な顔……女のわたしが、羨ましいと思うくらいに、好きよ)
はじめて会ったときから、隼人の白い美貌にひかれていた。こんなに美しい少年を見たことがなかった。そして、その上で妬みも感じていた。女の自分は、こんなにも陽に焼けている。なのに、男の隼人は真っ白だ。羨ましかった。でも、好きだった。
啓子は、四年生にしては大柄だが、かわいい顔をした娘である。だが、隼人の美しさにはかなわない。
(いっぱい、してあげるから)
彼女は、まだ隼人の顔を、その可憐な唇で犯し続けている。クチュッと、いやらしい音がたち始めた。すこし、舌も立っていた。最後に、また唇にキスをした。
(おやすみなさい……隼人)
隼人の美貌を吸い尽くした啓子は、心の中でそう言って、ベッドに戻った。美しい同居人に背を向けるようにして、眠りについた。
8月13日。
お盆の初日。夕方五時半から、首払村の墓地で、先祖を祀るお祭りが始まった。
十世帯あまりが住む首払村の墓地は、公民館の裏側の道沿いにあり、墓の数自体は多くない。それらの墓の前に、各家庭が用意した提灯が飾られ、住民たちは、道に敷物を敷いて、そこで弁当を広げ、酒を飲みながら大騒ぎをする。一郎が生まれるずっと前から行われている、首払村の伝統ある行事だった。
「しかし、この子が男の子だとは思わんかったわい」
祭りの責任者でもある首払集落会長、首払辰正が、おにぎりを頬張る隼人を見て言った。少女のように美しい少年は、今年のお祭りに参加する唯一の“よそ者"だった。
「わたしもよ。啓子ちゃんに教えてもらうまで、気づかなかったもの」
一郎の友人、首払君枝も、隼人の顔をまじまじと見つめながら言った。それは結構、遠慮のない視線である。隼人は、愛想笑いをするしかなかった。
直前に“神様"事件が発覚したため、今年は参加人数が少ない。住民たちが、事件の危険性を自分の子供や孫に伝え、帰省を取り下げさせたのだ。いつもは、そんな帰省した者たちも混ざり、若者や子供も合わさって大人数になるものだが、今年は例年に比べると、寂しいお祭りとなった。
かと言って、事件解決まで村を離れる住民がいるかというと、それはない。代々続く家と、村の古い伝統を守るという意思は、田舎の老人たちの中では強固なものだった。今年も、全員が参加している。
男たちは酒が入り、饒舌になっていた。一郎が辰正に言う。
「わしは、隼人のことが気に入った。将来は、啓子の婿になってもらう。なぁ、隼人君」
隼人は困ったように頭をかき、啓子は恥ずかしくて下を向いた。そうなればいいのに、とも思ったが、果たされるとしても、随分先の話である。
大量にあげられた線香の香りが、ぷんぷんとする中、席を立った隼人と啓子は、一郎の家の墓の前に来た。
「お母さんと、おばあちゃんが、眠っているの……」
啓子が言った。祖父と暮らしている境遇から推測はできたが、彼女の母親が他界していることは、今、初めて聞いた。
線香をあげ、手を合わせる啓子の陽に焼けた横顔は整っている。大人になったら美人になるに違いない、と隼人は思った。
その隼人は、夜中、啓子にキスをされていることに気がついていた。彼女が自分に好意を抱いていることも知っていた。ただ、自分の気持ちは、まだ、わからない。
彼は抵抗をしなかった。共に生活する上で、気まずくなることを避けたかったから、ということもあるが、悪い気もしなかった。啓子の唇の感触は、かなり良い。暖かく、ほんの少しだけくすぐったいそれは、生きる目標を失い、心のどこかに空白を抱えた隼人を肉体的には慰めてくれた。今夜もキスをされるかもしれないが、やはり寝たふりを通すだろう。むしろ、それは楽しみになっていた。
ふと、香代のことを思い出した。奈美坂精神病院で、彼女にも同じことをされたことがあったからだ。過去に、そばにいた香代と、今、そばにいる啓子。ふたりの少女も、和美と同様に隼人の美貌に狂っていた。
手を合わせ終えた啓子が立ち上がった。五年生の隼人より、四年生の啓子のほうが背が高く、体格も良い。他人がふたりを見たら、啓子が姉の“姉妹"に見えるだろうか。
道に座り込んだ村の老人たちは、世間話と昔話で、おおいに盛り上がっている。その様子を、ふたりの子供は、わりと冷静な目で見ていた。
「話すことって、そんなにいっぱいあるのかな?」
隼人は言った。
「どうかしら……」
啓子が答えた。
狭い集落で普段から顔をあわせていても、今日のような特別なシチュエーションになると、また違うものなのだろうか。 話題には事欠かないようである。子供や孫たちの話題が中心であったが、老人たちが通っている病院や、施設の話も出ているようだ。
「隼人くん……この村は、好き?」
啓子が訊いた。町のほうで育った少年にとって、退屈ではないのか気になったのだ。
「うん……」
それに対する隼人の返答は、明解だった。
「みんないい人だし、啓子ちゃんも、おじいさんも優しいし……」
それを聞いて啓子は安心した。まだ当分は、ここにいてくれるのかもしれない。いつかは、隼人と別れなければならない日が来ることは、彼女にもわかっていた。彼のおかげで、いつもと違う夏休みになった。そして、それは日に日に終わりに近づいている。
「おーい、ジュースがあるぞ。飲まんかね?」
辰正が、ふたりを呼んだ。
「いこっか?」
隼人が、女のように白くて、細い手を差し出した。
「うん……」
啓子が、それをとる。ふたりは、手をつないで歩きだし、再び住民たちの輪の中に戻った。
お盆のお祭りは、今日と明後日の夜に行われる。首払村の老人たちは花火を用意していた。本来は、この村に帰省する子供たちのために買っておいたものだったが、今年は誰も帰ってこなかったので、それを隼人と啓子が独占する形になった。
結構、豪快な花火もある。隼人は、コーラ瓶に挿したロケット花火に火をつけ、急いで離れた。数秒後、それが勢い良く空へ飛ぶ。その様子を村の者たちが笑って見ていた。
「楽しそうね、みんな」
君枝が、一郎に言った。
「まぁ、暗くなっても仕方がないからのう」
そう、一郎が答えた。化け物の行方は彼らには、ようとして知れず、それを呼び出した“犯人"も不明である。今は、退魔連合会の天宮久美子に全てをまかせるしかなかった。
そんな中で、ある波乱が起きようとしていた。
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