“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!

第11話 香代

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 奈美坂精神病院は高い塀に囲まれた、広く無機質な建物である。世間一般の人たちが、いかにも“精神病院"と思えるような造りにカムフラージュしているとも思えるが、冷静に考えれば、超常能力者の育成と管理のために存在するこの建物が、洒落て、気の利いた外観をしている必要はないのかもしれない。


 建物も広いが、庭も広い。球技が出来るほどだ。実際に、バットやグローブ、サッカーボールなどを借りて、使うことができる。“研修生"たちのストレスを、極力、回避するために、病院側も配慮しているのだ。建物内にも、プールや温泉施設。ゲームコーナーなどが2号棟に設けられ、研修生たちが、頻繁に利用している。 


 一方で、奈美坂精神病院の“本分"である超常能力者の“育成"は、主に1号棟で行われていた。 そこでは超常能力の実行訓練の他、格闘技や射撃等の各種戦闘訓練も実施される。すべては、優秀な“EXPER"を作り出すためにあった。


 夜の10時半を過ぎたころ、その1号棟にある“トレーニングルーム"から一人の少女が出てきた。白石香代である。彼女は小学生だが、手足は長く、大人びている。そして、美人であった。その顔に笑顔がないのが残念である。


 香代は、周りに誰もいないことを確認すると、壁に手をつき、肩で大きく息を吐いた。そのまま倒れそうなほどに、疲れた様子である。絶対に普段、他の者には見せない姿だった。 


(まだだ。あたし、もっと頑張らなくっちゃ……) 


 香代は思った。トレーニングの結果に納得していなかった。もっと上手くやれるはずだが、そうはならない。完璧主義者の彼女には、それが、もどかしかった。 


 奈美坂が香代にかける期待は大きかった。弾丸をよけることができるほどの驚異的な反射神経を持つ“D型"の超常能力者である彼女は、人外のものとの戦いでも、あるいは戦場でも、立派な働きが見込まれる。身体能力に優れ、生身での戦闘能力も高い上に、性格的にも、リーダーをこなせるタイプであるため、将来的には指導者としての道に踏み出すことも可能だ。頭も良い。大人たちの勝手な期待を、その身に背負うことは当然だった。 


 香代にかかる、そんな期待は、次第に彼女自身を追い詰めることとなった。こんな時間までトレーニングをしていることが、その証左である。研修生たちの一日は、とっくに終わっている時間帯だった。


 もともとの才能も高い上に、本人が真面目な性格をしている。子供グループの研修生たちのリーダー的存在も努め、大人グループや職員との橋渡しもこなす自分が、周囲に疲れた様子を見せることなどできない。普段は明るく、面倒見の良い人物として振る舞っていた。だが、内面に抱えるプレッシャーは相当なものだった。人の悩みは良く聞くくせに、自分の悩みは決して明かさない。


 自室に帰ろうと、香代は廊下を歩きだした。誰かに見られてもいいように、背筋を伸ばした。ささいなことにも無理をしている。階段を登ろうとしたとき、声をかけられた。 


「まだ、トレーニングしてたの?」 


 彼女は振り向いた。声の主は夢のように美しい少年である。同い年の彼は、とても男には見えない。体つきも小柄で華奢。背丈は香代よりも、ずっと低い。 


「あら?隼人」 


 また、彼女は無理をした。重圧と疲労のせいで、ヘトヘトになった姿など見せられない。明るい笑顔と声で応えた。 


「まだ起きてたの?良い子は寝る時間よ」 


 少年は、その言葉を無視した。 


「香代……がんばりすぎてない?君こそ、早く休まなきゃ」 


 隼人の言葉に、香代は、力こぶを作ってみせた。


「なんてことはないわよ。あたしは隼人と違って、鍛えてるからね」 


 決して、人前では、後ろ向きな態度はとらない少女である。隼人は心配そうに言った。 


「明日も、早いんだから、無理すんなよ」 


 隼人も香代と同じ“D型"の超常能力者である。が、超常能力の完成度は、この時点では香代のほうが圧倒的に高かった。隼人よりも奈美坂での生活が長い香代は、カリキュラムも、ずっと先を行っている。明日は早朝から、格闘技の訓練を控えていた。 


「ダイジョブダイジョブ。おやすみ、また明日」 


 それだけ言うと、香代は階段を登った。 










 自室に戻り、鍵をかけた香代は、そのままベッドに倒れ込んだ。彼女にとっては、短い休息の時間である。 


(隼人ったら、多分、かなり心配してたな……) 


 香代は目を閉じ、友人である美少年の顔を思い浮かべた。彼だけは、香代が無理をしていることに気づいているのかもしれない。優しい少年であった。


 少女のように、いや、女の子よりも綺麗な、あの顔は、あどけなさの中に艶っぽさが同居した秀逸すぎるものである。それは、ある意味、母性本能以上に、サディスティックな心を刺激するものであった。なぜか、泣いた顔を見たくなる。 


(襲ってやろうかしら……) 


 重圧に襲われながらも、それを見せないようにしてきた香代の不安定な心理が、そう思わせた。既に彼女は“壊れて"いたのかもしれない。










「隼人。あたしの部屋で、ゲームしよ?」 


 数日後、誘ったのは、香代である。 


「なんのゲーム?」 


 隼人が言った。彼女は相変わらず、表面上は元気だ。


「うーん。じゃあ、将棋!」 


 香代が隼人を遊びに誘うのは、特に珍しいことではない。子供グループのリーダー格の彼女だから、大勢で遊ぶこともあるが、ふたりのときもある。今日、誘われたのも、子供同士の、よくある日常に過ぎないはずだった。 


「いいけど。僕、弱いよ」 

「あたし、結構強いわよ。おせーてあげるわ」 










 香代の部屋は、よく片付いていた。ベッドにかけられた布団は、きちんと畳んであり、据え付けられたデスクの上には、規則正しく“教科書"が並んでいる。一般の学校に通うことはないので、小学生としての勉強は、ビデオソフトを使って行われる。隼人も香代も、そうやって小学校の勉強を学んでいた。


「はい、王手。詰み!」 


 香代が言った。これで、彼女の四連勝である。


「待ったなしなの?」


 そう言うと、隼人は持ち駒を盤の上に投げた。彼に棋才は、ないようだ。


 時刻は、夜の9時をまわっていた。男女であっても、性欲に目覚める前の子供同士なら、ふたりきりでいても、特に奈美坂の職員から何も言われることはなかった。そこまで堅ッ苦しい規則はない。


「なんか飲む?」


 連敗中の友人の機嫌をとるため、香代が訊いた。隼人が、コーラと答えたので、彼女は小型の冷蔵庫から、赤い缶を取り出した。それを、氷入りの二個のグラスに、つぎ分けた。


 両手でそれを持ち、コーラを飲む隼人の顔がかわいかった。グラスから離れた彼の美しい唇は、柔らかそうに濡れている。それを見たとき、香代の精神の中の“なにか"が飛んだ。


「隼人……」


 テーブルに飲みかけのグラスを置き、ベッドに座った香代が言った。その目は、同年代の他の女子より、はるかに色っぽかった。


「こっちに、おいで」


 香代は隼人を隣に呼んだ。ベッドを軽く、ぽんぽんと叩いている。


「どうしたの?」


 隼人が細首をかしげる。無垢なその姿すら、劣情を誘った。


「いいから、おいで……」


 隼人は従った。香代のすぐ横に座った。尻が当たりそうな距離である。


「綺麗な、肌よねぇ……」


 香代が、隼人の白い頬を撫でた。意外と冷たい感触だった。


「香代、どうしたの?」


 隼人は身を固くして訊いた。香代の目が、既に“いって"いた。この美しい少年を自分のものにしたいと思った。常に明るく振る舞うことから生じたストレスや、その身にかかる重圧は、彼女の精神をマイナスの方向へ蝕んでいたのだ。


「ほしい……ほしいのよ!」


 そう言った次の瞬間、香代は隼人をベッドに押し倒していた。彼女も、隼人の美貌に狂っていたのだ。




 



 
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