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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!
第12話 嗜虐
しおりを挟む香代は、このとき、自分を制御できなくなっていた。目の前の美しい少年に、サディスティックな欲望を刺激され、ついに暴挙に出た。それが、いけないことであるなどと、微塵にも思わなかった。
「香代、痛いよ。やめて……」
隼人は抵抗しようとした。だが体格で勝る香代に、かなわなかった。押しのけようとする両手をがっちりと掴み、香代は隼人の細くて白い首を吸った。彼女の唇から、卑猥な音が鳴る。
「やだぁ……やめて、やめてよぉ……」
いつも明るく、優しい香代が放つ陰湿な感情を知ったとき、隼人は泣き出した。豹変した違和感に不自然さを感じ、そして、このあと暴力をふるわれると思い、恐怖したのだ。それは彼女にとっては、最高の反応だった。
(そうよ。女の子みたいに綺麗で華奢で弱っちいこの子をいじめて、“発散"させればいいのよ。簡単なことじゃない。なんで今まで、しなかったのよ、あたし……)
隼人の美貌に、狂いに狂った。その美しさは彼女が持つ嗜虐心を存分に煽るものだ。それは、誰しもが持つものなのかもしれないが、本来は内に秘めて終わるものなのかもしれない。しかし香代は、表面に出してしまった。
「おとなしくなさい。そうじゃないと、叩くわよ!」
香代の、その言葉は本心ではない。抵抗してもらったほうが、“やりがい"がある。期待通りに隼人は、足で弱々しく蹴ってきた。
鈍い音が鳴った。香代が隼人の頭を、平手で殴ったのだ。頬を打つと、顔が腫れ、大人たちにバレるかもしれない。だから、そこだった。隼人の抵抗が止まった。すすり泣きしている。
「それで、いいのよ」
そう言った香代の唇が、隼人の唇を奪った。さきほど飲んだコーラの甘い味がした。
(あぁ……いいわ……とても美味しい……)
香代は思った。キスとは、こんなにも心地よいものであると知った。だから、思う存分に吸ってやった。ふたりの口から、じゅるり、と、いやらしい音がする。隼人の抵抗は、もう止んでいた。すすり泣きながらも、両の足を絡ませてきた。その真ん中にある“なにか"が、高熱を放っていた。
(フフッ、ちんちんが“こんなに"なっちゃって、かわいい。言うことを聞いたご褒美に、もっとしてあげるわ)
歪んだ愛情が、ふたりのキスを長くした。背徳感が、少年少女の欲望に火をつけたのかもしれない。互いの体温が溶けあった抱擁は、もう、大人のものだった。
自身を悩ませていた欲望が晴れ、落ち着きを取り戻した香代は隼人を見た。彼女の下で着衣を乱している美しい少年の姿は、とても色っぽい。
「ああ、隼人、あたし……」
香代は隼人の手を取り、言った。
「ごめんなさい。“そんな"つもりはなかったのよ……」
自分で何を言っているのかすら、わからなくなっていた。隼人は、ただ、頷いた。
「あたしたち、これからも“友達"よ。ね、隼人。そうでしょう?」
香代の顔が媚びていた。隼人は何も答えず、そして、何も言わなかった。
香代の情熱的なものに比べれば、啓子のキスは優しかった。ただ、香代以上に粘着質な感じがする。まだ、啓子は、あどけないその唇で、秀麗な隼人の顔を犯し続けていた。感触としては、啓子のキスのほうが好みだった。
あれ以降、隼人の香代に対する感情が変わったか、と言われると、そうでもあり、そうではなかった。違う一面を見た結果、それを怖れもしたが、人間としても、超常能力者としても、隼人の香代に対する尊敬は続いた。女の子としての彼女に興味があるという自分の気持ちには薄々と気づいていたが、本気で好きだったと気づいたのは、香代と別れてからである。
以後も香代は、何度かキスを求めてきた。サディスティックなときもあったが、隼人も、それに応じた。彼女が持つ、内面の暗さがそれで晴れるのなら良いと思ったのも事実だが、隼人も、それを待っていた。
(僕は、“マゾ"なのかもしれない……)
彼は、そう思うようになっていた。川岸で和美に服を脱がされたときに、勃起した。そそり立ったそれを見られ、恥ずかしくて泣いたが、体は正直に反応していた。見られることに、快感も感じた。そして、香代に乱暴なことをされたときも……
(今、啓子に犯されているのに、僕は、喜んでいる……)
啓子のキスが止むまで、隼人の頭は冷静に、いろいろなことを考えていた。寝たふりを通せばいいので、楽である。明日、気まずくなることもない。それが、正しい対応だと思った。できれば、顔だけでなく、体中に口を付けてほしかった。
一方の啓子は、夢中でキスを続けた。そういう意味では、隼人よりも真摯に取り組んでいた。
(隼人、隼人……)
心の中で、何度も名を呼んでいた。隼人の心が、和美に向いているとしても、彼を渡したくはなかった。香代と同様に、啓子も隼人の美貌に狂っていた。ただ、香代と違い、自己の主張が弱い彼女は、隼人が寝ているときにしか、行動に移せなかった。
何度、唇を重ねても、ふたりの間には、決して会話が生まれることはない。隼人と啓子の無機質の性は、まわりの暗闇に溶ける程度の、儚いものなのかもしれない。
翌朝、隼人は、いつもより早く目が覚めた。彼が起き上がったとき、啓子は既に自分のベッドの上で眠っていた。起こさないよう、部屋を出た。
玄関を開けると、彼は驚いた。空は明るいのに、外の空気が冷たかったのだ。日中、あれほど暑い首払村にも、秋の訪れが近付きはじめている。残暑の季節は、まだ先だが、真夏の盛りは、もう終盤を迎えていた。
隼人は、自分の顔に手を当てた。まだ、啓子の唇のぬくもりが残っているような気がした。いつもより、肌がしっとりとしているように感じる。彼は、庭の水道で顔を洗った。水も、かなり冷たい。
五感以外の何かが働いたから、早く目が覚めたのかもしれない。家の前の道路に車が停まった。運転席から降りてきたのは、和美だった。
「おはよ、“健一"くん」
和美が、ハスキーな声で、少年に挨拶をした。
「和美さん!帰ったんじゃなかったの?」
隼人の顔が明るくなった。無邪気に駆け寄ってくる、その姿は、和美にとって愛らしいものだったが、そう思うと同時に、彼女の心を重くした。
「うん、ちょっとね。健一くん、お散歩しない?」
ふたりは、首払村の道を歩きだした。隼人は短パンを履いているが、少々、寒かった。だが、隣に和美がいると熱くなれる。また会えて、とても嬉しかった。
「ゆうべね、“お祭り"だったんだよ」
隼人が言った。太陽のような笑顔だった。
「お祭り?」
和美が訊いた。くもり空のような表情だった。
「お盆の」
「ああ、なるほど」
「啓子ちゃんと、花火したよ」
「どんな花火?」
「ロケット花火も、ネズミ花火も、線香花火も。六連発とかも」
「けっこう、豪華なのね……」
「ちっちゃい花火もしたよ」
「楽しかった?」
「うん、とっても。明日もあるんだよ」
「そっか。お盆、明日までだもんね」
「そうだよ。和美さんも、おいでよ」
その言葉を聞いたとき、和美の心が泣いた。いや、痛みに悲鳴をあげていた。彼女は、隼人を“説得"しに来たのだ。それなのに、彼は、こんなにも無邪気な顔をしている。この雰囲気に、これ以上、耐えられる自信がない。
道を川のほうへ進めば、家はなくなる。数日の滞在で、和美は首払村の地理を把握していた。彼女は、ちょうどいいところで、足を止めた。
「どうしたの?和美さん」
振り返った隼人が言った。彼女に、いつもの元気がなかった。
「健一くん……」
和美は、声を絞り出した。その瞬間、ふたりの関係が壊れることは知っていた。それでも、絞り出した。自分の心が、そのせいで、傷を抱えるとしても。
「奈美坂に帰りなさい。いいえ、帰って頂戴……」
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