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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!
第13話 電撃
しおりを挟む和美の、その言葉に、隼人の表情が変わった。それが二人の“蜜月"を終わらせるものになるのなら、若い和美にとって、つらい選択肢だったと言わざるを得ない。そして、隼人にとっても。
「なぜ……」
知っているのか、とまでは言わなかった。今、思えば、いつかはバレる嘘だったのだ。EXPERの和美に、情報がまわる可能性は充分に考えられた。未熟な子供が大人を騙すことの難しさを、隼人は思い知らされた。
「逃げられるものじゃないわ。わたしが黙っていたとしても、“組織"はいずれ、あなたを探し出す」
和美の目は、真剣だった。
「奈美坂に帰って!今なら、説教程度の軽い処分で済むわ」
それに対し、隼人は短い言葉で拒絶した。
「いやだ」
彼の目もまた、真剣だった。決して、声を荒げることはない少年である。口調は、大人の和美よりも穏やかだった。
「香代を“死なせた"奈美坂には、絶対に帰らない。香代を戦場に送った“組織"に入るつもりもないよ」
彼は、きっぱりと言い切った。和美と“同じ立場"になる気はないと。
「それ、君の恋人?」
和美が訊いた。そう思うと妬けた。その美貌で自分を狂わせ、自慰までさせた少年には、過去の“恋"があったのだ。
「そんなんじゃない。香代は“友達"だよ」
隼人のその言葉を、和美は嘘だと思った。だが、それを問い詰める時間はなかった。今は説得することが優先である。退魔連合会がこの村にいる以上、早く切り上げなければならなかった。
「“隼人"くん……」
和美が隼人の本名を呼ぶのは、今日が初めてだった。そして、この日が記念日になることはない。彼女は、隼人に人差し指を向けた。
(ゴメンね……)
その先端が、青白い光を放つ。次の瞬間、一直線に伸びた光が、隼人の足元を焼いた。
「今のは威嚇よ。次は、外さないわ!」
和美が持つ超常能力は、“L型"だった。それは、“帯電能力"であり、自身に電気を帯びることができる。さらに、“放電"し、遠距離の対象物を攻撃することが主な戦法となるが、他にも、いろいろな使い方がある能力だ。
「もう一度言うわ!奈美坂に、帰りなさい!」
隼人の足元の地面から煙が上がった。
「本気、なの……?」
隼人が言った。いつも明るくて優しい和美は、そこにはいなかった。
「本気も本気よ。わたしは、“EXPER"なのよ!」
和美の指先は、いまだ隼人のほうを向いている。その狙いは、彼女が苦手としている銃よりも、はるかに正確である。
「そう……わかったよ」
地面から立ち昇る煙を越え、隼人は和美のほうへ歩きだした。
「いいよ、撃っても」
美しい少年の顔には悲しみの表情が浮かんでいたが、内心の決意は固かった。和美の言葉に従う気はない。
「どのみち、僕には“帰るところ"がないから……」
それだけ言った。ふたりの距離が、徐々に近づいてゆく。
“驚異的な反射神経"を誇る“D型"の超常能力者である隼人が、その力を発揮すれば、和美の電撃が当たることは、まず、ない。だが、このとき彼は無防備だった。超常能力を発動させてはいない。
「止まりなさい!本当に撃つわ。威しじゃないわよ!」
それでも隼人は、歩みを続けた。人差し指を向けた和美のほうが、あとずさりをはじめた。
「来ないで……」
ハスキーな声が、震えた。
「来ないで……お願いだから、止まってよ……」
和美の目から、涙があふれた。隼人は、すぐそこまで来ていた。
「いや……こっちに、来ないで……」
彼の姿は、もう、涙でかすむ目の前だった。
「来ないでったら……」
和美が構えた人差し指に、隼人の額が当たった。今、撃てば、間違いなく当たる。
「いいよ、和美さん……」
そう言うと、隼人は、目を閉じた。
「撃てるわけ……」
和美は、その場に崩れ落ちた。
「撃てるわけ、ないじゃない……!」
和美は、隼人の胸の中で泣いた。子供のようだった。
「馬鹿馬鹿馬鹿!わたしが、あなたを撃てるわけないでしょ!なんで、言うことを聞かないのよ……」
隼人は、泣きじゃくる和美の綺麗な黒髪を抱きしめた。いつもは、抱いてもらうほうだった。反対の立場に立つと、けっこう新鮮な気持ちになるものである。
「和美さん、ごめんね……」
彼の謝罪は、和美の泣き声と同調し、そして消えた。隼人は最後まで、考えを曲げなかった。
「ねぇ、“隼人"くん……」
ふたりは、いつもの川岸まで来ていた。そこに並んで座り、流れ落ちる滝を見ながら、和美が言った。
「なぜ、奈美坂にいる人たちを、“研修生"って呼ぶか知ってる?訓練生とか、生徒とかって言わないでしょ」
隼人は、首を振った。
「わたしたちは、能力に目覚め、奈美坂にスカウトされたときから、もう、“組織"の一員としての人生が決まっているのよ。だから、そう呼ぶの。逆らうことなんて、できないわ」
それを聞いて、隼人は香代の言葉を思い出した。
“あたしたちは、人のために生きていくべきなんじゃないかしら。特別な力を持っている以上、どこの誰だか知らない人であっても、その人たちのために……"
香代は最後まで、その決意に忠実だった。戦場で、子供を救うために地雷原に飛び込んだのだ。隼人が知る香代は病んだ側面もあったが、その最期は立派だったようだ。和美が香代と同等の覚悟を決めているかは知らないが、あまり、そうなってほしくなかった。隼人は、和美の安泰を願った。
「で、これからどうするの?隼人くん」
和美が訊いた。だが、答えなかった。
「まァ、決められないか……」
和美は、隼人の改心をあきらめてはいなかった。こうなったら、徐々に説得するしかないと思った。それまでは、一郎に彼の保護を頼むつもりである。伝説のストリートファイターとして、EXPERからも尊敬されるあの男は、かつて、ある超常能力者の“夫"だった。そして、一郎の妻は、“魔剣"の使い手だった。
「んじゃ、わたし、行くわね」
和美は、立ち上がった。
「帰るの?」
隼人が訊いた。やはり、いなくなると寂しい。
「わたし、今、ここにいられない“事情"があるの」
和美は、少年の耳元で囁いた。唇が軽く触れた。わざと、したのだろうか。
「退魔連合会が、ここに来てるのよ」
その名前は隼人も知っていた。EXPERと同じく、人外のものと戦う、異能者たちの集団である。
「この村の“化け物"が出たのよ。ここの人たちは、“神様"って呼んでるみたいだけどね。被害者も出ているわ」
“魔剣"が、隼人に同じことを言っていた。それは、すぐ上の“祠"に祀られているもののことなのか、と隼人は思った。人の血とひきかえに、願いをかなえる神。“誰か"が、呼び出したのだ。一郎が言う、物騒なこととは、そのことか。
そして現在、“化け物"と交戦した退魔士、天宮久美子は行方不明である。戦闘が行われた洞窟には、別の退魔士たちが張りこんでいるため、おそらく化け物は、別の場所に潜んでいると考えられる。それがどこなのかは、まだ、わからない。祠にお供え物をあげ、それを呼び出した“犯人"の正体も不明である。
「だから、あなたも気をつけて……」
和美が言った。 少し、微笑むことができた。
「もう、会えないの?」
隼人が言った。 彼は、悲しんだ。
「うーん、どうかなァ……」
そう、答えた和美の顔が、近づいてきた。美人ではないが、隼人は、その顔を、かわいいと思っている。
ふたりは、キスをした。唇と唇が、触れ合った。短い感触だったが、それでも和美にとっては、大切なものだった。
「お姉さんの、ファーストキスよ。隼人くんに、あげたからね……」
和美は唇を離すと、少年の鼻をつついた。
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