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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!
第14話 神霊ジャーナリストの危機
しおりを挟む8月14日。
お盆中日の昼過ぎ。騒がしいディーゼル音を響かせながら、東京のナンバーをぶら下げた一台のオフロードが、首払村に停まった。場所は今朝、隼人と和美が話していた川岸の上の道路である。
運転席の頑丈そうなドアを開け、降りてきたのは、背が高い一人の女だった。170センチ以上あり、大変にスタイルが良い。長い美脚が、ブランド物のジーンズとハイカットのスニーカーを履いており、ラフなファッションも、格好よく見せていた。
「ふぅ……やっと、着いたわ。鹿児島も、暑いわね」
と、女。和美のショートヘアより、さらに短いベリーショートの髪型が似合っていた。すらりとした長身に加え、中性的なルックスを持っており、ボーイッシュな雰囲気を漂わせた美人である。男からも、そして女からも告白されそうなタイプだ。
女の名前は、花ノ宮奈津子。雑誌『非現実ジャーナル』に寄稿しているフリーの物書きであり、自らを“神霊ジャーナリスト"と称している。
東京の出版社が発行している非現実ジャーナルは、様々な超常現象や心霊、オカルトなどを取り上げた雑誌で、近年、著しく発行部数を伸ばしている。市井の人々を悩ませている“人外の存在"に関する記事も好調であり、それら諸問題に、時事や政治などの問題点を絡めた誌風で、中高生から年輩層に至るまで、幅広い読者を獲得していた。
病んだ社会の精神が超常の現象を生み、“人ではない存在"を呼び出すのではないか、という非現実ジャーナルの基本テーマは、ある意味わかりやすく、非日常を解説しているのだ。奈津子は、その非現実ジャーナルの看板ライターの一人であり、切れ味鋭い着眼点と、辛口の文章で人気を博している。“神霊ルポライター"ではなく、“神霊ジャーナリスト"と自称する所以であった。
非現実ジャーナルに限らず、こういった話題を取り上げる雑誌や本が、今、ブームになっていた。それは、世間に世紀末特有の危うい雰囲気が蔓延していることも理由なのかもしれない。
退廃的な歌詞をのせた音楽が若者に支持され、なにかに熱中することをダサいとする風潮が、こういったオカルトチックなブームを呼んだ。大衆の嗜好を決定付ける最大要因であるテレビ番組を作る者たちは、ゴールデンの時間帯に、平気でセックスやレイプのシーンを流し、それで茶の間を凍りつかせても、なんとも思わないほどに平衡感覚が麻痺しており、コメンテーターたちは、少年犯罪の増加原因を、そのドラマや映画ではなく、漫画やアニメのせいにして、飯を食っている。平和と豊かさに多くの人々が慣らされ、逆に刺激と口論を求めるようになっていた。
そういう意味では、奈津子には合っている時代なのかもしれない。上手く批判すれば、それが大衆の欲求不満のはけ口となり、多くの読者に支持されるからだ。
その美貌とスタイルで、学生時代から読者モデルとして活動していた奈津子は、卒業と同時に華やかな世界から身を引き、この業界に入った。根っからのオカルト好きが、そうさせたのである。
「それにしても、すごい田舎ねぇ」
彼女のような仕事をしていると、田舎を訪れることは珍しくない。それでも毎回、そのような感想が出てしまうのは不思議なものである。自身が住む場所が、直接の比較対象となるからだろうか。
灼熱の太陽の下。今日も、動きたくなくなるほどの暑さであるが、それでも奈津子は、持参した資料を広げた。持ち前の行動力と探究心が、神霊ジャーナリストを支える原動力である。
「つまり、“これ"が、問題の“祠"ってわけね」
資料をたたんだ彼女のすぐ目の前に、“神様"を祀る祠があった。数日前、“誰か"が、ここにお供え物をあげ、“化け物"を呼び出した。“ある者"と、同等の美しさを得るために……
奈津子が首払村を訪れた理由は、その件の取材であった。数十年前にあらわれ、ここら一帯を恐怖に陥れた化け物が復活したのである。記事のネタとして、悪いものではなかった。取り上げる価値がある。月末発売の号には余裕で間に合うだろう。表紙と巻頭の特集も狙っていた。
一般人の彼女が、その情報を仕入れることができた理由として、退魔連合会とのつながりがあった。EXPERと違い、民間によく知られる存在である彼らは、雑誌やテレビ、新聞等の取材も受け付ける。それ自体が退魔連合会の“宣伝"にもなるのだが、ある程度の情報を民間に提供することにより、普段から、一般の人々に危機意識を植え付けることもできるからだ。そして、それは、退魔士の収入にも、民間人の安全にもつながるものとなる。
今回の事件も、首払村住民が退魔連合会に解決を依頼している。世紀末のこの時代、影の存在であるEXPERと違い、退魔士は、人外のものに悩む人々にとっては身近な存在となっていた。奈津子は懇意にしている退魔士から情報を聞きつけ、この村にやってきたのだ。
「ちょっと、中を拝見させてもらうわね」
手を合わせて、そう言いながら、奈津子は観音開きになっている祠の戸を開けた。その中は、まったくの空である。お供え物は回収されたのだろうが、地蔵くらいはあってもよさそうなものである。
「空っぽの祠。どういう意味かしら?」
彼女は数歩下がり、雑誌に掲載するための写真を数枚、首にかけたカメラで撮った。中身を除けば、外観は、なんの変哲もない木製の小さな祠である。
妙齢の美人の血と引き換えに、願いをかなえる神、という情報は得ていた。下を流れる滝と川は、その神が作ったという言い伝えもあるが、さだかではない。知る人ぞ知る程度の一説によると、この首払村を作ったのも、その神であるという。美しい女たちの首を刈り、その血をすすったという伝説から、つけられた名前とも言われるが、一方で、昔、ここに刑場があったことから、首払と呼ばれるようになった、という話もある。歴史的には、ここらに刑場があったという事実はなく、都市伝説の域を出ないが、こういった言い伝えは、長い年月を経て、面白可笑しく脚色され、現代でも語られている。調査によれば、少なくとも室町時代から人が住んでいた痕跡があるらしい。
「やはり、この村の歴史から調べてみる必要がありそうね」
住民たちから聞き出すのは難しいと判断した奈津子がつぶやいた。“神霊ジャーナリスト"の勘が、おもしろい記事になりそうだ、と彼女の勤労意欲をそそる。隣のS市に大きな図書館があるので、そこで調べてみようかと思っていた。郷土史のコーナーが設けられているはずである。
「“我"に、願いがあるものか?」
どこかで声がした。奈津子は周囲を見回したが、寂しい集落の道に通りすがりの人など見えない。当然だ。その声の主は、“上"にいた。
奈津子が見上げると、高い木の枝に“女"がいた。人の体を借りた、祠の主である。それは“神様"であり、“化け物"でもあった。
化け物は、そこから飛ぶと、奈津子の目の前に着地した。驚いた。常識では“ありえない"格好をしていたからだ。そして、その顔に目と鼻はない。口だけがある“のっぺらぼう"だった。
「違うのか?ならば、我を冒涜するものか」
奈津子は、大きな声を出そうとした。だが、化け物の冷たい左手で、口をふさがれた。
「“神"を冒涜した罪は、死して償うほかない。その美しい血を、我に捧げよ」
化け物は右手で、奈津子が着ているチェック柄のシャツのボタンを外し、襟元を引っ張った。細く、美味そうな首筋があらわになる。紐をのぞかせたブラジャーの色はゴールドだった。
化け物が手刀をあげた。奈津子の命は、風前の灯だった。
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