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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!

第17話 超常能力

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 現在、発見されている超常能力は26種類ある。それらは、タイプ別に、AからZまでのアルファベットで区別されており、EXPERは、それを使いこなす超常能力の“実行者"ということになる。全世界が人外の存在に悩まされている昨今、超常能力者の組織は、各国に存在し、活動をしている。


 隼人が持つ超常能力は“D型"である。それは“驚異的な反射神経"であり、発動している間は、相手の攻撃が当たることはない。


 このとき、彼の目には、化け物が袈裟斬りに放った手刀の軌跡がスローモーションに見える。化け物の先制攻撃は空振りし、いつの間にか隼人は、十歩ほどの距離をとっていた。


「ほう、面白い力を持っているな。少年……」


 のっぺらぼうの口が言った。目鼻がないが、姿からしてショートヘアの女だとわかる。再び突進してきた化け物が、今度は両手で二撃目と三撃目を振るう。これも隼人の目にはスローモーション再生のように映る。難なくかわした。


「逃げるだけか?それでは、我は倒せんぞ」


 化け物の言うとおりであった。回避し続けても、勝てるわけがない。そして、ある理由から、長期戦は、隼人の不利となる。攻めていかなければならないが、問題は、彼自身の攻撃力ということになる。


 奈美坂精神病院で、ある程度の戦闘訓練を受けてはいたが、隼人は小柄で非力なため、たとえ攻撃を当てたとしても、それが化け物に対する大きなダメージになるかどうかはわからない。例え、なったとしても、すぐに立ち上がられたら意味はない。


(武器があれば……)


 隼人は考えた。ふと、“魔剣"のことを思い出してしまった。もし、それがあれば、なんとかなるものだろうか。


 彼は周囲を見回し、凶器になるものがないか確認した。少年の手には、汗を吹くために一郎の家から持参したタオルしかない。


 化け物の姿勢が低くなった。猛然とダッシュで近づき、隼人を襲う。


(一か八か……!)


 対する隼人も、化け物に向かって走った。いや。正確には、すれ違うような角度である。最接近したとき、化け物の手刀が横手に繰り出されたが、超常能力を発揮し、飛んで、くぐるような格好でかわした。


 地面に石が落ちていた。隼人は飛びついてそれを拾うと、右膝をついたまま、アンダースローで化け物の頭に投げつける。石は手で払われた。その瞬間が彼の狙いだった。素早く立ち上がった隼人は、がら空きになった化け物の腹に、体重を乗せたパンチを放った。


 だが、それより早く、化け物の蹴りが隼人を襲った。このとき、超常能力を発動させていなければ、その餌食になっていただろう。その蹴りがスローモーションに見えたため助かった。隼人は後ろに飛び退いて、化け物の脚の射程外へと逃げた。


 再び、化け物の手刀が連打された。そのすべてを隼人は“驚異的な反射神経"で避け続けた。だが、このままでは埒が明かない。


 突然に、“リミット"が近づいた。肩で息をする隼人の疲労の色が濃い。


(まずいな。思ったより早く“来た"か……)


 予想外の事態に、隼人は内心で苦笑してしまった。それは、“D型"最大の欠点である。


 極めれば、銃弾すらかわすことができるほどの驚異的な反射神経は、戦闘での活躍が期待される反面、気力体力の消耗が激しいことでも知られる。短時間の能力発揮で片をつけられなければ、不利となっていくのである。事実、D型超常能力者の敗北原因の多くは、“戦闘行為の長期化"であり、今、隼人も、その状況に陥っていた。


 ましてや彼は、久々に超常能力を発動させている。それも未成熟な少年の体には、大きな負担となっていた。


 次第に、化け物の攻撃がスローに見える間合いが、こちら側に“近く"なっていくように感じる。限界は近い。


 後退を続けた隼人の背中に硬いものが当たった。それは道端の大木だった。後ろには逃げられない。化け物の手刀が一直線に飛んできた。“突き"である。なんとか、目の前でスローに見えた。そこまではかわした。横に体をずらす。


 なびいた隼人の長い髪が数本、切れて散らばり、手刀が大木を貫通した。化け物は、それを抜くのに時間がかかった。チャンスだ。


 後ろに回り込んだ隼人は、化け物の背中におぶさるような格好で飛びついた。そして、そのまま、手に持ったタオルを巻きつけ、首を締めた。これなら、子供の手でも絞殺できる。彼は、せいいっぱいの力を一本のタオルに込めた。


 至近距離で嗅いだ化け物の匂いは甘かった。香代が、これと似たような匂いをしていた。もうひとり、こんな匂いの持ち主を知っている。誰だっただろうか。


(えっ……?) 


 それを思い出したとき、隼人は、なぜか拘束をほどき、化け物から離れた。


「まさか……いや、そんなはずは……」


 彼は困惑した。目の前の黒いショートヘアには見覚えがある。Tシャツを膨らませている豊満な胸は、川岸で何度も彼を抱いてくれたものだ。目と鼻はないが、それでも隼人は“真実"に気づいた。


「そんな……なんで?」


 動揺した隼人に、大きな隙が出来た。木から手を引っこ抜いた化け物が、高速で接近する。その距離が、疲労した隼人の能力が及ぶ間合いの“内側"に入ってきた。よけることはできない。


 だが、次の瞬間、化け物は、前方にバランスを崩した。割って入った“誰か"が、足を引っ掛けたのだ。化け物は、転倒する直前に片手を地につき、その力だけで宙に舞うと、“ふたり"から8メートルほどの位置に着地した。


「貴様……“あのとき"の男か……」


 化け物が言った。割って入った男が、挨拶をする。


「久しぶりじゃのう」


 それは、一郎だった。お互い、知らぬ仲ではないようだ。


「隼人君。油断は、寿命を縮めるぞ」


 そう言う一郎が、隼人にとって、やたらと頼もしく見えた。啓子が呼びに行ってくれたのだろう。この場を、なんとかしてくれそうな気がする。


 化け物は、その手で斬りかかった。一郎は、跳躍してかわすと、化け物の黒いショートヘアの上に片足で乗り、反対側の地面に着地した。その直前、体をひねった一郎の鋭く重い蹴りが背中に入る。化け物は、吹っ飛んだ。


「待って!おじいさん、待って!」


 隼人は叫んだ。一郎に、“真実"を告げた。





「やめて!それは……その人は、和美さんだよ!」








 
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