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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!
第18話 “魔剣"の所在
しおりを挟む六年前。
奈美坂精神病院の、とある一室に、河野和美はいた。椅子に座らされ、頭に円形の機械のような物を被っている。目まで隠れていた。なにやら、映像を見せられているのだろう。機械からは、数本のコードが伸びており、そのうちの一本が、モニターに繋がっていた。そこに映し出されているのは、心拍だろうか。
和美の前に、白衣を着た長身の男が立っていた。均整のとれた体格をしており、端正な顔をしている。かなりの二枚目だった。そして、その目は、冷たい光を放っている。
「おまえは、美しくない」
男は言った。声までもが、冷たかった。
「わたしは……美しく……ない……?」
和美が言った。それに対し、男は言葉を続けた。
「人並みの恋は、望めまい。誰も、おまえを愛さない」
それを聞いた和美の、細い二重まぶたから涙が流れた。それが、白い頬をつたう。十二歳の少女には、残酷な話だった。
和美の全身が震えはじめた。椅子に体を固定されており、動くことはできない。
「いや、いやだ。どうすれば……?先生、助けて……」
彼女は、薬物を投与されていた。事前に、催眠術もかけられている。それが、目の前の男の、やり方だった。
「“戦士"に、なれ」
男は、和美の耳元で囁いた。
「戦いに身を捧げよ。おまえは、戦場でのみ、“女神"となれるのだ」
それを聞き、和美は笑った。自分が生きる意味を知り、嬉しそうだった。彼女は、戦いを欲した。
「あぁ……先生……頂戴。“戦い"を、わたしに、ください……」
無機質な空間に和美の声が響いた。彼女は今でも、たまに、この時期のことを思い出す。それは、辛い記憶だった。
「おじいさん!あれは、和美さんだよ。間違いないよ!」
隼人が、一郎に言った。
(あの“組織"のお嬢さんじゃと……?)
一郎は、目の前の化け物を見た。その顔に目鼻はないが、言われてみれば、たしかに和美の姿格好である。
化け物は、再び手刀を繰り出そうとした。だが、一郎は、相手の懐に入り込み、振りかぶった化け物の二の腕を掴むと、みぞおちに拳を叩き込んだ。化け物が、大きくよろける。
「おじいさん、やめて!」
悲痛な隼人の叫びが響いた。今の一郎の攻撃は、ある程度、加減したものであったが、それでも、少年には耐えられなかった。しかし、化け物が言った。
「相変わらずの強さだ……だが、“魔剣"がなければ、我には勝てぬぞ」
純粋な格闘戦技量ならば、化け物より一郎のほうが上に見える。だが、化け物は、二度の攻撃を受けても、まだ立っていた。かなりのタフネスぶりである。そして、今、“魔剣"と言った。一郎と化け物は、その存在を知っているのか?
一郎と化け物の近接戦闘が再開されるのかと、隼人が思ったとき、化け物の体が、また、よろめいた。
「“時間"が来たようだ……」
化け物が言った。本来、こちら側の世界に存在することができないため、人間にとりつき、行動するのにも制限がある。久美子と闘った洞窟のような負の気が充満した場所で、“補給"が必要となる。
「我は、あそこにいる」
化け物は、指で西の方角をさした。燃える夕焼け空が美しかった。その下に、山が見える。
「我を倒さねば、“この女の不幸"は続くぞ……」
それだけ言うと、化け物の体が消えた。空高く跳躍したその体は、道路の向こう側、二十メートルほど先に着地した。
「ま……待って!」
隼人が追おうとした。だが、一郎が、その腕をとった。
「おじいさん……!」
行こうとする少年に対し、一郎が首を振った。
「追っても無駄じゃ。やつの“居場所"は、わかっておる」
向けた目の先に、化け物の姿は既になかった。彼は、空を仰いだ。
(魔剣よ……!)
隼人は、はじめて、自分から魔剣に話しかけた。
(僕の声が聴こえているんだろう?答えてくれ)
返答はなかった。隼人の心の声は、虚しく消える。
(ダメか……)
だが、そのとき、隼人の脳内に、リルムリートの声がした。
『あなたから話しかけてくるなんて、珍しいわね……嬉しいわ……私に……なにか、用かしら?』
相変わらず、少女にも大人にも思える、絡みつくような声である。
(君は、僕の力になると言ってくれた。どこにいる?教えてくれ)
『私を探す気になってくれたのね……だったら……そうして……』
“彼女"の口調は、面白がっているようにも聴こえた。それが、隼人を苛立たせた。
(どこにいる?)
それでも我慢して、少年は、平静を装った。
『前に……言ったでしょ?私を……探し出せる……強い人が好きよ』
(もったいぶるのか?)
『教えたら、ロマンティックじゃないわ……美しい王子様は、困難に立ち向かいながらも、お姫様を助けに、あらわれるものでしょう?』
リルムリートは、笑った。このやりとりを楽しんでいるのだろうか。
(君ならば、“化け物"を倒せるのか?)
隼人は、質問を変えた。
『あれは、低俗でも“神"よ……殺すことはできないわ……』
“彼女"は、言った。
『でも、私なら……とりつかれている人間と神を、“切り離す"ことができる……』
リルムリートの声が遠くなってゆく。
『私……は……近くに……いるのよ……隼人』
居間のテーブルに、隼人は俯いて座っていた。一郎は洋風の生活環境が好きらしく、ソファーもある。外から見ると和風の建築だが、一郎邸の中は、田舎には似つかわしくない雰囲気を持つ。格闘家として、海外で暮らしていたことがあったせいなのかもしれない。化け物にさらわれそうになり、ショックを受けた啓子は、帰宅後、別室で眠っていた。
「隼人君」
一郎が、訊いた。
「あんたは、あのお嬢さんと同じ“組織"の人間なのかね?」
隼人のことを只者ではないと薄々気づいていた一郎だったが、さきほどの戦いぶりを見て、確信したのかもしれない。隼人は、頷いた。
「そうか……」
一郎が、冷えた麦茶を差し出して言った。正確に言えば違う。奈美坂精神病院の“研修生"である隼人は、まだ“組織"の一員ではなかった。だが、大差はないので、肯定したのである。説明すれば、長くなる。
化け物が、自らを召喚した人間にとりついたのだとすれば、祠にお供え物をあげ、それを呼び出したのは和美ということになる。その目的は、隼人と同等の美貌であると、化け物は言っていた。
(どうして……和美さん、かわいいのに……)
美人ではない、が、隼人は本気で、そう思っている。細い二重まぶたを持つ色白な、あの顔が好きだった。
「おじいさん」
今度は、隼人が訊いた。
「化け物は、“魔剣"って言ってたよね?おじいさんは、魔剣のことを知っているの?」
その目は真剣だった。
「僕には、魔剣の声が聴こえるんだ。僕の“力"になってくれるって言ってた。魔剣の在り処を教えてよ!僕が、和美さんを助けるんだ」
一郎は、少し驚いたような顔をした。だが、すぐに納得したようである。
「そうか。隼人君は、“剣"の声が聴けるのか……たしかに、あんたなら、そうかもしれんのう」
美しい少年の顔を見て、一郎は言った。理由については触れなかった。
「じゃが、剣の隠し場所は、わしも知らんのじゃ。“女房"は、わしに迷惑がかかると言い、最後まで言わんかった」
隼人は、その話は知らない。
「啓子ちゃんの、おばあちゃん……?」
これから、一郎が隼人に話すことは、過去のことである。
「あの“剣"は昔、わしの女房が、この村に“持ち込んだ"のじゃよ……」
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