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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!
第20話 一郎と妙子
しおりを挟む「まけん……?」
一郎が女に訊いた。意味がわからなかったのだ。
「剣ですわ。“つるぎ"の剣」
たしかに、そんな形をしてはいる。だが……
「そんな代物には見えねぇな」
誰が聞いても常識的な一郎の言葉に、女は反論した。
「いいえ、これは“魔剣"なのです」
一郎は、女の顔を見た。目の前の清楚な美人は、二十歳になるかならないかくらいの年齢である。かわいそうに、その若さで頭がおかしいのではないか、と思った。それとも、変わっているだけか。それにしては、あんまりである。嘘を言っているようには見えない。しかも、死ぬつもりだと言うではないか。
「しかし、“心中"ってのは穏やかじゃねぇな。他に手はないのかい?」
一郎が言った。このまま、この辺で死なれでもしたら、寝覚めが悪い。
「“組織"は、甘くありませんわ。逃げ切ることは不可能です」
そう、女は答えた。
女は、一郎がEXPERたちから尊敬される存在であることは知っていた。彼に挑戦した者も、彼の指導を受けた者も、一郎を最高の格闘家であると認めている。その実力と飄々とした人柄に魅せられた者は多い。組織の中に、彼を悪く言う人はいなかった。
だが、一郎に頼っていいのかどうか迷っていた。今後、迷惑をかけてしまうことになるかもしれない。
そして、こんな肝心なときに、女の腹が鳴った。
「ごめんなさい。何も食べていなくって……」
赤くなった美人が謝罪した。
「あんた、あの施設から、歩いてここまで来たのかい?」
一郎の質問に、女は頷いた。奈美坂精神病院から、この首払村までは、40キロほどある。
「まァ、なんか食わせてやるからついて来な。死ぬのは、それからでも遅かねェだろ?」
一郎が日に焼けた手を差し出した。女は一瞬、迷ったようにも見えたが、白い手で素直にそれをとった。
「ところで、あんたの名前は?」
一郎の質問に、彼女は丁寧に頭を下げた。
「奄美妙子と申します」
昔の一郎の家は、先祖から受け継いだ歴史のある木造だった。彼は男手ひとつで育てられたが、父親は一郎が“現役"だったころに亡くなった。兄弟はない。
ふたつ年上で幼馴染の首払君枝が姉がわりだったが、彼女は、もう、村にはいない。数年前に結婚していた。今の一郎は、自由気ままな一人暮らしである。
外から見ると、立派な日本の農家といった感じの一郎邸だったが、なぜか、中の居間には洒落たテーブルとソファーがあった。上がりこんだ妙子は、ミスマッチだと思った。
「素敵な物ですわね」
本心はどうであれ、妙子は、とりあえず、それをほめた。
「欧米人の生活ってのは合理的だからな。あぐらは腰に悪ィ」
そう言って、一郎が差し出したのは麦茶である。この日も、後に隼人と初めて出会う日と同様、夏である。次第に気温も上がってくるのだろう。
台所に立つ一郎の様子は手慣れたもので、さほど待たせることなく、朝食を提供した。その姿を見て、妙子は感心したものである。これからは、男も料理をする時代になっていくのかもしれない。テーブルの上には、冷えた牛乳と、色とりどりのサンドイッチが数種類、並べられた。中身は、卵、ツナ、キュウリ、ハム、レタス、トマトである。
「これは……美味ですわ……!」
それを食べた妙子が感嘆した。女性が作ったかの如く几帳面に切り分けられたサンドイッチは、マヨネーズとカラシの配分が絶妙である。下手な店屋のものより美味かった。
「料理、お上手ですのね」
妙子は、一郎を褒めるしかなかった。
「食は全ての源だからな」
そう言う一郎が、妙子には眩しかった。昔、テレビや雑誌、新聞で見て憧れたスーパースターが目の前にいる。実力だけでなくルックスも良い。性格まで男前である。そんな彼の家庭的なところを見てしまったら、ときめかないはずがない。恋をしてしまいそうである。
ところが、困ったことに、色気より食い気を優先してしまうほどに、妙子は腹を空かせていた。だから、よく食べた。もっとたくさん作ればよかった、と一郎に思わせるほどに。実際、一郎の分も妙子にまわった。最初は遠慮していた彼女だったが、結局は全部たいらげた。それほどに空腹だったのだ。
食事が終わると、妙子は、ことのいきさつを話し始めた。
彼女は、今で言う“Y"型の超常能力者であった。妙子が持つ、その力は“絶対聴覚"と呼ばれ、数キロ離れた場所で発生した音すらも完璧に聴き分ける能力である。索敵、偵察等に効果を発揮するが、もちろん、戦闘でも使えるものだ。彼女は、いずれEXPERとなるために、奈美坂精神病院の“研修生"になったという。
「私は、この魔剣に“主"として認められたのです」
妙子は、またも、ズボンのポケットから、その“魔剣"とやらを取り出した。彼女の手のひらで輝くそれは、たしかに“剣の形"をしてはいるが、殺傷の用途に使えるものにはとても見えなかった。
奈美坂が保有していた魔剣を扱える者があらわれたことを、“組織"は歓迎した。大きな戦力となるからだ。奈美坂は、妙子の育成に力を注ぎ、組織は、彼女の“卒業"を待った。だが、妙子は奈美坂から脱走したという。
「これは……この“魔剣"は、人が持つべき物ではありません」
妙子は一郎に言った。その目は真剣そのものである。だが、彼女が持っている“魔剣"は、“真剣"には見えない。
「あまりにも、力が大きすぎるのです……そして、使うと、“心"が壊れます」
「心?」
一郎が訊いた。妙子は、ただ、頷くだけだった。
「事情は、まァ……わかったような、わからんようなだが、あんた、さっき言ってたな。そいつと“死ぬ"ってよ」
一郎は、妙子の目を見た。彼の目つきが少しだけ厳しくなる。一方の妙子の目には、迷いがある。
「本当に、死ねるのか?」
まだ、死を覚悟してはいない。一郎には、そう見えたのだ。そして、妙子は首を振った。
「いいえ。多分、無理ですわ。“怖い"ですもの……」
「じゃあ、“生きる"んだな。あんたを嘘つき呼ばわりする気はないが、自分の喉を突くほどの度胸があるようには見えねぇよ。残念ながら」
説教をされているのかもしれないが、妙子は全く不快には感じなかった。多くのEXPERに慕われる、彼の人柄のせいだろうか。
「でも、私には行くところがありません」
「当分、ここに置いてやるよ」
「え?」
「あくまでも、“当分"だ。職探しの手伝いくらいはしてやるよ」
「でも、殿方の家に住むなんて、はしたない女だと思われてしまいますわ」
「そいつは、困ったな。なんせ、こんなチンケな村だ。噂がたつのも早ぇ」
「……」
「なにか、いい案はねぇかな?」
「……」
「そうだ。親戚ってことにしとこう。口裏は合わせろよ」
「……」
こうして、ふたりの“同棲"が始まった。その後、“神"があらわれた。ある者が、願いを叶えるために、祠にお供え物をあげたのである。一郎と妙子は、“魔剣"の力を借り、それを斃した。
神妙に話を聞く隼人に一郎が語ったのは、かつて自分と妙子が“魔剣"とともに、さきほどの“化け物"と戦ったことだけであった。彼が世界を股にかけたストリートファイターだったことを隼人が知るのは、後のことである。
化け物にとりつかれた和美を救うためには、両者を切り離せる、という魔剣が必要である。だが、生前の妙子がどこかに隠した魔剣は、自ら居場所を教える気はないと言う。“近く"にいるとは言っていた。そして、一郎も知らなかった。
「心当たりも、ないの?」
隼人は一応、訊いてみた。隠しごとなどしていないことはわかっている。一郎は、首を振って答えた。
“あなたは、嘘が下手だから、問い詰められて隠すのも辛いでしょう?だから、私が魔剣の在り処を、お墓まで持っていきますわ"
一郎は、妙子の言葉を思い出していた。そこに、ヒントはない。
隼人は途方に暮れた。このままだと、化け物にのっとられた和美は罪を重ねていくことになる。既に被害者が出ていることは、和美本人から聞いていた。だが、どうしようもない。魔剣がなければ、救えないのだ。
そのとき、居間の入り口から声がした。
「わたし、心当たりが、あるの」
それは、啓子の声だった。
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