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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!
第21話 記憶の中で
しおりを挟む「本当……?それ、本当なの?啓子ちゃん」
立ち上がった隼人の言葉に、啓子は頷いた。
「どういうことじゃ?なぜ、おまえが知っておる?」
一郎が訊いた。それに対しては首を振った。
「わたしじゃないの。“お母さん"が、知っていたの……」
啓子が言った。彼女の母親とは、一郎と妙子の娘である。
「そこにあるかどうかはわからないけど、でも、おばあちゃんが“なにか"を、隠していたらしいの」
数年前。
幼い啓子は、ひとりの女に手をひかれて、首払村を歩いていた。母、泰子は生前、調子が良い日は、こうやってよく、娘と村を散歩していたものである。
不調の日は一日中寝ている泰子であったが、体が動く限りは、啓子に、いくつかの“母の記憶"を残したかったのかもしれない。時間は限られていた。
“ある場所"に来たとき、彼女は、こう言った。
「啓子は、この場所は好き?」
そう訊かれた啓子は、首を横に振った。
「もう、あきた」
それを聞いた泰子は笑った。自分も子供のころ、一郎に同じことを言ったことがある。言動まで遺伝するのだとしたら、親子の絆とは人が思うよりも強く、そして、どうしようもないものなのかもしれない。
「そう?ママは好きよ。何度来ても、飽きないわ」
そう言って、街と田舎が同居する美しい景色を見つめる泰子の目はくぼんでいた。しかも、頬はこけている。最近は、鏡を見て、泣き出すこともあった。母親に似て美人であったが、病魔におかされた今の姿に魅力はなくなっていた。
医師からは、先は長くないと宣告されていた。病院からは見放され、泰子は自分が生まれ育った首払村に帰ってきたのである。ずいぶん前に生きる希望はなくしたが、それでも元気があるうちは、彼女は外出を望んだ。閉じこもって安静にしていても、体が良くなることは、もう、ない。
「だって……あんなに遠くまで見えるのよ……」
今となっては、子供のころから見慣れていた風景が、自分にとって、かけがえのないものに感じる。泰子がそれを見た回数と同じ分、“それ"もまた、彼女を見てくれていたのだ。決して、一方通行の視界ではなかった。泰子は紛れもなく、ここで育った。
「昔、“おばあちゃん"が、ここを掘りかえすところを見たことがあるのよ。何度も」
それは、ちょうど、泰子が立っているあたりのことである。
「そして、掘りかえしたものと、なにか“話"をしていたわ。それが聴こえたことは、一度もなかったけど……」
啓子は、母の顔を見上げた。手は、つないだままである。
「なにが、うまってるの?」
泰子は、そう訊いた娘の頭を撫でた。青白いその手は、鶏ガラのように痩せていた。
「これは、ママの想像だけどね……」
そう言って、微笑んだ。いや、少し悪戯っぽく笑っていた。
「あれは、昔、初恋の人からもらったラブレターだったんじゃないかしら?」
泰子の言葉は冗談であった。だが、幼い啓子は当時、本気にしていたものである。
「おじいちゃんには言っちゃダメよ。傷つくから……」
その“場所"とは、隼人にとってもお気に入りの場所であった。首払村付近の集落から遠方の街まで見渡せるそこは高台になっている。彼は、この村に来てから何度もここを訪れていたが、まさか、こんなところに“魔剣"があるなどとは思ってもいなかった。啓子の話から察するに、間違いはないだろう。
“……私は……わりと近くにいるのよ……"
リルムリートは、そう言っていた。事実だったことに、隼人は内心で笑ってしまった。たしかに近い。近いが、簡単にわかるものではない。
時刻は、早朝五時。昨夜、啓子から話を聞いた隼人は、魔剣を掘り出すと決めた。それがなければ、化け物にとりつかれた和美を救うことは出来ない。このままだと、彼女は、さらに人を殺し、罪を重ねていくことになる。今、和美を助けることができるのは、魔剣と意思が疎通できる隼人。そして、化け物と和美を“切り離せる"という、その魔剣をおいてほかにない。
昨夜、隼人は決心を告げた。
「隼人君……」
それに対し、一郎は、こう言った。
「あんたが、どれほどの力を持つかは知らん。じゃが、年寄りとしては、子供のあんたが戦うことに賛成はできんよ」
そして、彼はさらに、こうも言った。
「あの“剣"は、持ち主の“心"を壊す、と女房が言っていた。だから、隠したのじゃ。仮に隼人君が化け物を斬ったとしても、次は、あんたが剣にとりつかれてしまうかもしれん……」
隼人は、真面目に一郎の話を聞いていた。
「あの“組織"に任せたらどうかね?」
これが、一郎の提案だった。そして、それに隼人はのらなかった。
「組織に任せたら、和美さんは殺されてしまいます……」
彼の言うことはもっともである。ただでさえ退魔連合会が、化け物にのっとられた和美を探しているはずである。その上、超常能力実行局までもが絡み、捜索規模が大きくなると、余計に面倒になる。両者から狙われた場合、和美の安全は絶望的となる。
「おじいさん、僕……戦うよ」
その言葉を聞いた一郎は、隼人の美しい目を見た。そこに決意は見てとれた。思えば、自分が父親に逆らい、村を出たときも、こんな感じだったのかもしれない。
“俺は、こんな小さな村じゃ終わらねぇ!"
若いころ、男手ひとつで育ててくれた父に、そう言い放った。
“一郎くん、おじさんになんてことを言うの……!"
幼馴染の君枝も反対した。それでも、彼は家を出た。かつて、自分も好き勝手を通したのである。隼人の選択に異議を唱える資格などないのかもしれない。育ててくれた父親の死に目には、あえなかった。
「隼人君……」
一郎は、ひとつだけ条件を出した。そもそも、そんなものを出す立場ですらないのかもしれない。
「“心"は強く持つのじゃ。決して、“剣"に負けてはならんぞ」
高台の、とある場所を、啓子は指でさした。
「たしか、そのへんだったと思うの……」
木や石といった目印はなかった。妙子は、相当な用心で魔剣を隠したのだ。彼女が死んでからは、誰も掘りかえしてなどいないのだろう。地面が変色している場所もない。
一郎と隼人は目を合わせ、頷くと、持参したシャベルであたりを掘り出した。彼らは知らなかったが、ここからそう遠くないところに、退魔士、天宮久美子と化け物が闘った洞窟があり、そこには退魔連合会の宗教能力者たちが張り込んでいる。彼らに見つかると、事である。
ふたりは、啓子が指さしたあたりを重点的に掘った。とりあえず、そんなに深くは埋まっていないと仮定し、広範囲に手を広げた。ひと通りの場所を掘りかえし、それが終わると、同じ場所を少し深く掘ってみた。だが、見つからない。それでも、啓子の記憶を信じた。
朝の8時をすぎた。かなりの場所を掘ったが、まだ、見つからない。陽射しが強くなり、一郎と隼人は、汗まみれになっていた。啓子も掘るのを手伝っていた。
(もしかしたら、誰かに掘りかえされたのかもしれない……)
さすがに、隼人は不安になった。もし、そうなら、いよいよ手詰まりとなる。和美を救うことはできない。
だが、そう思ったとき、一郎のシャベルの先端から、硬い音が鳴った。
全員が集まり、隼人が手で土をどけると、金属製の箱が地中からあらわれた。なぜか、鍵はかかっていない。彼は、その蓋を開けた。
「それじゃ、それじゃよ……」
一郎が、懐かしいものを見るような目をして言った。実際、数十年ぶりに見たのだ。
「それが、女房の“剣"じゃよ」
箱の中に入っていたものは、“剣の形"をした黄金のペンダントであった。
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