“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

文字の大きさ
41 / 146
第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!

第21話 記憶の中で

しおりを挟む
 

「本当……?それ、本当なの?啓子ちゃん」


 立ち上がった隼人の言葉に、啓子は頷いた。


「どういうことじゃ?なぜ、おまえが知っておる?」


 一郎が訊いた。それに対しては首を振った。


「わたしじゃないの。“お母さん"が、知っていたの……」


 啓子が言った。彼女の母親とは、一郎と妙子の娘である。


「そこにあるかどうかはわからないけど、でも、おばあちゃんが“なにか"を、隠していたらしいの」










 数年前。


 幼い啓子は、ひとりの女に手をひかれて、首払村を歩いていた。母、泰子やすこは生前、調子が良い日は、こうやってよく、娘と村を散歩していたものである。


 不調の日は一日中寝ている泰子であったが、体が動く限りは、啓子に、いくつかの“母の記憶"を残したかったのかもしれない。時間は限られていた。


 “ある場所"に来たとき、彼女は、こう言った。


「啓子は、この場所は好き?」


 そう訊かれた啓子は、首を横に振った。


「もう、あきた」


 それを聞いた泰子は笑った。自分も子供のころ、一郎に同じことを言ったことがある。言動まで遺伝するのだとしたら、親子の絆とは人が思うよりも強く、そして、どうしようもないものなのかもしれない。


「そう?ママは好きよ。何度来ても、飽きないわ」


 そう言って、街と田舎が同居する美しい景色を見つめる泰子の目はくぼんでいた。しかも、頬はこけている。最近は、鏡を見て、泣き出すこともあった。母親に似て美人であったが、病魔におかされた今の姿に魅力はなくなっていた。


 医師からは、先は長くないと宣告されていた。病院からは見放され、泰子は自分が生まれ育った首払村に帰ってきたのである。ずいぶん前に生きる希望はなくしたが、それでも元気があるうちは、彼女は外出を望んだ。閉じこもって安静にしていても、体が良くなることは、もう、ない。


「だって……あんなに遠くまで見えるのよ……」


 今となっては、子供のころから見慣れていた風景が、自分にとって、かけがえのないものに感じる。泰子がそれを見た回数と同じ分、“それ"もまた、彼女を見てくれていたのだ。決して、一方通行の視界ではなかった。泰子は紛れもなく、ここで育った。


「昔、“おばあちゃん"が、ここを掘りかえすところを見たことがあるのよ。何度も」


 それは、ちょうど、泰子が立っているあたりのことである。


「そして、掘りかえしたものと、なにか“話"をしていたわ。それが聴こえたことは、一度もなかったけど……」


 啓子は、母の顔を見上げた。手は、つないだままである。


「なにが、うまってるの?」


 泰子は、そう訊いた娘の頭を撫でた。青白いその手は、鶏ガラのように痩せていた。


「これは、ママの想像だけどね……」


 そう言って、微笑んだ。いや、少し悪戯っぽく笑っていた。


「あれは、昔、初恋の人からもらったラブレターだったんじゃないかしら?」


 泰子の言葉は冗談であった。だが、幼い啓子は当時、本気にしていたものである。


「おじいちゃんには言っちゃダメよ。傷つくから……」










 その“場所"とは、隼人にとってもお気に入りの場所であった。首払村付近の集落から遠方の街まで見渡せるそこは高台になっている。彼は、この村に来てから何度もここを訪れていたが、まさか、こんなところに“魔剣"があるなどとは思ってもいなかった。啓子の話から察するに、間違いはないだろう。


 “……私は……わりと近くにいるのよ……"


 リルムリートは、そう言っていた。事実だったことに、隼人は内心で笑ってしまった。たしかに近い。近いが、簡単にわかるものではない。


 時刻は、早朝五時。昨夜、啓子から話を聞いた隼人は、魔剣を掘り出すと決めた。それがなければ、化け物にとりつかれた和美を救うことは出来ない。このままだと、彼女は、さらに人を殺し、罪を重ねていくことになる。今、和美を助けることができるのは、魔剣と意思が疎通できる隼人。そして、化け物と和美を“切り離せる"という、その魔剣をおいてほかにない。










 昨夜、隼人は決心を告げた。


「隼人君……」


 それに対し、一郎は、こう言った。


「あんたが、どれほどの力を持つかは知らん。じゃが、年寄りとしては、子供のあんたが戦うことに賛成はできんよ」


 そして、彼はさらに、こうも言った。


「あの“剣"は、持ち主の“心"を壊す、と女房が言っていた。だから、隠したのじゃ。仮に隼人君が化け物を斬ったとしても、次は、あんたが剣にとりつかれてしまうかもしれん……」


 隼人は、真面目に一郎の話を聞いていた。


「あの“組織"に任せたらどうかね?」


 これが、一郎の提案だった。そして、それに隼人はのらなかった。


「組織に任せたら、和美さんは殺されてしまいます……」


 彼の言うことはもっともである。ただでさえ退魔連合会が、化け物にのっとられた和美を探しているはずである。その上、超常能力実行局までもが絡み、捜索規模が大きくなると、余計に面倒になる。両者から狙われた場合、和美の安全は絶望的となる。


「おじいさん、僕……戦うよ」


 その言葉を聞いた一郎は、隼人の美しい目を見た。そこに決意は見てとれた。思えば、自分が父親に逆らい、村を出たときも、こんな感じだったのかもしれない。


 “俺は、こんな小さな村じゃ終わらねぇ!"


 若いころ、男手ひとつで育ててくれた父に、そう言い放った。


 “一郎くん、おじさんになんてことを言うの……!"


 幼馴染の君枝も反対した。それでも、彼は家を出た。かつて、自分も好き勝手を通したのである。隼人の選択に異議を唱える資格などないのかもしれない。育ててくれた父親の死に目には、あえなかった。


「隼人君……」


 一郎は、ひとつだけ条件を出した。そもそも、そんなものを出す立場ですらないのかもしれない。


「“心"は強く持つのじゃ。決して、“剣"に負けてはならんぞ」










 高台の、とある場所を、啓子は指でさした。


「たしか、そのへんだったと思うの……」


 木や石といった目印はなかった。妙子は、相当な用心で魔剣を隠したのだ。彼女が死んでからは、誰も掘りかえしてなどいないのだろう。地面が変色している場所もない。


 一郎と隼人は目を合わせ、頷くと、持参したシャベルであたりを掘り出した。彼らは知らなかったが、ここからそう遠くないところに、退魔士、天宮久美子と化け物が闘った洞窟があり、そこには退魔連合会の宗教能力者たちが張り込んでいる。彼らに見つかると、事である。


 ふたりは、啓子が指さしたあたりを重点的に掘った。とりあえず、そんなに深くは埋まっていないと仮定し、広範囲に手を広げた。ひと通りの場所を掘りかえし、それが終わると、同じ場所を少し深く掘ってみた。だが、見つからない。それでも、啓子の記憶を信じた。


 朝の8時をすぎた。かなりの場所を掘ったが、まだ、見つからない。陽射しが強くなり、一郎と隼人は、汗まみれになっていた。啓子も掘るのを手伝っていた。


(もしかしたら、誰かに掘りかえされたのかもしれない……)


 さすがに、隼人は不安になった。もし、そうなら、いよいよ手詰まりとなる。和美を救うことはできない。


 だが、そう思ったとき、一郎のシャベルの先端から、硬い音が鳴った。


 全員が集まり、隼人が手で土をどけると、金属製の箱が地中からあらわれた。なぜか、鍵はかかっていない。彼は、その蓋を開けた。


「それじゃ、それじゃよ……」


 一郎が、懐かしいものを見るような目をして言った。実際、数十年ぶりに見たのだ。


「それが、女房の“剣"じゃよ」


 箱の中に入っていたものは、“剣の形"をした黄金のペンダントであった。








 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...