“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!

第22話 魔剣リルムリート

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(これが、“魔剣"……?)


 隼人は疑った。それは、たしかに“剣の形"をしてはいるが、鎖で繋がれた黄金のペンダントである。想像していたものとは、かなり違った。


 豪華な金属製の箱に入れられており、朝の太陽の光を受け、美しく輝いている。そして、箱の中に直に置かれてはいなかった。几帳面に折りたたまれた、薄紫色の大島紬の上に乗っている。


 ずいぶん長いこと土の中に埋められていたはずだが、ペンダントは錆びてはいない。箱も絹布も傷んではおらず、どれも綺麗なままであった。それも、“魔剣"の力なのかもしれない。箱には鍵穴があるが、鍵はかかっていなかった。なぜだろうか。


 隼人が、“魔剣"を手にとった。それと同時に、彼の脳内に声が響いた。



『隼人……』










 何もない空間が、隼人の目の前に広がっていた。乳白色のその空間は、霞んだ先に何も見えない。“無"である。


(ここは……?)


 隼人は、あたりを見回した。現実であって現実ではなく、かと言って夢でもない。そんな不思議な場所に彼は“立って"いた。いや、そこに“浮いて"いるのかもしれない。


(僕は……一体……?)


 疑問には思うが、なぜか不安には感じない。居心地も悪くはなかった。隼人が今いる空間は、暑くも寒くもなく、適度な温度に包まれている。しばらくすると、今までに何度も聴いた“女"の声がした。


『こういう場合、“はじめまして"と言うのが適当なのかしら?』


 いつからいたのか、目の前に美しい女が立っていた。日本人ではない。透き通るような白い肌に、純白のドレスを着ている。長い金髪は腰のあたりまであり、ファイヤーオパールを思わせる赤い瞳をしていた。少女のようにも大人のようにも聴こえる不思議な声の持ち主だったが、見た目は二十代の女である。その美貌は妖艶なもので、男の頭の中で簡単にエロスと結びつけることができる類のものだ。


(君が……“魔剣"……?)


 隼人が訊いた。


『そうよ。私が、“リルムリート"』


 そう言う女の形の良い唇は、血のように赤い。瞳は、炎を思わせる色である。


(リルムリート、僕は……)


 隼人の言葉を、リルムリートが制した。


『リルムでいいわ。親しい人は、みんな私を、そう“呼んだ"の』


 何故か、過去形。絡みつくような声は、顔が見えるようになってからも変わらない。どこか達観したような口調だが、それでいて悪戯っぽくもある。


(僕は、ある人を助けたい。力を貸してくれ)


 隼人の頼みを、リルムリートはきいた。


『いいわ。私は、あなたにとっても興味があるもの。その力と、そして……』


 いつの間に近づいていたのだろう。彼女は隼人の頬を撫でた。夢のような空間の中、その“感触"は確かにある。燃えるような瞳をしているくせに、ひんやりと冷たい手だった。背はリルムリートのほうが隼人より頭ひとつ分、高い。


『かわいい顔……お姫様のような、私の王子様……』


 リルムリートの指先が、隼人の額から鼻筋を通り、そして唇を撫でた。ファイヤーオパールの視線が、少年を焼き焦がすほどに妖艶に見つめた。それから逃れることはできない。隼人の目は、燃えるような彼女の瞳に釘付けになっていた。


『あなたが望むとき、いつでも私を“抜き"なさい。私は、あなたのものよ……』










 隼人の視界が現実に戻ったとき、彼の目の前には一郎と啓子がいた。啓子は、不思議そうな目で隼人を見ている。ぼうっとしていたのかもしれない。


「隼人君……」


 一郎が、訊いた。


「剣と、“話"ができたかね?」


 少しして、隼人は頷いた。彼の唇には、なぜか、夢のような空間で触れたリルムリートの冷たい指先の感触が残っていた。










 8月17日。


 一郎と隼人に対し、“化け物"が待っていると伝えた山は、首払村から4キロほど西に存在した。びっしりと木が生え繁ったこの山林は、私有のものであるが、手入れはされていなかった。遠くから見ると、青々としており美しいが、入ってみれば、荒れ放題で、歩くのにも苦労する。足の踏み場は落ち葉だらけで、気を抜くと滑りそうだ。そして、ここは、かつて一郎と妙子が化け物を斃した、決戦の地でもあった。


 数日前に、化け物と天宮久美子が闘った首払村の洞窟と同様、負の気にまみれたこの山林に、両者の行方を追う退魔連合会の退魔士たちがいないことには理由があった。以前、ここと似たような場所で人外のものとの戦闘が行われたとき、散々に木々が破壊されたため、土地の持ち主が訴訟をおこしたのである。それ以降、退魔連合会上層部は、私有の地での戦闘行為を極力避ける方針をとるようになっていた。そのため、退魔士たちが張っているのは麓の道路のあたりまでである。その退魔士たちの目をかいくぐり、一郎と隼人は山に潜入した。


 昨日の早朝、魔剣リルムリートを手に入れた隼人は、すぐにでも化け物との決戦を望んだ。が、一郎は一日だけ間を置かせた。15日の夕刻に化け物との戦いで力を使い果たし、次の日、魔剣を掘り出すために早朝から動いた隼人の体力を回復させるためである。隼人は、渋々とそれを受け入れ、昨日一日を休養に費やした。その間に一郎は、隼人の登山用具一式を用意してくれた。


「なんか、涼しいね」


 念のためを考慮して、食糧と水を入れて持ち出したリュックサックを背負い、子供用のトレッキングシューズを履いた隼人が言った。長袖を着ている。左の二の腕あたりに、剣の形をしたペンダントをぶら下げていた。


「“気"の性質のせいじゃな」


 とは同じく、長袖を着た一郎。気温が低く感じられるのは、高地であることだけが理由ではないようだ。










 道なき道を進むこと数十分、頂上にたどり着いた。ここは木がまばらで、ひらけている。空は青く、快晴であるが、やはり暑さは感じない。風も適度に吹いていた。


「来たか……」


 上空から声がした。一本の木の枝の上に、和美の身体を借りた化け物がしゃがんでいた。相変わらず目と鼻がない。口だけがある、のっぺらぼうである。 敵の姿を確認した一郎と隼人は、荷物をおろした。


 そして、その木の陰に、ロングヘアの女が倒れていた。黒いブラジャーとパンティだけを着けたその女は、退魔士の天宮久美子である。


「この女ふたりは、特別な力を持っている。我には都合が良い」


 そう言いながら、化け物は軽やかに着地した。黒いショートヘアと、Tシャツの中で膨らんでいる豊満な乳房は、確かに和美のものである。


「あのときの“決着"をつけるか?」


 化け物が、言った。


「わしは、もう、引退したつもりなんじゃがのう……」


 一郎が答えた。偉大な元ストリートファイターは、結局、平穏な人生とは無縁だった。


「隼人君……」


 その一郎の声に少年は頷き、そして、左の二の腕にぶら下げていたペンダントに手をかけた。それは隼人の右手の中で、まばゆい閃光を放ち、次の瞬間、ファイヤーオパールの如き赤い刀身を持つ、ひと振りの剣に形を変えた。


『いくわよ、隼人……!』


 脳内に“彼女"の声がした。隼人が抜き放ったそれこそ、“魔剣"リルムリートであった。





 
 
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