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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!
第23話 炎の刃
しおりを挟むリルムリートは、日本刀のように軽く湾曲した片刃の“剣"である。燃えさかる炎と同じ色をした刀身は細身のもので、鳥の翼を思わせる形の鍔を持つ。柄の部分は黒く、刃渡りは、小柄な隼人が持つには長く感じるほどである。
「“魔剣"を手に入れたか。だが、それこそ我の望むところである」
化け物が言った。
「“あのとき"の決着、つけようぞ」
化け物のその言葉が、決戦を告げる号砲となった。先に斬りかかったのは隼人のほうである。今回は、少年のほうから仕掛けた。
両者の刃が鈍い音を散らして鳴った。和美の身体を借りた化け物の左側手刀が、魔剣の赤い刀身を受けきったのだ。 恐るべき硬さである。
「少年……」
白熱の鍔迫りあいのさなか、隼人の眼前で、のっぺらぼうの口が笑った。
「その美しい顔から流れる血は、さぞかし美味であろう」
リルムリートの刃を、その手で受けながら、化け物は、もう片方の右手を薙いだ。
それより速く、隼人は跳躍してかわした。消耗により危機に陥った前回の反省から、超常能力の多用を控えるという手もあったが、今回は一郎のサポートもある。“驚異的な反射神経"を発動させた結果、スローモーションに見える化け物の攻撃を見切った。
身体が、気持ちいいくらいに軽かった。隼人が飛んだ高さは数メートルにも及ぶ。空中でトンボをきって着地した彼は、化け物の背後から再び襲いかかった。その脚までもが軽い。
(この感覚。“自分の力"であって、“僕の力"ではないみたいだ)
隼人は思った。彼は本来、自分が持たない“別種"の超常能力を発動させていた。それは、“驚異的な身体能力"であり、“A型"と呼ばれる。常人離れした跳躍力と、脚力を発揮していた。
化け物は飛び退き、距離をとろうとした。だが、着地する直前、今度は隼人の左手から飛び出した火の玉が、化け物に向かって飛んだ。それは“炎を生み出し、操る能力"。すなわち、“F型"であった。
化け物は縦に手刀を一閃し、着地地点に合わせられたそれを、斬り消した。黒い煙があがり、焦げ臭い匂いが、あたりに充満する。
隼人は駆け込み、斬撃の嵐を見舞った。化け物は、そのほとんどを、後退しながらよくかわしたが、そのうちのただ一刀のみ間に合わず、手刀で受けた。リルムリートのパワーは凄まじく、化け物は吹っ飛んだ。隼人のほうが完全に斬り合いの主導権を得ていた。
(リルム……軽いよ、体が)
隼人は、喜んだ。
『チャンスよ、隼人』
リルムリートが、言った。脳内に響く声だ。
(そして、力強いんだ。こんなの初めてだよ)
『私を信じて、敵を斬って』
(とっても素敵だよ。これが、君の“力"なんだね)
『さあ、走るのよ!』
(楽しいよ、リルム。僕は今、最高に楽しいんだ……)
『“神"の動きが止まっているわ。前に出て』
(ああ……闘いって、こんなにもいいものなんだね)
『動きなさい、隼人』
(君の力があれば、香代の“仇"がとれる)
『仇……?』
(そうさ。香代を戦場で死なせた奈美坂と組織に、復讐ができる)
『それは……“彼女"が望んだことなのかしら?』
ようやく“会話"が噛み合ったとき、隼人は首を振った。自分の心の中を、なにか暗い感情が占めつつあった。
(今、僕は……?)
そんな隼人に隙が出来た。化け物の力により変質し、地中から伸びてきた何らかの植物が触手に姿を変え、彼の足をすくおうと迫ってくる。それに気づき、動いた一郎が隼人を抱え、そして、飛んだ。
「おじいさん……」
少年は最強の格闘家の腕の中で、自身が抱える闇の増幅に気がついた。それは暗黒のように暗く、炎のように熱い心だった。
伸びた触手が、今度は一郎を襲った。素早く対応した一郎が、正拳突きでその先端に穴をあける。続いた隼人が、リルムリートで袈裟斬りに斬ると、触手は枯れた花のように黒くしおれ、四散した。
「隼人君……」
一郎が言った。
「“負けては"ならん。今、あのお嬢さんを救えるのは、あんただけじゃ」
「う、うん。ごめん」
隼人は気をとりなおした。もう一度、和美にとりついた化け物と正対する。
そのとき、敵の身体に異変がおこった。糸が切れたあやつり人形のようにバランスを崩し、その場に崩れ落ちたのだ。隼人の脳内に、リルムリートの声がした。
『もう片方の女よ!』
振り返ると、黒い下着姿の女が、のっぺらぼうとなって空中から襲いかかってくる姿が見えた。化け物は、和美から久美子にのりかえたのだ。これには、一郎が応戦した。元ストリートファイターは、その手刀をかわすと、掌底を叩き込む。鍛え抜かれたその威力に、化け物の身体が飛んだ。
『隼人、今よ!』
リルムリートが言った。
「うん」
隼人は、宙を舞った。
『私なら、“神"と人間を切り離せるわ。信じて』
隼人は天空から、魔剣を大上段に振りかぶった。その切っ先が向く標的は、下着姿の退魔士、久美子の体である。一瞬、少年は迷った。このまま女ごと斬って、本当に大丈夫なのかと。
リルムリートの刀身が消えた。それと同時に鍔が火を吹き、新たな炎の刃を形作った。実体と硬度を持たないそれこそ、人外と人間を“切り離す"ことが出来るという、リルムリートの第二形態である。隼人は、空中から久美子を斬った。
「隼人君、化け物から離れるんじゃ!」
それを見た一郎が言った。彼の目には見えたのだ。隼人の剣に、一瞬の“迷い"があったことを。
久美子の身体から、黒い“なにか"が急速に離脱をはじめた。隼人は急ぎ、そのそばから離れた。
(やったか?)
隼人が、心の声で魔剣に訊いた。
『いいえ、ほんの少し、“タイミング"がずれたわ。“仕留めて"はいない』
リルムリートが答えた。憑依体の身体から完全に離れた化け物の黒い影は、その頭上でどこかに消えた。美しい顔を取り戻した久美子が、その場に倒れた。
「隼人……くん……?」
抱き起こされた和美が、目を覚ました。意識はあるようだ。
「和美さん、大丈夫なの?」
目の前にいる隼人の心配そうな顔を見て、和美は笑った。彼女が愛する美貌の少年は、左の二の腕に、黄金のペンダントをぶら下げていた。
「大丈夫に決まってるでしょ。お姉さん、頑丈にできてるって言ったじゃない……」
まだ、焦点は定まっておらず、声が小さいが、それでも元に戻ったようである。その和美の顔を見て、一郎が尋ねた。
「お嬢さん……」
「はい」
それに対する和美の返事は、しおらしいものだった。
「祠にお供え物をあげて、化け物を呼び出したのは、あんたかね?」
一郎のその質問を聞いた和美は、反芻するように言った。
「祠……お供え物……」
そして彼女は、ハスキーな声で答えたのであった。
「いいえ、わたしではありません」
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