“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!

第24話 真実は、どこに

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 三日前の昼過ぎ。 


 東京からやって来た“神霊ジャーナリスト"、花ノ宮奈津子は、絶体絶命の危機に直面していた。今回の事件発生を聞きつけ、首払村にて調査を行っていた彼女は、祠の前で、口だけがある、のっぺらぼうの“化け物"と遭遇してしまったのである。 


「美しい女の血こそ、我の求むるものなり」 


 化け物は、左手で奈津子の口をふさいだまま、右手の手刀をあげた。チェック柄のシャツのボタンは外され、ゴールドのブラジャーの紐が覗いている。それがかかっている柔肌が、たまらなく美味そうだった。 


(ああ……神様……) 


 奈津子は祈った。目の前の“化け物"も“神"と呼ばれる存在であるが、こちらは彼女の命を狙うものである。奈津子は目を閉じた。 


 だが、この女、大変な強運の持ち主であった。仕事柄、何度も危険な目にあってきたが、なぜか、その都度、誰かの助けが入るのである。この日もそうであった。 


「待ちなさい!」 


 奈津子を救った声は、ハスキーな女のものである。稲妻のようにあらわれた彼女は、駆け込みざまに、化け物のこめかみに飛び膝をくらわせた。奇襲を受けた化け物が吹っ飛び、攻撃した女のほうも勢いあまって転倒した。


「あいたた……」


 そう言って立ちあがったのは和美だった。この日の早朝、隼人に奈美坂精神病院へ帰ることをすすめたあと、彼女はお気に入りの川と滝で“水浴び"をしてから帰る予定だった。気温の高い時間まで待っていたのは、水浴びに対する“こだわり"である。 


(あちゃー、やってしまった……) 


 “実行"したあとで、和美は後悔した。この首払村に退魔連合会の退魔士がいる以上、EXPERの彼女は本来、ここにいてはいけない立場である。互いの領分を尊重するという両組織の取り決めがあるからだ。目の前にいる化け物こそ、美女たちを殺害し、退魔連合会に追われている首払村の“神"であろう。 


(まさか、“クビ"にはならないわよね) 


 自分の立場を心配しつつも、和美は、そばにいるはずの奈津子に言った。 


「あなた、今のうちにお逃げなさい」 


 返事はなかった。見ると、奈津子はすでに自分のオフロードに乗り込み、エンジンをかけていた。そして、そのまま急発進して視界から消えてしまった。今、この場には和美と化け物しかいない。 


(あのねぇ……) 


 礼のひとつも言わず、逃げ出した女に和美は呆れてしまった。もちろん、感謝の言葉がほしくて助けたわけではないが、やはり、腹はたつ。その逃げ足のはやさも、神霊ジャーナリストの“武器"なのかもしれない。 


(それにしても……) 


 そして、和美は、目の前にいる化け物にも呆れた。 


(なんて格好してんのよ) 


 見ると、化け物は、いやらしいブラジャーとパンティだけを着けていた。黒の花柄物である。のっぺらぼうのそれが、化け物にとりつかれた退魔士、天宮久美子であることを、和美は知らない。 


 和美は、相手の胸を見た。 


(勝った……) 


 次に、そう思った。 


(あれは見たところFカップってところね。わたしはG……) 


 そこまで考えて、首を振った。 


(いかんいかん、何考えてんのよ、こんなときに) 


 彼女は構えた。和美が得意とするムエタイのポーズは、重心が後ろにかかる独特のものである。上がった左足はすぐにでも攻撃態勢に移ることができる。 


 数瞬の間をおいて、和美から動いた。先制こそが、彼女のポリシーである。 


 鋭い左足のローキックから始まった攻撃は、高速のジャブへと続いた。そのコンビネーションは大概の相手を沈めることができるほどのもので、有効打となるものであるが、目の前の化け物はすべてをかわし、平然と立っていた。


「その程度か」 


 化け物が笑った。しゃがれて、潰れたような声の持ち主である。 


 だが、そのあとがあった。和美の右手人差し指が光ると、そこから光線が放たれた。“L型"の超常能力者が持つ“帯電能力"は、“放電"に移行することができる。 


 しかし、伸びた電撃の先に化け物はいなかった。跳躍したその手刀が和美に襲いかかる。格闘家の勘を働かせた彼女は、後方に飛び、初段をかわした。 


(ひええ……!) 


 和美は、驚いた。勢いあまって地面にまで達した化け物の手刀が、簡単に道路を切り裂いたのである。 


(あんなもん受け止めたら、こっちの腕が、骨ごと真っ二つにされちゃうわね) 


 劣勢になる前に、和美は攻めた。手を出し、足を出し、肘まで繰り出すも、化け物はそれらをかわし、そして捌き、最後に出された右ストレートをよけると、その腕を取り、一本背負いで投げ飛ばした。和美は、なんとか受け身をとり、素早く立ち上がった。 


(あたた……お尻を打ったじゃないの) 


 豊かなヒップをさすりながら、彼女は再び構え、敵の攻撃に備えた。化け物は余裕の態度をあらわし、攻めてはこない。困ったことに、こちらの攻撃が全然当たらない。 


 “あんたの蹴りには、まだまだスキがあるのう" 


 和美は一郎の、その言葉を思い出した。以前、対戦したとき、予備動作の大きさを指摘されていた。 


(あれって、つまり、強引に“当てよう"とするから、いけないってことよね) 


 そこまでは気づいていた。彼女が攻撃に移る前、どうしても、自分の身体の動きと、そして殺気を、相手に気取られてしまうのである。 


「どうした、女?それで終わりか」 


 化け物の口が笑った。和美の“力"を値踏みしているようにも見える。なにか、“目的"があるのだろうか。


(隙を消す……相手にくらわせようと欲張らない……どうすれば……) 


 和美の脳内電球が光った。それと同時に化け物の足下あたりを見た。上体の動きを見ると、攻撃を当てたくなる。


(相手の足の動きを見つつ、別のことを考えよう……) 


 このとき彼女は、自分を狂わせた美少年の美しい裸を思い出していた。この場所からすぐ下にある川岸で隼人のパンツを脱がしたとき、そのあどけない性器は、天空に向かいそそり立っていた。それを思いだして、和美は、車中で自慰にふけったのである。 


(隼人くん……) 


 和美は、思った。 


(“わたしなんか"に、“女"を感じてくれてありがとう。とっても、うれしいわ) 


 そして、さらに思った。 


(あなたが、もっと大人の男の子だったら、こんなわたしに、エッチなことをしてくれたのかしら……?) 


 和美は、絶世の美青年に成長した将来の隼人の姿を想像した。そんな彼とのセックスを思い浮かべると濡れてきた。今、頭の中は、戦闘と対極に位置する、いやらしい思いでいっぱいである。それが彼女の隙を打ち消した。 


 化け物の右足が、和美の視界から消えた。それが、蹴りへの移行動作であることに賭けた彼女は、大きく一歩を踏み出し、化け物がとりつく久美子の胸に手のひらを当てた。それと同時に、超常能力を発動させる。 


 凄まじい音とともに、感電した久美子の身体が吹っ飛んだ。化け物の蹴りが左肩を襲ったが、その間合いの内側に入っていたため、充分な威力が発揮できなかった。立っているのは、和美のほうである。 


「見たか!新必殺奥義、“エッチな妄想拳"よ!!観念しなさい、化け物」 


 と、和美。だが、次の瞬間、倒れた久美子の身体から、黒い“なにか"があらわれた。 


「おまえも、この女と同等の“力"を持つようだな」 


 化け物の影は、一度天に昇ると、そのまま和美のほうへ高速で接近した。 


「その身体、我の“依り代"とさせてもらう」 


 影にとりつかれ、化け物に気に入られた和美は、意識を失った。 










 和美は、かつて、奈美坂精神病院で、“ある男"の指導を受けていた。その男は、隼人や香代と同じく“D型"の超常能力者だったが、鹿児島の異能業界を代表する、優秀な研究者でもあった。マルチな才能に恵まれた彼のことを、子供の頃の和美は“先生"と呼び、慕っていた。 


 だが、ある日、突然、男は追われる身となった。その思想と方針が、あまりにも危険である、と超常能力実行局から判断されたのだ。


 人間が持つ劣等感を存分に刺激し、薬物と催眠術を用いてまで、強靭な戦士を作り上げるという彼のやり方は、数人の研修生を廃人同様にしてしまった。和美も、その中のひとりになりかけたが、彼女はある人の手により救われた。


 リハビリに期間を費やしたが、最終的には、ほぼ回復した。今でも、“かわいい"と言われると、暴力を振るいたくなるほどに怒りを感じるが、自制はきいている。 


 組織は今も、男の行方を追っている。差し向けられた追っ手は、すべて返り討ちにあった。戦士としての彼も、また、優秀だったのだ。 










「和美さんじゃないって、本当?」 


 隼人が言った。和美が自分と同等の美しさを求め、化け物を呼び出した張本人でないということは喜ばしいことであるが、ならば、誰が“犯人"なのか。 


『隼人!』 


 リルムリートの声が隼人の脳内を打ったとき、少年は左の二の腕にさげたペンダントを、居合の如く引き抜いた。光を放ち実体化した魔剣が、飛んできたなにかを弾き、甲高い金属音を鳴らす。空中で回転し、倒れている退魔士、天宮久美子の傍らの地面に刺さったものは彼女の愛刀、花切丸であった。持ち主のもとに戻ってきたかのようだった。


「まだ、終わらぬぞ。我は、まだ、“こちら側"にいる」


 どこからか化け物の声がした。最後の戦いの日が、近づいていた。





 
 
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