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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!
第27話 最後の闘い
しおりを挟む「そうよ。わたしが、ここにお供え物をあげたの」
君枝は言った。否定はしなかった。
退魔士、天宮久美子が化け物と戦ったとき、彼女は返り魔の力が宿った十字架の力で、憑依体から一時的に化け物を引き離すことに成功した。人間のものに戻りかけたその顔は、久美子が初めて首払村を訪れたとき、公民館に集まっていた者たちの中にあったものだった。一郎は、それを聞いたのだ。
「あのとき、わたしは、男どもに袋を被せられたの。なぜだかわかる?」
君枝の声は笑っていた。とっくの昔に、彼女は、頭が狂っていた。
「わたしが、かわいくないからよ」
数十年の月日が流れ、そのことを忘れかけていたとき、君枝は、一郎の家の庭で農作業を手伝う隼人の姿を見た。啓子から、彼が“少年"であると聞かされたとき、心の奥にあった傷が疼いた。
「その子、男なのに、女よりも綺麗だなんてずるいわ」
君枝は、一郎の横に立つ隼人を見た。
「そのとき、思ったのよ。この子と“おなじ顔"があれば、もっと幸せだったんじゃないか、ってね……」
そう言う君枝の顔は、すでに、のっぺらぼうになっていた。だが、しかし、その顔に次第に目鼻が浮かんでくる。
「見てよ……一郎くん……」
それは、昔の呼びかたである。
「わたし、綺麗になったでしょ?」
それが、彼女の“願い"であった。
「“神様"のおかげよ。女たちの血を吸わせたかいがあったわ」
そう言い、そして笑った君枝の顔は、隼人のそれになっていた。
「綺麗になったから、一郎くん、わたしを愛してくれないかしら?」
“完成"した彼女の“新しい顔"は、隼人と同じ……いや、隼人に酷似している美しい母親の顔と同じであった。大人になったら、彼はこういう顔になるのかもしれない。
「隼人君……」
一郎が、傍らの美しい少年に言った。
「頼む、わしの“幼馴染"を助けてやってくれ」
隼人は頷いた。そして、左の二の腕に下げたペンダントに手をかけた。
「“我"は、この女の願いをかなえた」
君枝が、いや、化け物が言った。
「我は、“神"なり」
自身を神と呼ぶ存在と隼人の距離は、ほんの数メートル。一瞬で勝負が決まる間合いである。母とおなじ顔を持つ敵を斬ることに、ためらいを感じている時間もない。
神は走った。そして、隼人も。すれ違いざまにペンダントを抜き打った少年の右手が光ると、ファイヤーオパールの色に燃えさかる炎の魔剣リルムリートがあらわれた。神が放つ手刀と、どちらが速いのか。
その後、剣技一閃。両者の立ち位置が背中合わせになったとき、二本の太刀筋を見極めた一郎は、勝敗の行方を知った。それは……
乳白色にかすむ空間の中に、隼人はいた。目の前に立つ妖艶で美しい女が、ファイヤーオパールと同色の瞳を彼に向けていた。金色の髪が輝いている。
「リルム……」
隼人は、訊いた。
「ここは、君の、“心の世界"なのか?」
リルムリートは、それにはこたえなかった。次の瞬間、隼人のすぐ前に立っていた。
「私は、妙子を“愛して"いた……」
その声は、少女のようで、大人のようだ。
「妙子も、私を“愛して"くれた」
リルムリートの赤い瞳は今、隼人の近くにあるが、視線はどこか遠くを向いていた。
「この中でなら、精神同士が、“愛しあう"ことができたのよ?子供のあなたに、わかるかしら?」
妙子はリルムリートを埋めたあとも、何度か会いに行っていた。それを、啓子の母、泰子が見ている。そのとき、すでに妙子は、現実の世界で一郎を愛していたが、それでも、かつて愛しあった“戦友"のことは不憫に思っていたのだろう。
「でも、私を埋めたあとの妙子は、決してここで、身体を許さなかった。そんなに男って、いいものかしら?」
そう言って、リルムリートは隼人の頬をなでた。炎の剣でありながら、その手は氷の如く冷たい。
「でも、あなたは別よ、隼人」
彼女は言った。そして、隼人にキスをした。少年の唇に残った感触は、冷たい手と違い、熱いものだった。
「あなたは、私が初めて愛した“男"。だって、女の子よりも、綺麗なんですもの……」
隼人の視界が現実に帰ってきたとき、君枝の体から黒い影が立ち昇った。
「我、魔剣に魂を斬られ……」
一瞬、熱い風が吹いた。それは暗黒の世界と、こちら側が繋がった証なのか。
「我、魔剣の骨を断った……」
そして、空に浮かぶ“神"の黒い姿が、徐々に透明になっていく。
「魔剣使いの少年よ、その無垢な目で我の言葉を理解できるか?」
神は訊いた。
「この世界に、人の欲望と願望が無限に存在する限り、我はまた、あらわれる」
隼人の右手に握られたリルムリートが、黄金のペンダントの姿に戻った。
「そのとき、汝はまた、斬れるか?我を……」
そう言い残し、神の姿は消えた。その場に崩れ落ちた君枝の顔は、元に戻っていた。傍らに、木彫りの地蔵が転がっている。
「これは……」
隼人は地蔵を拾った。
「これが、祠にまつられていた“化け物"の正体……」
そして、少年は、一郎のほうを見た。
「隼人君……」
一郎が言った。
「おじいさん……」
隼人がそれにこたえた。
「この勝負、“引き分け"じゃ……」
一郎が言ったと同時に、隼人が持つ“魔剣"は、粉々に砕け、輝く塵となった。
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