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第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎
第2話 神風ガール
しおりを挟む緑のボールは、フェアウェイのド真ん中。絶好の位置につけていた。左側に木が立っているが、グリーンを狙う上での障害にはならない。ピンも見える。他のふたりは、既に二打目を打ち終えており、両者とも、残り100ヤード以内にボールを運んでいた。3オン圏内である。
緑は、キャディーの素子と随分長いこと話していた。二打目をどうするか、という相談に違いない。ふたりの会話が終わったあと、素子がキャディーバッグの中から取り出したのは、フェアウェイウッドだった。またも、観客が沸いた。
一打差でリードしている緑が、この時点で冒険をおかす必要はない。アイアンで刻んで、確実に3オンを狙えば良いのである。だが、彼女は二打目でグリーンを狙うつもりなのだ。攻撃的な選択肢に、客が喜ばないわけがない。アマチュアでありながら、“魅せる"プレーをしてくれる。既に、プロ意識を持っているではないか。
アドレスに入った緑は、緊張しているように見えた。さきほどから、やけに顔色が悪い。クラブを振り上げ、スイングを放つ。低い弾道で、ボールがグリーンに向かって飛んだ。
ミスショットだ。ボールが大きくスライスし、右へ曲がってゆく。その先に林があった。OB杭は打たれていないが、そこに入ると、脱出は困難だ。せっかくあった一打分のアドバンテージが無駄になる。観客の誰もが絶望した、そのとき。
木々が大きくなびいた。それと同時に、ボールが急に進路を変え、急速に左へ曲がったのである。林に飛び込むはずだったそれは、空中で、まるで生きているかのように不自然な動きを見せたではないか。そのまま、グリーン目指して飛んでゆく。
“神風が吹いた!"
ギャラリーたちが、そう言った。それが、愛くるしいロリータフェイスと並ぶ、緑のもう一つの人気の理由だったのだ。
緑がミスショットをしたとき、ボールの軌道を変えるかのように吹く強い風。人々は“神風"と呼んだ。彗星の如くあらわれたヒロインの強運は話題になり、“神に愛された少女"、“ゴルフの申し子"とマスコミは紹介した。
“神風ガール"。
いつのころからか、世間は緑をそう呼ぶようになった。ニックネームがつくことはスターの証である。今、ドラマティックな彼女のゴルフに、人々は熱狂しているのだ。
河野和美は、ギャラリーの群れから比較的離れたところに立っていた。打球の行方を確認すると、ラフを歩き、観客とフェアウェイの間を仕切るロープが張ってあるところまで移動した。そこに、ひとりの小さな女が立っていた。緑が第二打を打った場所から数メートルほどの位置である。
「どう?トシちゃん。なにか、わかった?」
和美が、女に訊いた。
「ううん」
訊かれた女のほうは、首を振ってこたえた。
「なにも“感じなかった"よ。かなり、近いとこにいたんだけどね」
そう言った女の名前は、倉敏子という。和美とは、奈美坂精神病院の同期であり、同い年である。ものすごく背が低く童顔であるため、見た目はよくて中学生。ヘタすると小学生に見える。だが、この娘も、超常能力を持つ、立派なEXPERなのだ。以前、彼女からもらった資料で、和美は、隼人が奈美坂から脱走したことを知った。
「やっぱ、“違う"のかなぁ……」
敏子が、そう言った。
「どうかしら?“組織"が言うとおり、いくらなんでも、都合よく風が吹くなんて、出来すぎのような気がするのよねェ」
と、和美。ギャラリーが囲むグリーンのほうを見た。さきほどの不自然な弾道を思い出す。
和美と敏子が所属する“組織"とは、超常能力実行局鹿児島支局である。そこでも最近、林原緑の話題で持ちっきりなのだが、その内容は、一般世間の熱狂的なブームとは異なるものだった。
緑は、“風を操る超常能力者"なのではないか、と言うのである。
現在、発見されている超常能力は、26種類。それらは、その性質ごとにAからZまでのアルファベットで区別されている。東郷隼人は、驚異的な反射神経を持つ“D型"。河野和美は、帯電能力を持つ“L型"というように。だが、それらの中に、風を操る能力など存在しない。ならば、なぜ、“組織"は、緑を超常能力者と疑うのか。
実は、彼女は、いまだ認定されていない“27番目の超常能力"を持つのではないかと噂されているのである。つまり、“新種"だ。もしも、緑が風、もしくは気象条件を自在に操ることができる超常能力者であり、その証拠をつきとめることができたとしたら、鹿児島支局の大手柄となる。地方の一組織が、世界中の異能業界から大絶賛されるだろう。ノーベル異能学賞などというものがあったら、間違いなく受賞できる。そして敏子は、その調査という大役に抜擢されたのだ。なぜなら、彼女は、超常能力が使われたか否かを“感知"できるからである。
敏子が持つ超常能力は、“S型"という。それは“気を見る能力"と呼ばれている。
超常能力の源となる“気"は、能力の発動とともに、使用者の外部に放出される。敏子は大気中に拡散、もしくは残留した気を感知することができるのだ。通常は、超常能力を使った犯罪の捜査に役立つ力であるが、今回は、林原緑の調査に使われている。敏子は、その小さなロリータボディに、鹿児島支局の大きな期待を背負っているのだ。
「ところで、さっきの子が和美ちゃんのボーイフレンド?」
敏子が訊ねた。さきほどのやりとりを見ていたようだ。その存在は、以前に聞いていた。
「そうよ。かわいい年下の“彼"」
と、和美が言った。彼女は、隼人の美貌に狂っている。隙があろうとなかろうと、アタックをかける気だ。首払村で、キスまではすませてある。男と女、この先行き着くところは肉体関係に決まっている。それ以前に子供と大人、なのだが。
(隼人くんのおちんちんが大きくなることは、首払村で脱がしたときに確認済みよ。ということは、セックスができるということだわ。彼は既に立派な男であり、エッチなことをするのに肉体的問題はないということになるのよ。だけど、隼人くんって、結構奥手そうだから、その気にさせるのは難しいわね。やはり、あの退魔士、天宮久美子みたいに、いやらしい下着を着けて迫るしかないわ。黒、やはり、黒よね。黒しかないわ。黒に限る。機会があったら、官能小説に出てくる未亡人が履いてそうな黒い下着で抱きついて興奮させてやるのよ。隼人くん、覚悟なさい……)
ブルッ。そのころ、ギャラリーの中にいる隼人は、背中に寒気を感じた。自分の体を抱くようにする。
「あらあら、ハーくん。風邪じゃないでしょうね?」
心配した母、美弥子が、自分の額で息子の体温を確認した。激似の母子が至近距離で向かい合う様は、お伽話の中で、魔法の鏡の前に立ち、自分の将来を占う姫様のようだ。鏡よ鏡、私は大人になったら、こんな顔になるのね。
それから数分後。緑は、ウイニングパットを迎えていた。風に乗った第二打は、グリーンエッジにまで達した。そこからアプローチで転がして、カップまで50センチの位置につけている。バーディーチャンス。これを決めれば、優勝である。
アドレスに入った緑の顔色は相変わらず悪い。疲れているのか。通常のコンディションならば造作もない短いパットを打つのに、やけに時間がかかる。迷う彼女に、キャディーの素子が何やら声をかけた。“気楽に"、とでも言っているのだろう。
打った。わずか50センチの距離を行く途中、悪戯心をのぞかせたボールは、ほんの少しだけ左に出た。カップのふちに当たると、円形の周囲を舐めるように回った。果たして、入るのか。
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