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第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎
第7話 美少年と44マグナム
しおりを挟む数日後、敏子が運転する車は国道10号線を走っていた。天気の良い日であり、爽やかな風が冷たく感じる。もうすぐ、冬がやって来るのだ。一年が終わるのは早い。そろそろ、クリスマスだ年末だと世間が浮かれはじめる時期である。
「そっかぁ、隼人くん、奈美坂に入って、もう一年以上たつんだね」
ステアリングを握る敏子が言った。彼女は背も低いが、座高も低い。足はペダルに届くが、外から見ると、無人運転車が走っているように見える。前が見えているのか?
「うん」
後部座席に座る隼人は、両手で、こくこくと缶コーラを飲みながら答えた。バックミラーに映る、その姿が愛らしい。少女にしか見えない美貌であり、あどけなさを残しているが、どこか艶っぽい。和美が狂うのもわかる美しさだ。
「隼人くん、お腹すかない?ファミレスにでも寄る?」
その和美は、助手席からハスキーな声をかけた。決して彼女の細い二重まぶたが、ウキウキ気分で輝いているわけではない。これは“仕事"である。しかし、ちいさな子供がいると、大人たちはどこかドライブ感覚になってしまうのも事実だ。トイレ行きたくない?とか、喉乾かない?とか、最近、勉強はどう?とか、聞いてしまう。
隼人は既に休暇を終えていた。そのため、奈美坂精神病院に帰っていたのだが、その後、今回の同行の話を聞いた。今朝早く、和美と敏子が迎えに行き、合流したのだ。奈美坂があるS市と今日の目的地は鹿児島市内を挟んで正反対の方角なので随分と遠回りをしたことになる。組織から宿代は出るがフェリー代は出ない。和美と敏子は運転を代わりながら、長距離の走行を続けた。
林原緑が所属する猪熊ゴルフスクールは、大隅半島のO町に存在する。海に面した地域であり、船を使って桜島か垂水市に渡れば鹿児島市内からの距離も短縮できるのだが、下道を行けば三時間以上かかる。ぐるりと錦江湾をなぞるようにまわるので余計に遠く感じるものだ。海沿いを走るので、景色が良いことだけが救いである。
「緑ちゃんが超常能力者かもしれないって、ホントなの?」
隼人が前に座る二人の先輩に訊いた。いずれは彼も、和美や敏子と同じEXPERになるのだ。林原緑があやしいということは、休暇の前から聞いており、和美が調査に加わることも知っていた。
「力を使って、神風をおこしているのかなぁ……」
隼人は言った。もし、そうならば、超常能力の悪用である。“神風ガール"のファンとしては、あまり信じたくないことだった。
「どうかなぁ。それは、行ってみないとわからないわよ」
と、和美。嫉妬しているので、ハスキーボイスにちょっぴり棘がある。チクリ。
「そうだね。とりあえず、会ってみないとね」
とは、敏子。こちらはロリータボイスで優しい。語尾がやや伸びる、典型的な鹿児島訛りだ。
お酢で有名な福山町に入った直後、パトカーとすれ違った。すると、けたたましくサイレンを鳴らし、Uターンして追っかけてくるではないか。
「あー、前の車、止まりなさい止まりなさい止まりなさい」
マイクで三度もそう言われた。敏子は脇に停車した。 サイドミラーを見ると、中年の男性警察官がひとり、近寄ってくる。窓を開けると
「君ィ、運転なんかしたらダメじゃないか。どこの学校かね?」
と言われた。どうやら、敏子を子供と間違っているらしい。
「あたし、もう大人なんです……」
わかってもらおうと、彼女は説明した。シュン、としている。
「嘘をつきたまえ嘘を。“泥棒のはじまり"と言うだろう」
警察官は言った。敏子には気の毒だが、信じられないのも無理はない。下手をすれば、小学生で通るロリッ娘である。
「ホントなんです……ぐすん」
と言いながら、敏子は証拠を見せた。
「なにかね、児童手帳……じゃなくて………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………免許証!!!!!」
五秒遅れて、警察官は彼女の真実を知った。その後、何度も頭を下げられた。
「大人っぽくなりたい、ぐすん」
警察官が立ち去ったあと、敏子はそう言った。ちいさな肩が落ちている。彼女は幼く見える自分を呪った。和美が励まそうとしたそのとき……
「気にすることはないよ。若く見えるってことじゃんか」
隼人が言った。
「それに、敏子さん、かわいいし……」
きゅうううん…… 敏子の胸が鳴った。後部座席に座る少年は顔だけでなく、その心までもが美しいと知った。まるで、汚れを知らない童話の中の妖精のようではないか。和美はきっと、外見だけでなく内面にも惚れたに違いない。そう、思った。
「隼人くん、ありがとう。君って、優しいんだね」
と、敏子。
「違うよ。僕は、ホントのことを言ったまでさ」
とは、隼人。
「あたし、負けない。例え、街なかで補導員に声をかけられようと、子供服以外に着るものがなくとも、変態なお兄さんに“お菓子あげるから、写真撮らせて"と言われようと、前を向いて生きる!」
敏子は隼人に誓った。変態なお兄さんに声をかけられた過去があるらしい。
「そうだよ、それでいいんだよ!」
隼人が言った。ふたりの微笑ましいやりとりを聞いて、和美は思った。
(隼人くん、天性のスケコマシ体質ね……)
そして、心配になった。
(これは、由々しきことだわ。もし、隼人くんが将来ホストなんかになってしまったら……)
和美は、絶世の美青年に成長した隼人が、ホストクラブで、おばさんマダムの煙草に火をつけるシーンを想像した。
(このままでは、隼人くんが悪の道に走ってしまうわ。そうならないためにも、今から更生させなければ。そうだ。わたしと既成事実を作って、婚約してしまえばいいのよ。隼人くんがわたしの身体に☆☆や※※をするように仕向けて、“もう、お嫁に行けないわ"と泣けば、わたしから離れることなんかできないわ。そしたら、ホストになることなんてなくなるし、将来安泰よ。なんなら、食わせてやってもいいわ。そう、これは“更生"なのよ)
彼女は、自分の使命を悟った。握りこぶしをつくり、斜め四十五度上を向く和美を見て、隼人が言った。
「和美さん、どうしたのかな?」
「きっと、仕事に燃えているんだよ」
敏子がこたえた。だが、なぜか、嫌な予感がした。
「ところで、隼人くんは銃が得意なんだってね」
気を取り直して、運転している敏子が言った。
「うん」
隼人はこくりと頷いた。首払村から奈美坂精神病院に戻った彼は、射撃の練習をはじめるようになっていた。大変、筋が良いらしく、大人の研修生たちよりうまい。今、奈美坂では一番の腕である。
「へぇ、それは知らなかったわ。わたしと違うのねぇ」
和美が言った。彼女は下手である。
「いちおう、奈美坂から使用許可をもらったんで、持ってきたよ」
そう言って隼人は、ジャンパーの中に隠している一物を見せた。ホルスターの中に入っているそれは、スミス&ウェッソンM29。44マグナム。人類が作り出した世界最強のハンド・キャノンである。
「そ、そんな、お化けみたいな銃、ホントに撃てるの?」
和美が訊いた。6インチの銃身もデカいが、ホルスターまでデカい。映画でも有名なこの銃。小柄な少年が握ることができるのか?
「片手でも撃てるんだよ、僕」
隼人が言う。射撃練習をはじめて、ほんの数日で、達人レベルに到達したらしい。才能があるのだろう。
EXPERたちは、自身が持つ超常能力の他、銃の使用も認められている。人外のものとの戦闘においても有効であり、むしろこちらが主要の攻撃手段となることが多い。超常能力と違い、気力体力の消費がないからだ。市井の人々が人外の脅威にさらされている昨今、世界中に超常能力実行局と類似する異能者の組織が存在しているが、武装の近代化はどの国も進んでおり、ライフルやマシンガン、場合によっては化学兵器を投入することもある。日本では自衛隊との連携も盛んであり、戦車が出動することもある。人外の存在と出現は、もはや国家の一大事なのだ。
「まぁ、でも、それを使わずに済ませることが一番よね。何事も平和が肝心よ」
和美が言った。果たして、今回の件、穏便にすむものなのか。
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