“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎

第6話 握りこぶし

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「隼人くんを?なぜ?」 


 和美は訝しがった。いっしょにいられるのは嬉しいが、彼は奈美坂精神病院の研修生である。 現場に出る立場ではない。


「それはね……」 


 敏子は説明した。組織が何十年もかけて追っていた“魔剣"を探し出し、それを使い“神"を斃した隼人に、上層部は大きな期待をかけているという。慢性的な人材不足に陥っている超常能力実行局鹿児島支局は、将来、即戦力とするため、彼に早い段階で現場を経験させる腹づもりでいるのだ。 


「そんなッ……彼は子供よ。それなのに、危険を伴うEXPERの仕事に同行させるなんて……」 


 和美の表情が変わった。怒りが沸いてきた。いくら人手が不足しているとはいえ、“組織"は、いたいけな少年を現場に投入しようとしているのだ。 


「それはダメよ。もし、林原緑が超常能力者じゃなく人外だった場合、“戦闘"になる可能性だってあるわ」 


 彼女は、“神風ガール"を応援する隼人の無垢で美しい笑顔を思い出した。それを曇らせるような目に遭わせる気はない。上に文句を言ってでも彼を守る。和美は、そう誓った。 


「そうだよね。旅館に“泊まり込み"の仕事になるけど、やっぱ、子供を巻き込むわけにはいかないよね」 


 敏子が言った。 


 ぴくり。和美の耳が、“泊まり込み"と聞いて動いた。 


「旅館?」 

「うん。林原緑のゴルフスクールは遠方にあるから、“泊まり込み"になるんだけど。まァ、和美ちゃんのいうことが正しいよね。ちっちゃな子を連れて行くのは間違いだよ」 

「いや、それは甘いわ。トシちゃん」 

「へ?」 


 和美は握りこぶしを作って、以下のように言った。 


「わたしたちEXPERは、市井の人々を人外の脅威から守るために存在するのよ。それは茨の道。燃え盛る綱を片足で渡るかの如き、過酷な使命だわ。そこに、年齢は関係あるのかしら?超常能力に目覚め、その実行者になる覚悟を決めた以上、彼は研修生であっても、すでにプロフェッショナルと言えるわ。その自覚を促すため、早期、現場を経験すべきよ」 

「そ、それは確かに、もっともだけど、さっきと言ってることが違くない?」 


 敏子は、ぱっつん前髪の下にある大きな目を丸くした。一方の和美は、まったく聞いていない。まだ、握りこぶしを固めていた。 


(フッフッフ。“泊まり込み"とは、隼人くんの“処女"を奪う大チャンスだわ。普段の行いが良ければ、神様は見ていてくれるものね。あの綺麗な顔と身体に○○して□□したあげく△△するのよ。隼人くん。覚悟なさい。逃さないわよ) 










 同じころ、隼人は母、美弥子と、スーパーで晩飯の買い物をしていた。 


「へっくち!」 

「あらあら、ハーくん。鼻水たらしちゃダメじゃないの」


 美弥子はポケットティッシュを取り出し、美しい愛息の顔に当てた。 


「ちーんして」 


 隼人は鼻に力を入れた。ちーん。 


「なんか、昨日から妙なくしゃみが多いわねぇ。病院行ったほうがいいかしら」 


 美弥子は言った。我が子の貞操の大ピンチなど、彼女は知る由もなかった。 










 数ヶ月前、隼人の友人、白石香代しらいし かよは“戦場"に送られ、そして死んだ。彼女は、隼人と同じ“D型"の超常能力者で、奈美坂精神病院の研修生だったが、既に実戦レベルに到達したと判断され、超常能力実行局鹿児島支局の指導のもと、前線に配置されたのだ。そこで香代は、現地難民の子供を救うため地雷原に飛び込んだ。その体は、跡形も残らなかったという。 


 香代の死は、ある意味、無駄にはならなかった。奈美坂精神病院の研修生のうち、D型やA型、P型といった近接戦闘に優れた超常能力者は、戦場での実地研修が半ば義務化されていたのだが、それが彼女の戦死を受け、廃止されたのである。これには人材難も大きく影響していた。 


 将来的な人手不足を憂慮した鹿児島支局と奈美坂精神病院が、廃止した戦場型研修の代替措置として画策したのが、“21世紀型育成制度"である。来たるべき新世紀に向け、鹿児島県内でのEXPERの超常能力実行活動に奈美坂の研修生を随行させることで、早期の育成を目指すというものだ。隼人は首払村での功績が認められ、その適用第一号者に選ばれたのである。










「しかし、組織も必死ねぇ」


 和美が言った。見習いの彼女は、敏子ほどに状況を把握してはいない。


「なにか事件がおこると、本部はガラガラになっちゃうからね。奈美坂の研修生たちの中で、ある程度完成した人は、繰り上げ卒業させられる可能性もあるみたいだよ」

「ふーん。呑気に大学生やってるわたしの立場ないわね」


 和美は敏子が持ってきた資料を眺めながら、そう答えた。


「ねぇ、トシちゃん。ドライビングコンテストってなに?」


 その資料の中にあった新聞の切り抜きを見て、和美が訊ねた。彼女は、全くと言っていいほど、ゴルフに詳しくない。


「ドライバーショットの飛距離を競うものだよ。大会前の余興で、よく行われるんだってさ」


 と、敏子。記事によると、昨日の決勝の二日前に行われたもので、それも緑が優勝したと書かれていた。


「神風は、吹かなかったの?」

「書かれていないから、多分」

(本戦と関係ないところでは、吹かないわけね)


 秋風が強い中、和美は思った。そこに、手がかりがあるのだろうか。







 
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