“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎

第5話 大人っぽくなりたい!

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 鹿児島最大の繁華街、天文館てんもんかんから路面電車の線路沿いに歩いていくと山下町に辿り着く。各種官公署が並ぶ一角に、“スターダストビル"という名の八階建ての建物があった。そこが、超常能力実行局鹿児島支局本部であることは世間には知られていない。日本が誇るもうひとつの異能者集団、退魔連合会と違い、こちらは公にされていない組織である。設立と運営には、国と地方公共団体が関わっているとされるが、その全貌は上層部のみが把握しており、和美や敏子のような下っ端EXPERには知らされていない。 


 EXPERエスパーとは、超常能力実行局に所属する超常能力者のことである。彼らの使命は、主に人外の存在や超常能力犯罪者に対する“対処"であるが、警察や消防への協力、人命救助活動なども行っており、その仕事は多岐にわたる。 


 スターダストビルにある会議室のはじっこで、敏子は今回の報告書を書いていた。彼女が書く字は、そのロリータボディ同様、やけに小さい。老眼に悩む上層部の、おじさんEXPER泣かせである。 


「できたよ、和美ちゃん。目を通してくれる?」 


 敏子は言って、仕上げた書類を手渡した。和美は細い二重まぶたをさらに細め、小さな字を読んだ。かわいいと思うか否かは、見た人による、といった程度のルックスである。美人ではない。 


「要するに、異常なし。林原緑は、超常能力者ではありません、ってことね」 


 ふたりしかいない広い会議室に、ハスキーな声が響いた。対する敏子は、見た目同様のロリータボイスである。アニメキャラの声に似ている。声優になれそうだ。 


「あたしの力不足かなぁ……」 


 急にネガる。和美が言うとおり、緑のピンチに決まって“神風"が吹くというのは、やはり不自然ではある。“気"を感じ取れなかった敏子は、責任を感じるべきなのか。 


「うーん……どうかしら?」 


 和美は考えた。だが、上手い慰めの言葉が思いつかない。 


「とりあえず、サインお願いします」 


 敏子が言った。報告書には連署が必要となる。和美はフルネームで名前を書いた。これを“上"に提出するのだ。これで今回の仕事は終わり。のはずだったのだが…… 










 その日の夜、“組織"の上層部は、林原緑の調査の続行を決定した。翌日、大学の講義を終えた和美は、西鹿児島駅で、敏子と待ちあわせた。時刻は、午後三時ごろである。


 バスを降り、駅の表口方面に向かった和美は、そこで高齢の男ふたりと会話している敏子の姿を見た。道でも訊かれているのだろうか。彼女は、運転免許証を見せ、一生懸命に何かを説明している。やがて、男たちは立ち去った。


「おじいさんたちにナンパでもされてたの?」 


 和美が訊ねた。 


「違うよ。補導員」 


 と、敏子。おそらく、子供に間違えられたのだろう。見た目は良くて中学生、ヘタすると小学生にしか見えない。さほど背が高くない和美よりも、目線はかなり下にある。


「大人っぽくなりたい……ぐすん」 


 ポツリとそう言った。落ち込んだ心境をあらわす目が大きい。和美の細い二重まぶたの数倍の面積がある。ロリータボディ、ロリータボイス、ロリータフェイスの“三重苦"のせいで、平日出歩けば、絶対に家出少女に間違われる。このあたりは特に、そういう不良娘たちが多い場所だ。だが、それを“三連コンボ"と前向きに考え改めればどうだろうか。特定のマニア層には受ける姿をしているのも事実だ。いつの時代も、変態的な需要は大きいものである。ロリコン万歳。 










 ふたりは少し歩き、大きな公園に辿り着いた。共研きょうけん公園という名である。ベンチに座り、敏子は上の判断を説明した。 


 もし、林原緑が27番目の超常能力を持っている場合、それは未知の力といえる。奈美坂精神病院で敏子は、現在認定されている26種の超常能力発動に伴う気を感知できるよう訓練を受けていた。それは、S型の能力者ならば、みなが行うことである。つまり、新種の超常能力であれば、感じ取ることが不可能なのではないか、というのが“組織"の判断であった。 


「つまり、お上は新型の超常能力を諦めきれなかった、というわけね」 


 和美は敏子を見て言った。未体感の気であっても、それを感知できるのはやはり、S型しかいないのかもしれない。その中で手が空いている鹿児島支局のEXPERは、敏子だけである。もし、林原緑が27番目の超常能力者だと証明できれば、鹿児島支局は世界中の異能業界者から、ブラボー、ハラショー、ファンタスティコと絶賛されるだろう。敏子は、パリにある国際異能連盟本部に呼び出され、表彰されるに違いない。みなが彼女の大きな功績と小さな体に驚くだろう。日本人は外国人から見ると若く見える。幼稚園児に間違われることはないだろうが。 


 敏子は和美に、数枚の資料を手渡した。公園内は風が強いので、コーヒーが美味い喫茶店で落ち着いて話したかったが、社会の影に生きるEXPERが、仕事の話を一般の人々に聞かれるわけにはいかない。和美は缶コーヒーを片手に読んだ。 


 猪熊豪三郎が主宰する“猪熊ゴルフスクール"に林原緑が入校したのは三年前である。才能があったのだろう。すぐにアマチュアの大会に出場するようになったようである。昔の彼女は、予選では良い成績をおさめるものの、決勝で崩れることが多かった。特に接戦では一度も勝ったことがなく、仲間たちの間では“予選女王"などと陰口を叩かれていたらしい。 


 そんな緑に“神風"が吹き始めたのは、一年ほど前のことだった。決勝ラウンドで彼女がミスショットをしたとき、決まったように吹くそれは、彼女をランキング上位に押し上げるとともに、緑ブームを巻き起こしたのだ。いまや“神風ガール"は、女子プロゴルファー以上の人気を誇り、日本中でブームになっている。昨日のスポーツニュースでも、優勝した彼女の特集が組まれていた。 


「移籍の噂が流れているのね」 


 和美が敏子に訊いた。資料に少し書いてある。 


「そうみたいだね」 


 と、敏子がこたえた。次の瞬間、神風ではないが、強風が吹いた。黒髪ロングのストレートヘアがなびく。ぱっつんと切りそろえられた前髪のせいで、余計に幼く見えるのか。そんな彼女は缶のホット紅茶を飲んでいた。コーヒーは苦手らしい。 


 アマチュアゴルファーといえども、将来性があれば争奪戦は繰り広げられるものである。現在、猪熊ゴルフスクールに所属している緑には移籍の誘いが多いらしい。一部週刊誌で、もっとプロ入りに有利なスクールを選択するのではないか、と報じられたことがあった。 


「一応、組織は和美ちゃんの“実地研修"も継続してほしいとのことです。どうする?」


 敏子が言った。建前は“研修"と言うが、上の思惑は、実は異なる。


 和美は三ヶ月ほど前、鹿児島の片田舎であるT町、首払村くびはらいむらにて、“魔剣"の捜索を担当した。そこで、東郷隼人に出会った彼女は、“化け物"と交戦したのである。


 自らを“神"と称する化け物は、退魔連合会の退魔士、天宮久美子あまみや くみこに取り憑いていた。鹿児島を代表する異能者である久美子に、物理戦闘で勝利し、結果的に生き延びた和美は、そのときの実戦経験を買われているのである。


「ま、バイト代出るし、わたしとしては文句はないけれど」


 と、和美。見習いであっても、命をかける仕事である以上、給料はかなり良い。


「あとね……」


 敏子が続けた。


「上が、和美ちゃんの“ボーイフレンド"を同行させてくれって言ってるの」


 それは、隼人のことである。






 
 
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