“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎

第13話 猪熊豪三郎

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「これはこれは、薩国警備のかたではありませんか。いったい、なんの騒動ですかな?ウヒョヒョヒョヒョ」 


 と、猪熊。制服姿の和美と敏子を見て言った。相変わらず、自身のファッションセンスにこだわりが感じられる。純白のスーツに金のネックレス。履いている黒いエナメル塗装の革靴は、尖った先端が四十五度ほど反り上がっており、十本の手の指すべてに、異なる十色の指輪がはめられていた。 


「喧嘩ですかな?」 


 猪熊は、倒れているモヒカンと坊主頭を見た。現役プロゴルファーでもある彼は、体つきがゴツい。縦にも横にも威圧感がある。トーナメントプロ時代は、パワフルな飛ばし屋としてならした。 


「違います。こちらの方々が、一方的に林原緑さんに絡んでいたのです。“喧嘩"にすらなっていません」 


 和美が答えた。 


「それはありがたいことで。薩国警備さんは、当スクール内の施設だけでなく、生徒個人の安全にも配慮してくださるのですな」 


 現場の状況を見て、猪熊は理解したのだろう。 


「お客さまサービスの一貫ですわ」 


 と、和美。相手は“顧客"でもあるので、対応が難しいところだが、ここは引かなかった。 


「ウヒョヒョヒョヒョ。おもしろいお嬢さんですな。だが……」 


 台詞と裏腹に、猪熊の目は笑っていない。 


「いくらなんでも、“暴力"を振るうとは」 


 たしかに、気絶しているモヒカンと坊主頭を見れば、そう思うのも無理はない。 


「いいえ、うちの河野は暴力など振るっていません」 


 そう言ったのは、敏子だ。 


「証拠もあります」 


 彼女は、上を指差した。建物の外壁に取り付けられた監視カメラがまわっている。和美の正当防衛が、バッチリ映っているはずだ。 


 連中が緑に絡んでいた場所は、その死角になっている。そこは、彼らの計算だったのだろう。だから和美は、連中を監視カメラの範囲内まで誘い込み、立ち回った。それもまた計算である。頭に血がのぼりやすいやつらで助かった。 


「むう……」 


 猪熊が唸った。 


「こいつらはね、社会の“膿"なんですよ。更生させる価値もない、クズのような存在です」 


 そして、尖った革靴の爪先で、気絶している坊主頭をグリグリと踏ンづけた。 


「いずれ、“退校"させなければなりませんなァ。ウヒョヒョヒョヒョ」 


 それを見た和美が、なにかを言おうとした。敏子がその肩を引き、制した。ここでトラブルをおこし、セキュリティ契約を打ち切られでもしたら調査が難しくなる。猪熊は、あくまでも薩国警備の“客"だ。 


「緑!」 


 女の声がした。猪熊の巨体の後ろから、キャディーの寺山素子が歩いてきた。 


「午前中のトレーニングはどうしたの?」 


 ヒステリックな声である。緑同様、良く日に焼けているが、こちらは長身でスタイルが良い。髪は短く、モデル体型の美人だ。 


「素子さん、ごめんなさい。まだ……」 


 緑が目を伏せた。キャディーに頭が上がらないのか。 


「また、子供たちの指導をしていたのね?」 


 素子のきつい目が、緑を責めた。 


「あなたは、そんなことしなくていいのよ。私が決めたプログラムに沿ってトレーニングをしていればいいの!何度言わせるわけ?」 

「すみません……」 


 キャディーの説教に、人気者である“神風ガール"が屈した。テレビには決して映らない両者の力関係が垣間見える。 


「校長、緑を連れていきます。いいですか?」 


 素子は、猪熊の了解を求めた。 


「構いませんよ。緑、練習に行きなさい。ウヒョヒョヒョヒョ」 


 猪熊の笑いかたには特徴がある。 


「さァ、行くわよ。なにしてるの、早くしなさい!」 


 素子の叱責に緑は従った。立ち去る前、和美と敏子に深く頭を下げた。自身の人気と実力を鼻にかけることがない、謙虚で印象の良い娘である。 


「ところで、薩国警備さん。今日は、何用ですかな?」 


 緑と素子の背中を見送った猪熊は、残る二人を見た。にこやかなものだ。 


「セキュリティの総点検です」 


 敏子は答えた。電話で伝えていたはずである。 


「それは、ご苦労ですな。で、終わりましたかな?ウヒョヒョヒョヒョ」 

「猪熊様の部屋が、まだなのです」 


 敏子が言うそこは、校長室のことだ。カメラはないが、侵入者に対する警報器がある。 


「私の部屋なら大丈夫。ちゃんと動いてますよ。ウヒョヒョヒョヒョ」 

「念のための点検です。入室許可をいただけませんか?」 

「今日は忙しいので、困りますな。ウヒョヒョヒョヒョ」 


 敏子は和美と目配せした。屋上から小型カメラを仕掛けたので、無理を通す必要はない。なにより、“ウヒョヒョヒョヒョ"を聞くのも飽きてきた。 


「わかりました。では、異常なしということで終了となります」 


 敏子は言い、点検に要した書類を猪熊に見せ、説明した。すべての項目に、チェックマークが入れられている。 


「では、失礼致します。今後もご愛顧、よろしくお願いします。何かありましたら、当社フリーダイヤルにおかけくださいませ。本日は、お時間いただき、ありがとうございました」 


 敏子と和美は、ぱっつんロングヘアと、ショートヘアを丁寧に下げた。どちらも黒髪である。 


「いえいえ、気をつけてお帰りください。ウヒョヒョヒョヒョ」 


 と、猪熊。最後まで笑顔であった。 










 幹線道路沿いにある木造の古ぼけた建物の前に、薩国警備のロゴマークが描かれたセダンが停まった。これが、和美と敏子が乗って来た超常能力実行局鹿児島支局の公用車である。建物の上部には、これまた古ぼけた看板で“ドライブイン"とあった。二人は、昼食をここでとることに決めた。風邪をひいて寝ている隼人には、旅館で昼食が出るので安心だ。 


 中に入ると、なかなかの入りである。田舎の飲食店らしく、客は高齢者が多いが、それに混じって、背広姿や家族連れも見える。女性警備員姿のコンビは、靴を脱ぎ、座敷のテーブルについた。 


「いらっしゃいませ。なんにする?」 


 店員のおばちゃんが言いながら、お茶と漬物を持って来た。テーブルの上に、“おしながき"と書かれたメニューが置いてある。二人は、蕎麦を頼んだ。 


 大根と白菜の漬物は浅漬けされたもので、上から醤油がかかっている。和美と敏子は、それをぽりぽりと食べた。鹿児島の醤油は甘口で、しょっぱくはない。 


「とりあえずカメラの設置には成功したから、あとは“遠隔監視"だね」 


 敏子が言った。目的は果たしたので、猪熊ゴルフスクールに長居は無用であった。


「そうね……」


 いつもよりさらに低い和美のハスキーボイスが、不機嫌の風を運ぶ。敏子には原因がわかっていた。さきほどの猪熊の台詞だ。いくら問題児とはいえ、自分の生徒を“社会の膿"、“クズのような存在"と呼んだあの男に対して怒りを感じているのだろう。和美のそういうところが好きだった。情感に富んでいるのである。


「とりあえず、林原緑と寺山素子。そして、猪熊豪三郎に絞ります。それでいいよね?」


 敏子は調査の対象を限定することを改めて提案した。“神風"の発生源を、その三人のうちの誰かと決めつけてかかれば、やりやすい。緑が勝つことで得をする者は他にもいるだろうが、対象範囲を広げるとキリがない。先日の試合に、彼女の両親はいなかった。


「異議なし」


 熱いお茶を飲み、少し落ち着いた和美が言った。漬物のほうは、なかなか美味である。


「しかし、一流選手なわりに、なんかおとなしそうな娘ね」


 キャディーの素子に言われ放題だった緑の姿を思い出しながらの、和美の感想である。


「まァ、キャディーってゴルファーの頭脳を担当してるからね。あんな関係もあり得るんじゃないかな」


 と、敏子。ちいさな手が、湯呑みを持っている。


「どっちも怪しいといえば怪しいわね」

「猪熊に関しては、どう思う?」

「あのファッションセンスと笑い方は、生理的に無理だわ」


 その和美の言葉を聞いて、敏子は笑った。否定はしなかった。


 注文した蕎麦が到着した。いわゆる田舎蕎麦である。コシがなく、箸でプツプツと切れる。啜るというより、噛みしめながら二人は食べた。具は薩摩揚げで、ダシがきいており美味い。一杯750円という値段を除けば、不満のない昼食となった。


 食事の最中、店内のテレビが見覚えのある映像と、聞き覚えのある曲を流した。それは、薩国警備のCMである。





 

 
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