“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎

最終話 緑からの手紙

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 数日後、林原緑にとって今年最後の大会が開催された。最終日の18番ホール。彼女は現在、二位につけていた。首位の選手は先にホールアウトしている。たった一打の差だ。 


 緑のティーショットは、フェアウェイの端をとらえていた。ここはロングホールなので、まだ距離がある。逆転するために2オンを狙うか、安全に刻んで3オンを狙うか、思案のしどころだ。 


 素子に代わる新しいキャディーと何かを話し終えた緑は、クラブを受け取った。フェアウェイウッドだ。2オンさせる気である。猪熊の教えを忠実に守った攻撃的なゴルフに観客が沸いた。みな、緑の勝利を願っているのだ。 


「緑ちゃん、がんばって……」 


 奈美坂精神病院の娯楽室にあるテレビで中継を見ながら、隼人は応援していた。彼が抱いている緑のサインは、巨大扇風機を倒したあと、新しく書いてもらったものだ。“東郷隼人くんへ"とある。世界に一枚しかない大切な宝物だ。一緒に撮った写真は、自室の壁に飾ってある。 


 アドレスに入った緑は緊張した。今までは接戦になると必ずミスをした。彼女を救ってくれた“風"が吹くことはもう、ない。心臓が高鳴る。 


 “勝負ってのは楽しまなくちゃね。そう思えば、開きなおれるものよ" 


 和美の言葉を思い出した。ゴルフが好きだから、今まで続けてきたのではないか。プレッシャーを感じるほどの勝負が目前にあるからこそ、やりがいを感じていたのではないか。 


 一度、大きく深呼吸。この先、何度も重圧の中でプレーするのである。そんな中の、たかが一打ではないか。いちいち心配していたらキリがない。失敗したからといって、命まで取られるわけではない。そう思うと、気が楽になった。チャンスなど、この先にたくさん転がっているのだ。 


 自然とした始動からクラブを振り上げた。肩の力が抜けた良いテイクバックである。頭上で一瞬、止まった腕が伸びやかにしなり、ヘッドが芯でボールをとらえた。白球が空へと舞い上がり、グリーンを目指し飛んでゆく。ギャラリーが歓声をあげた。 


「やった!」 


 テレビの前で隼人が両手をあげ、ナイスショットに喜んだ。 


(そうよ、ゴルフは、楽しまなくっちゃ!) 


 フォロースルーをとった緑の笑顔が輝いた。勝負弱い自分から卒業した彼女はもう、“神風ガール"ではない。 










 ある日、和美の自宅ポストに郵便物が届けられた。緑からの手紙である。助けてもらった礼の他に、猪熊ゴルフスクールの面々の近況が書かれていた。 


 緑は猪熊の指導のもとで、プロテストにのぞむことを正式に決めたという。移籍を希望する両親を説得するのに何日もかかったらしい。一発合格の達成が条件である。毎日、トレーニングに明け暮れているという。 


 不良グループたちは、最近めっきりおとなしくなったそうだ。緑に絡むことはなくなり、門限もよく守っているとのことである。相変わらず、ゴルフの練習には不熱心らしいが。 


 モヒカンと坊主頭は近ごろ、求人誌片手にバイト探しをしているという。いつまでも猪熊ゴルフスクールにいられないことはわかっているのだろう。 


 “こんな頭で、仕事など見つかるわけがないのだよ、ウヒョヒョヒョヒョ" 


 と、バリカンを持ち出した猪熊の手により、こだわりの髪型を矯正させられたモヒカンは泣いていたらしい。今では、ふたり仲良く坊主頭を並べて、職探しに奔走しているそうだ。 


 金髪娘とブルドッグ娘は、就職に役立つ資格を取るため、勉強を始めたらしい。週に二日ほど、共に予備校へ通っているという。日頃から参考書とにらめっこしているようで、真剣に取り組んでいるとのことだ。みな、将来のことを考え始めたのである。“退校"ではなく、いずれ、スクールを“卒業"していくのだ。 










 緑からの手紙が届けられたころ、和美と敏子は鹿児島市内のゴルフ打ちっぱなし場にいた。空は雲ひとつない快晴。空気は、ひんやりと冷たい。そんな中、和美は打席に立っていた。 


「いやー、ゴルフっておもしろいものねぇ」 


 と言いながら、彼女はドライバーを振った。打球は力強い弾道を描き、澄んだ空へと舞い上がる。そのまま200ヤード先のネットに突き刺さった。 


「完璧だわ」 


 と、自画自賛する和美。実は彼女、あれ以降ゴルフのおもしろさに目覚め、最近は暇さえあれば、この練習場に通う毎日なのである。今日も大学が午後から休講になったため、ここにやって来たのだ。脇に置かれているキャディーバッグの中には中古で購入したクラブのフルセットが入っており、ピカピカに磨かれている。 


 和美はもう一度ドライバーを振った。またも、快打。ボールは凄まじい勢いで飛んでゆく。 


「上出来上出来。EXPERになるのなんてやめて、わたしもプロゴルファーを目指そうかしら。どう思う?トシちゃん」 


 会心の当たりに上機嫌なその言葉を聞いて、ベンチに座っている敏子は頭を抱えた。簡単にスーパーショットを連発する和美に、周囲のおじさんゴルファーたちがジロジロと遠慮ない視線をおくっている。それが恥ずかしかった。 


「お久しぶりですなァ、ウヒョヒョヒョヒョ」 


 聞き覚えのあるけったいな笑い声がした。振り向いた和美の視線の先にいるのは、猪熊豪三郎ではないか。相変わらず純白のスーツに身を包み、ジャラジャラと十色の指輪をつけている。見習いたくないファッションセンスだ。 


「い、猪熊……様。ど、どうして、こんなところに……?」 


 和美から見れば、猪熊は薩国警備の“客"である。だから慇懃丁寧に、そう訊いた。 


「実は、この練習場にとんでもない“金の卵"がいると聞きましてな。それがあなただったとは、いやいや納得ですな。ウヒョヒョヒョヒョ」 


 そう言うと、猪熊はその場で土下座した。 


「どうか、どうか……!猪熊ゴルフスクールに“入校"していただきたいのです」 


 突然の申し出に、和美は驚いた。 


「な、なぜ?」 

「あなたは、緑と同様。いや、それ以上の才能をお持ちでいらっしゃる。プロを目指すべきなのですよ、ウヒョヒョヒョヒョ」 


 そう言うと、猪熊はポケットから一枚のパンフレットを取り出した。『猪熊ゴルフスクール新校舎、四月より開校!』とある。 


「今度、ここ鹿児島市内に、今までの更生施設とは別の本格的なゴルフスクールをオープンすることになりましてな。現在、生徒を募集しておるのですよ、ウヒョヒョヒョヒョ」 


 来年、緑がプロテストに合格し、卒業することとなった場合、猪熊ゴルフスクールは看板選手を失うことになる。次のスター候補を探している猪熊は、この練習場に“天才"がいるという噂を聞きつけ、やって来たのだ。そして、それは和美のことだったのである。


「桁外れのパワーと才能を持つあなたならば、間違いなく将来、日本女子ゴルフ界を代表する存在になれますな。我が校にて、プロを志すべきなのですよ、ウヒョヒョヒョヒョ」 


 と言い、猪熊は額を地面にこすりつけた。周囲のおじさんゴルファーたちが何事だろうかと、こっちを見ている。和美は真っ赤になってしまった。 


「あ、いや、その、あの、わたしは“進路"が決まっておりまして……」 

「そこをなんとか!私が必ずや、トッププロにしてみせますぞ、ウヒョヒョヒョヒョ」 


 和美は友人に助けを求めた。 


「と、トシちゃん、なんとか言って頂戴」 

「あれェ?和美ちゃん、さっき、“プロを目指そうかしら"とか言ってなかったっけ?」 


 敏子がいたずらっぽく言った。 


「な、なんですと!それなら話は早い。ここにサインを……」 


 と言って、猪熊は紙きれを取り出した。“入校申込書"とある。商魂たくましいとはこのことか。 


「さ、さ、さいならー」 


 それを見た和美は、真っ青になって逃げ出した。 


「ま、待ってくだされ!」 


 猪熊が、その後を追いかけた。 


「せっかく見つけた“金の卵"。逃しませぬぞ、ウヒョヒョヒョヒョ」 

「冗談じゃないわ。わたしにとってゴルフは新しい“趣味"よ!緑さんと違って、プロになろうなんて気概はないわ!」 

「根性論も植えつけますぞ。禅寺と業務提携し、精神的な修養も充実したカリキュラムを構築する予定なのですよ、ウヒョヒョヒョヒョ」 

「ひ、ひええー」 


 逃げる和美と追う猪熊。ふたりの声が青い空に響く。 


「和美ちゃん、あんまり走ると危ないよ!」 


 そう言いながらも、敏子が笑った。飛びついた猪熊をジャンプしてかわす和美の姿がおかしかったからだ。 


「や、やっぱり、わたしには、鹿児島の安全を守る使命のほうが合ってるわ!」 


 と、和美。快晴を演出する太陽は今日も眩しい。陽光降り注ぐ中、人々は束の間の平和を実感していた。








 第二章、完。三章へ続く







 
 
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