“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第12話 バーニング・ゼミナールの人々

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 夜九時。今日もまた、なんとか“講師業"を終え、久美子は教室の電気と暖房を消した。生徒たちは皆、退室し終えている。なんとか“トラブル"を起こさず、数日を経過していた。 


 廊下に出ると、事務員の裏山松子が大きな透明袋を抱え、歩いていた。生徒たちが出すゴミの量は結構なものである。 


 目が合った。久美子は軽く頭を下げたが、松子は無視し、階段を降りて行った。どうにも好かれていないらしい。


 “幽霊"の目撃者である松子が『非現実ジャーナル』のライター、花ノ宮奈津子から受けたインタビューの内容を久美子は知らない。あれ以降、奈津子は姿を見せておらず、その行動は不明である。気にかかるのも事実だが、単なる松子の見間違いである可能性も否定はできない。かと言って、退魔連合会の出資者たる会員である塾長、中久保初美の依頼である以上、無下に対応するわけにもいかない。このまま何事もなく時間が過ぎてくれれば、それでいい。平和と安全が第一なのだ。 


 廊下にはまだ数人の生徒たちがいて賑やかなものである。久美子は子供たちの世間話に耳を傾けてみた。 


 “明日、体操着いるんだっけ?" 

 “超波動戦隊ウェーブZ、来週、最終回だよな?" 

 “ねえねえ、昨日のミュージックセブン見た?" 

 “音楽の小野田、チョームカつくよねー" 


 勉強の話は聞かれない。席を立ってまで、“本分"のことなど語りたくはないのだろう。夜、家に帰ったあとで仕事のことなど考えたくない社会人と似た思考なのではないか。大人と同様、子供もまた、ストレスを感じているのである。 


 勉学に対するそういったストレスが“人外の存在"を寄せ付ける。それは充分に考えられることである。もし、幽霊が実在するのなら、その正体が、ここにいる子供たちのうちの誰かである可能性も否定できない。 


 一方で、この塾にいる大人が取り憑かれている可能性もある。初美、松子、元木らのうち、誰かが心の中に仕事やプライベートがもたらすストレスを抱え、それが人外を寄せ付けていることも考えられる。子供も大人も無数の悩みを背負うこの時代、誰が幽霊であってもおかしくはない。


 生徒たちがダベっている中、廊下の端に置かれた長机に座り、真面目に勉強しているふたりの“少女"がいた。いや、違う。片方は美しい“少年"だった。 


(仲は良いようだな……) 


 久美子は顔に出さずとも微笑ましく思った。13歳のころから無粋な退魔道を歩んできた彼女でも、こういった光景を目にすると、心がなごむ。平和で穏やかではないか。子どもたちが安心して暮らせる世の中を作ることこそが退魔士の存在意義である。彼女は、そう考えながら、今日を生きている。 


「何度言ったらわかるのよ!そうじゃないって言ってるでしょ!!!」 


 早苗が怒鳴った。 


「ひええ、ごめんなさい」 


 隼人が謝った。どうやら早苗の教えかたは、熱中するあまり乱暴なようである。 


(彼女のほうが、私より良い先生になれるな) 


 内心の苦笑を美しい顔にあらわさず、久美子は思った。










 一階に降りると、廊下で塾長の初美とハンサム講師、元木が何やら話していた。 


「あら、天宮先生」 


 と、初美。久美子が退魔士であることを知っているのは、生徒や従業員の不安を煽らぬよう、講師に変装しての潜入調査を希望した彼女のほうである。元木は知らないはずだ。 


「どう、講師のパートは?」 


 と、初美。元木の手前、“幽霊"のことには触れない。それに対し、久美子は頷いた。“頑張っています"という意味である。 


「そう、なによりだわ」 


 と、答える初美は細身で背が高い。久美子のほうが見上げる格好である。同じく長身の元木とは、かなり年齢が離れているだろうが、並ぶと様になっている。芸能人の年の差カップルみたいだ。 


「そういや、塾長。天宮さんの歓迎会とかしないんですか?」 


 と、元木が言った。 


「居酒屋、予約しときますよ」 

「彼女は未成年者よ。お酒の席なんて楽しくないでしょ」

「天宮先生は、ジュースでいいじゃないですか。どうです?近々」 


 元木に訊かれ、久美子は困った。“潜入調査員"の身である以上、いつまでここにいるかはわからない。数日で辞めるかもしれないので、申し訳ないと思った。何より、そういう席は苦手な女である。 


「まぁ、そのうち考えておくわ。元木先生みたいなプレイボーイと同席させるなんて、天宮先生の親御さんに対して責任が持てないもの」 


 と、初美。その言葉、“助け舟"なのか? 


「ひどいなぁ、僕は真面目人間ですよ」 


 とは、元木。 


 ふたりのやり取りを聞きながら、久美子は入り口付近の天井に取り付けてある監視カメラを見た。目立たないように球状をしている。“SAKKOKU"というロゴが打たれた物だ。 


 薩国さっこく警備とは、退魔連合会と並ぶ異能者たちの組織、超常能力実行局鹿児島支局が世を忍ぶ仮りの姿であるが、法人格を有しており、表向きは民間の警備会社として活動している。鹿児島全域にセキュリティ網を張り巡らせることで、人外の存在や超常能力犯罪者などの出現を素早く察知出来るわけだが、収入源のひとつにもなっている。東郷隼人も奈美坂精神病院を“卒業"したあとは、そこの一員となるはずだ。 


 ここ、バーニング・ゼミナールも薩国警備とセキュリティ契約を結んでいる。夜、子供たちを通わせる保護者に対する体裁もあるのだろうが、防犯の観点からも、あるに越したことはないのだろう。既に久美子は監視カメラの位置を頭に入れている。廊下だけでなく、各教室や受付事務局にも設置されていた。


(いずれ、手を借りるかもしれんな……) 


 久美子は思った。友好な関係を築いている退魔連合会と超常能力実行局が協力しあうことは頻繁にある。










 バーニング・ゼミナールは、裏に契約駐車場を借りている。久美子は、そこに車を停めていた。住宅地の街灯の中、彼女は怪しい人影を見た。 


 その人影は、ちいさなものである。久美子の車をじーっと眺めていた。エクステリアだけでなく、窓から中を覗こうとしている。怪しい、怪しすぎる。 


 “コホン……!" 


 そのうしろに立ち、久美子は咳払いをした。 


「わっ……!」 


 驚いた人影が、ピョンと跳ねた。 


「び、びっくりしたぁ……天宮さんかぁ」 


 ちいさな人影の正体は東郷隼人だった。寒い寒い冬の夜、彼はジャンパーと太いジーンズで着膨れしていた。その顔は相変わらず美少女のようである。 


「ねぇ、これ、天宮さんの車だよね?」 


 隼人は訊いた。久美子の車は青の4WDスポーツである。流麗なクーペボディではなく、直線を基調としたセダンスタイルのゴツい外見だ。頷いた久美子は何も言わず、運転席の鍵を開けた。


「わぁ……すごいねェ、カッコいいね」


 まだ見ている。もうじき六年生になる隼人。こういう物に興味を持つ年頃なのかもしれない。荷物を助手席に置き、シートに座ろうとした久美子は、美貌の少年が見せる無邪気な顔を、つい見てしまった。


「乗りたいのか?」


 そして、訊いた。無口なこの女が仕事以外のことで人に質問をすることは大変に珍しい。


「え、いいの?」


 隼人の顔が輝いた。まるで、寒い季節に狂い咲く、美しい桜の花の如く……







 
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