“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第13話 努力

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 昨年の夏、首払村で“神”を名乗る化け物に取り憑かれた久美子を救ったのは、伝説の元ストリートファイター、首払一郎くびはらい いちろうと、そして“魔剣”を握ったこの少年、東郷隼人だった。思えば、そのときの礼をまともにしていない。車に乗せ、送って行くくらいなら問題ないだろうと久美子は思ったのである。 


「いいの?ホントにいいの?」 


 はしゃぎながら何度もそう訊く隼人に対し久美子は、ただ頷いた。無愛想なだけで本来、人は良い。 










「わぁ……」 


 走り出した青い4WDスポーツの助手席に座る隼人は嬉しそうである。 


「内装もカッコいいね。お父さんやお母さんの車とは全然違うよ」 


 流れる車窓のほうなど見向きもせず、彼は暗闇に浮かぶコンソールと計器類に点灯する光や運転席のステアリング。そして革製のシフトレバーを見て喜んだ。外見は少女のようであっても、興味の対象は同世代の少年たちと、さほど変わらない。やはり男の子である。 


「勉強って難しいね、なかなか良い点数取れないよ」 

「…………………………」 

「バスだと奈美坂まで結構かかるんだ。この車だと、もっと早く着くね」 

「…………………………」 

「それにしても、毎日寒いね」 

「…………………………」 

「奈美坂は風邪が流行ってるんだ。僕も気をつけなきゃ」

「…………………………」 


 久美子が返答することはない。だが、それでも隼人は笑顔である。この女に、そんなことを期待していないのか?それとも久美子に悪気がないことがわかるのか?純粋な少年の感性は、横でステアリングを握る美女の本質を的確にとらえているのかもしれない。 


「あの早苗ちゃんって、家でも一日中勉強してるんだって」 


 ぽつりと隼人が言った。 


「勉強の合間に遊んだりすることもないらしいんだ。でも、そんな生活、楽しいのかなぁ?もっとクラスメイトと出掛けたり、おもしろいテレビを見たりしてもいいと思うんだけど……」 


 その隼人のセリフと、久美子の考えは異なった。早苗は総理大臣になることが夢と語っていた。明確な目標を持ち、それを達成するために努力を続ける姿勢は素晴らしいものではないか。 


 プロテスタントの家に生まれた久美子は、13歳のときに宗教的能力の素養を認められ、退魔連合会にスカウトされた。本来、プロテスタントは霊性や神秘性との関係が薄いとされるが、天宮家が信仰する宗派は、カトリックの影響も強く受けており、異能の力にも理解が強い。プロテスタント信者が通常、身に着けないはずの修道服を久美子が退魔活動の“制服"としているのも、それが理由である。 


 異能業界に踏み込んだ久美子の退魔人生は決して順風満帆ではなかった。最初のころはうまくいかないことが多く、同期や後輩の者たちに遅れをとっていた時期もあった。不器用なほうだったのかもしれない。なかなか芽が出なかったものである。 


 だが、努力を続けた結果、潜在していた才能は開花した。先を行っていた者たちを追い越すようになり、今では鹿児島を代表する若手退魔士となったのである。美しさと実力を兼ね備えた久美子は、異能業界のスター選手にまでのし上がった。それは様々な“積み重ね”がもたらした結果だったのだ。 


 そして、そんな彼女だからこそ、早苗が努力する姿を評価できる。隼人がそれを理解できないのは、彼の学業成績が悪いからである。久美子は、そう考えた。 


「天宮さんは、どう思う?」 


 隼人は訊いた。ほんの少しでも、返事を期待したのか?


「……………私のことは、“久美子”でいい」 


 と、彼女。やっと話してくれた。 


「んじゃ、僕のことも“隼人”でいいよ!」 


 暗い車内に美少年の笑顔が輝いた。嬉しそうだ。 










 久美子が操る青い4WDスポーツが幹線道路に出た。その運転は男らしく荒っぽい。片側三車線の上で左右に踊りながら、次々と他車を追い抜き、そして追い越してゆく。280馬力を誇るパワーマシーンの敵は公道上には存在しない。


「ず、随分と飛ばすんだね……」 


 と、隼人。それに対する返答はない。いつもどおりの無表情で、久美子はアクセルを踏んでいる。超常能力者である隼人が現在住んでいる育成施設、奈美坂精神病院は、ここS市の山中にある。このスピードならば、そんなに時間はかからないだろう。


「君は、夕食はどうするのだ?」


 久美子が訊いた。この女が仕事以外のことで人に質問をすることは珍しい。その声は高く澄んだ美声であるが、言葉遣いは男のようである。それは退魔の世界に身を捧げるため、女を捨てたというアピールであり、彼女が本来の顔に戻るのは帰宅後である。鏡に自分の美しく、いやらしい下着姿を晒し、充足するのだ。


「食堂のおばちゃんが作り置いてくれているよ」


 隼人は答えた。


「冷めてはいないのか?」

「レンジで、チンするよ」


 それを聞き、少し気の毒になった。小学生の身で親と離れ、施設に“隔離”されている少年は、塾がある日は出来たての飯にありつくことも許されないのだ。


 信号待ちの最中、フロントガラスの向こう側にラーメン屋が見えた。こないだ、少女退魔士、向遥を連れて行った店である。田舎町で遅くまで営業している店は少ない。


「君は、ラーメンは好きか?」


 と、久美子。


「うん」


 とは、隼人。


「食べるか?」

「え、ホント?」


 信号が青に変わり、ふたたび走り出した車は、ラーメン屋の駐車場に入った。







 

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