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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第14話 美女と美少年
しおりを挟む隼人と久美子が入ったラーメン屋は鹿児島県内に複数店舗を構えるチェーン店である。ローカル番組のグルメ特集やタウン情報誌の常連だが、遅いこの時間、先客はなく空いていた。
「いらっしゃいませー」
元気の良い声は従業員のおばちゃんのものである。厨房の奥で新聞を広げている年輩の男が店長なのだろう。こちらは、しかめっ面をしており愛想が悪い。隼人と久美子は窓際のテーブル席についた。
「なんにしようかな?」
置いてあったメニューを広げ、隼人が言った。やけに嬉しそうである。普段、外食をすることなどないのだろうか?
「やっぱ、醤油ラーメンかなぁ……」
それを聞き、久美子が言った。
「醤油は、やめておけ……」
この女が仕事以外のことで人にアドバイスをするなど、大変に珍しい。
「食べたことあるの?」
という隼人の質問に久美子は頷いた。おばちゃんが、お冷と漬物をもって来た。
「いらっしゃい、決まったかね?」
と、おばちゃん。
「じゃあ、僕、ピリ辛ラーメンのセット」
とは、隼人。
“じゃあ、私は……"
などとは言わず、久美子はメニュー表の味噌ラーメンを指さした。
おばちゃんが立ち去り、ふたりは差し向かって待つことになった。無愛想な店長が鍋の前で準備を始める姿が見られる。そして目の前の隼人はモジモジとしている。少し照れくさそうにして、ときに外を眺め、ときに出された漬物をポリポリ。あらためて向かい合うと、落ち着かないものなのだろう。
一方の久美子は、そんな隼人をじーっと見つめていた。
(それにしても、本当に男の子には見えないわね……)
そう心の中でつぶやいた。仕事を離れれば女に戻る。脳内口調も、また然り。
隼人の美しさは歳相応のあどけなさを残しつつも、どこか艶っぽい。肌は真っ白く、綺麗だ。髪は母、美弥子の趣味で少し長めである。長い睫毛に覆われた目は宝石の如く。形の良い鼻の下にある唇は紅をさしたかのように赤い。どこから見ても美少女にしか見えないのである。
(私の子供の頃と、どっちが綺麗かしら……?)
久美子は自身の記憶をたどり、比較してみた。彼女も幼い頃から美しかった。大学生だった従兄に自慰をさせるほどに……
(男の子に負けたら、恥かしら?)
だが、目の前の少年の美貌は異常なほどである。隼人の美しさと比べれば、世の中の少女のほぼすべてが劣るだろう。いや、比肩し、もしくは勝てる者が世界中に何人いることやら。
「な、なんか、見つめられると、恥ずかしいよォ……」
隼人に言われ、久美子は我にかえった。美少年に穴があきそうなほどに見ていたらしい。
「ぼ、僕の顔に、なんか付いてるかなァ……?」
その言葉に久美子は首を振った。
「はい、お待ちどォ!」
ちょうどタイミング良く、おばちゃんがラーメンを持って来てくれた。隼人の前に置かれたセットは、ギョーザ五個にライス付きである。ピリ辛ラーメンのスープは赤く、卵でとじてある。キャベツとチャーシューが具だ。
一方、久美子が頼んだ味噌ラーメンは、チャーシューの他、もやしとコーンが乗っている。かき混ぜ、レンゲでスープをすくい、一口すする。
「美味い美味い、さすが人気店だねぇ」
感想を述べたのは隼人のほうである。いや、例え久美子のほうが先に口をつけていたとしても、滅多に喋らないこの女が、言葉で味を評価することなどないだろう。
(そんなに美味しいかしら?)
だから内心で思った。皆が好きと言うが、彼女には、そこまでの物に感じられない。どこにでもある平凡なラーメンではないか。
隼人は、ギョーザをライスでかっこみ、味噌汁代わりにラーメンをすすっている。美しい少年が意外と豪快に食べる姿は、なかなかおもしろいものである。
「私は……」
久美子は箸を止めた。
「まだ、君に礼を言っていなかった。助けてくれたこと、感謝している」
珍しく口を開いた。
「礼?」
隼人は訊いた。
「首払村の件だ」
「ああ……」
笑って隼人は頭をかいた。
「あれは僕の力じゃないよ。“魔剣"のおかげさ」
久美子もそれは聞いていた。この少年が不思議な力を持った“剣"で、首払村の“神"と闘ったのだという。“快楽"を植え付けられた挙句、取り憑かれていた自分を救ってくれたのは、隼人と伝説の元ストリートファイター、首払一郎だった。
そして、神と相討ちになった“魔剣"リルムリートは、塵となって消えた。もう、この世にはない。
「それより、あのあと体は大丈夫だったの?」
優しい美少年の、その質問に久美子は頷いた。
「そっか。それは良かった」
言って隼人は、また食べはじめた。無邪気な姿である。
“神"に敗北した久美子に対し、退魔連合会は重い処分をくだした。鹿児島支部、剣術指南役の肩書きを剥奪されたのである。応援を待たず単身、乗りこんだ理由は、彼女にライバルが多いことだった。功を焦ったのである。負けた結果、いわゆる“出世コース"から外れる格好となった。
その後の久美子は前に比べると、刺々しい印象がなくなったものである。叩き上げにありがちな職人気質は鳴りを潜め、最近は人の話をよく聞くようにもなった。今までが力みすぎていた人生だったのだろう。無口なことだけは変わらないが……
「人間、元気が一番だよ、うん」
と、隼人。彼が以前、友人を失ったことを久美子は知らない。
隼人と久美子が奈美坂精神病院に着いたとき、結構、遅い時刻になっていた。建物と敷地の四方を囲む巨大で無機質な塀が闇夜の中、青い4WDスポーツのヘッドライトに照らされて、浮かびあがっていた。
(ちいさな子供が、こんなところに入れられているのか)
そう思うと気の毒になった。将来の“戦士"を育成するための施設の外見は、あまりにも不気味である。この中に何があり、何が行われているかなど久美子は知らないが、年端もいかない少年に相応しい場所なのか否か、彼女は判断に迷った。
「久美子さん、ごちそうさまでした」
隼人は丁寧に頭を下げた。また、この中の住人に戻る彼の顔に悲壮感らしきものは見えない。それもまた、哀れを誘う。
晩飯は久美子のおごりだった。会計のとき、隼人は自分の財布を取り出したが、手でそれを制した。店の中だけでなく、車内でも礼を言われたものである。
照明が灯り、門が開いた。中から薩国警備の制服を着た細身の女があらわれた。今日の宿直、安田幸子である。
「ああ、安田さん、ただいま帰りました」
隼人が言った。
「隼人くん、おかえりなさい」
幸子が返した。次に久美子を見た。
「薩国警備の安田と申します」
短いそれが挨拶だった。
「天宮です……」
普段、無口でも礼儀はわきまえている。久美子も名のった。
さきほど、遅くなることを隼人が公衆電話で告げたとき、出たのは幸子だった。食事の相手が異能業界の有名人、天宮久美子であると聞いた彼女は驚いたようである。奈美坂の研修生と退魔士がプライベートで会うことを是とするか否かは難しいところだが、幸子は何も言わなかった。上にバレなければ良い、とでも思ったのだろうか?
「当施設の研修生を送っていただき、ありがとうございました」
幸子が頭を下げ、久美子も同様にする。背は幸子のほうが高い。
(噂には聞いていたけど、ものすごい美人ね)
そう思った幸子も、いい女である。だが、目の前の女は桁外れの規格外だ。暗黒の空の下、久美子の美貌を照らす奈美坂の照明が、いつもより眩しく感じられた。まるで、この短いときのために自分は作り出された存在なのだ、と言わんばかりに。
運転席にすべりこもうとした久美子。もう一度、隼人は声をかけた。
「久美子さん、ありがとう」
この女が返事をすることなどない。だが、頷いた。久美子の青い4WDスポーツは、重いエンジン音だけを残し、この場から立ち去った。
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