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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第16話 幽霊登場
しおりを挟む深夜。バーニング・ゼミナール。塾生と従業員たちが帰ったあとの建物内は暗く、そして不気味なものである。物音ひとつしない。住宅地の外れに建っており、表には人通りの気配もない。こんな時間になると、車一台すら見かけない場所だ。
誰もいないはずなのに、中には人が一人いた。かすかに差し込む街灯の光が暗闇に浮かび出すその姿は細長い。凍りつくような寒さの中、暖房もつけず厚着だけの防寒対策で低温を凌ぐその姿は客観的には物好きにしか見えない。だが、本人は“プロ意識の塊"と自負している。
「まったく……なかなか、お目にかかれないものね」
ひとりごとが白い息に乗り、そして暗い空間のどこかに消えた。『非現実ジャーナル』のライター、花ノ宮奈津子である。このバーニング・ゼミナールに“幽霊"があらわれたと聞き、“取材"に訪れた彼女は関係者が帰ったあと毎晩、徹夜で張り込んでいたのである。
東京の出版社が発行している雑誌『非現実ジャーナル』。様々な超常現象や心霊、オカルトなどを取り上げており昨今、部数を伸ばしている。社会の歪んだ構造と病んだ精神が、そういったものを生み出す原因なのではないか?という基本スタンスを通しており、政治や時事などを同時批判する誌風で人気を博している。読者層は老若男女にわたり、幅広い。
世紀末を迎えた現在、『非現実ジャーナル』のみならず、こういったオカルト系の雑誌は、売れ行きが良い。この時期特有の退廃的ムードが世間に蔓延しているからだろう。単なるサブカルチャーであったはずの分野から成長産業へと脱皮していた。
戦後を支えた屈強な大人たちを見て育った若者たちは逆に“ユルさ"を求めるようになっていた。なにかに熱中することをダサいと考え、卑猥で野蛮かつ幼稚な歌詞をのせた音楽を支持する。ドラマの向こう側にある世界に憧れた結果、チャラくシラケた態度のほうが格好いいと思い、人々がどこか熱意と温かみを失っていた時代である。
非現実ジャーナルは、そんな風潮に乗っかった面もあった。平和と豊かさに慣れきった現代人たちは、自分以外の何者かが批判されることに刺激と痛快さを感じていたのである。テレビで大物芸能人が弱者をいじくりまわせば簡単に笑いがとれた。政治を批判するバラエティ番組の視聴率も良い。自分たちを叱りつけてきた大人と同世代の政治家たちを、有名タレントがぶった斬ると、それだけで拍手がおこる。他人の悪口は蜜の味がしたのである。
非現実ジャーナルは、昨今の人々を悩ませている“人外の存在"を呼び寄せているのも社会である、と書く。一部の利権者が生み出したいびつな構造が“負"を生み出すのだと。それは良い着眼点と言っていいだろう。そういったものにつられてやって来るのが人外である。
「どうやら、彼女の見間違いだったのかもね」
またも、奈津子のひとりごと。彼女が陣取っている場所は二階の廊下である。幽霊の発見者である事務員の裏山松子に取材したとき、遭遇した場所が、ここであると聞き出した。
「塾生の誰かが勉強によるストレスでバケモノに取り憑かれた、なんて展開だったら、うちのカラーにも合うのにね」
白い息を吐きながら奈津子。実は学生時代、170センチ超の抜群のスタイルを武器に読者モデルとして活躍していた。ボーイッシュなルックスの美人で同性からのウケが良く、ファッション誌を飾っていたのだ。
卒業後、あまたのモデル事務所からの誘いを蹴り、彼女が選んだ人生が超常の現象を取り扱う物書き業だった。根っからのオカルト好きが、そうさせたのである。現在では非現実ジャーナルの人気ライターのひとりとなっており、自身を“神霊ジャーナリスト"と称している。その文章は辛口であり、超常の現象を扱いながらも、それと絡めた政治批判や風刺も厭わない。社会を悪玉とする姿勢が読者に受けているのだ。ルポライターではなくジャーナリストと呼ばせるのも、それが理由である。
二月の深夜は大変な寒さであるが、奈津子の防寒対策は万全で、露出した顔以外、寒さは感じていない。上下共に数枚、重ね着しており、貼るカイロも貼らないカイロも複数個、身につけている。幽霊があらわなければ徒労に終わるわけだが、失敗が付き物の職業なので慣れている。神霊ジャーナリストは身の引き方も知っている。
「東京に帰って、別のネタを探すほうが現実的ね」
明日にでも帰ろうかと思っていた。前回、訪れたとき首払村での取材も失敗しているので、ここ鹿児島には、あまり良い印象がないというのもある。
凍えそうな空気が、さらに冷たさを増したのは気のせいではない。どこからともなく声がした。
『すいへいりーべぼくのふねー』
空気同様に凍えるようなその声。だが、あきらかに少女のものである。イントネーションから、そう思えた。
(来たッ……!)
奈津子は喜んだ。こういうときに怯えるようでは、“神霊ジャーナリスト"など務まらない。
廊下の向こう側にある曲がり角からやってきた白い姿は紛れもなく幽霊なのだろう。長い髪で顔が隠れているが、松子の言うとおり少女である。なぜ、そう見えるのかというと、ちいさな身にプリント柄の子供服を着ているからだ。ちなみに足はある。“歩いている"ではないか。
『あなた、なにもの?』
“彼女"が訊いてきた。子供サイズのジーンズの下にスニーカー履きである。“幽霊"の体の周囲は、ぼんやりと発光しており、暗闇の中でもよく見える。
奈津子はバッグから一眼レフを取り出すと、シャッターを切りはじめた。
(これは、特ダネだわ……!見出しは“受験戦争に疲れ自殺した少女の霊"とでも、“勉強によるストレスから出現した塾生の生き霊"とでも、なんとでも書けるわ!)
『ひとの話、きいてる?』
幽霊が言った。その口調、どこか子供っぽい。
「“人"ですって?」
と、奈津子は嘲り笑った。
「あなた、幽霊でしょ?いったい何故、化けて出たのか聞かせてほしいわね」
何度も危ない橋を渡ってきた“神霊ジャーナリスト"は強気に出た。ここで引き下がっては、良い記事は書けない。
『質問しているのは、こっちよ』
奈津子のほうに手を出しながら、幽霊は近づいてきた。
「おっと!」
だが、素早く後ずさりをしながら距離をとった。修羅場をくぐり続けた経験を活かし、不穏な空気を読める女になっていた。
「こっちは、“これ"さえ撮れればいいのよ」
奈津子は首にかけた一眼レフを手に取り、言った。
「さよなら、“幽霊"さん」
そして、彼女は振り向き、“退路"のほうへ走った。
『ばかな女……』
言って幽霊は、奈津子の背中に指先を向けた。
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