“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

文字の大きさ
101 / 146
第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第20話 久美子と早苗

しおりを挟む
 
 夜のバーニング・ゼミナール内に『非現実ジャーナル』のライター、花ノ宮奈津子を手引きした者の正体はすぐに判明した。久美子と“幽霊"の交戦について退魔連合会から報告を受けた塾長の中久保初美本人が告白したのである。悪びれた風は特にない。 


 “取材に協力することについて、天宮さんから特に反対はありませんでしたので" 


 それが初美の回答だった。たしかに久美子は反対してはいない。賛成もしていないが……


 久美子も、そして退魔連合会側も今回の件につき強く言えない理由があった。初美が退魔連合会の出資者たる“会員"であるということだ。いわば客である。 


 “出来れば、報告を頂きたかったのですが……" 


 そうとだけは言った。安全の観点から無口な久美子も黙っておくわけにはいかなかった。 


 “ごめんなさい、実は私、幽霊が出たなんて信じていなかったのよ" 


 初美は幽霊の第一発見者である事務員、裏山松子の見間違いだと思っていた、と語った。経営者である彼女は退魔連合会から発行された商品券を期限前に使い切るため、今回の調査を依頼したという。 


 超常、オカルト、心霊などを扱う人気月刊誌、非現実ジャーナル。それに対して抗議することが出来ないのが退魔連合会の立場である。元々、雑誌やテレビ、新聞などの取材に応じることで自分たちの宣伝をしている上、一部の退魔士が情報をリークしている。さらに非現実ジャーナルは、格安で誌面に退魔連合会の広告を出しているのである。利が一致する仲と言って良い。 


 今回、奈津子が幽霊の写真を撮ったことで、次号にバーニング・ゼミナールの騒動が掲載されることは間違いない。起きたことは取り消せないのだが、それが今後に与える影響がどうなるか。まだ、わからない。 










 久美子の今回の仕事が“幽霊退治"である以上、講師に化けての潜入調査は続くこととなった。初美から継続を要請されたのだ。今宵もまた、夕方からブラウス姿の久美子はバーニング・ゼミナールの教室に入り、後ろから生徒たちを見守っている。 


 衝立付きの机に座り、黙々と勉強に励む子供らの姿を眺めると、やはり塾生の誰かが正体ではないか、と思えてくる。受験社会に生きる彼らが抱えるストレス。幼いころから競争の中に放り込まれる苦痛。それが“人外の存在"を呼び出したのだと考えれば、むしろ自然なことである。本来、“人ならざるモノ"をこちら側の世界に引き込むのは、人々が内包する気が負の側面に堕ちたときだ。仕事、金、恋愛、地位、立場。様々な理由を久美子は見てきた。勉強というものも立派なストレス要因と言えよう。 


 前のほうの席で、友村早苗が東郷隼人に勉強を教えている。教室内で迷惑にならぬよう、ひそひそと小声で……


 “あたしは、将来、日本初の“女性総理大臣"になるのよ!" 


 先日、早苗が語った夢である。腐った世の中を正すため、猛勉強をしているのだと言っていた。 


(ああいう娘も、ストレスを溜め込むものなのだろうか……)


 微笑ましいはずの光景を見、久美子は思った。大きな目標を持ち、そこに向け邁進しながらも、どこかで心に闇を抱える。それもまた、ありえる話だ。外見上、前向きに振る舞っていても、裏にある心理が表と比例している確証はない。久美子自身、長年の経験からわかってはいるのだが、印象としては陽性に見える人間が負を内包する姿というものは、いまだに不自然さを感じさせることこの上ない。


 窓の外に美しい目を向けた。昼過ぎから降り出した小雨が、とうとう大雨に変わってしまった。下の道路には数台の車が並んでいる。迎えに来た保護者たちのものだろう。


 ばんっ……! 


 早苗が隼人の肩を叩いた。どうやら、答えを間違えたようである。 


(やれやれ……) 


 乱暴な教えかたに内心で苦笑した。この女の顔が笑うことなど滅多にない。 










 その後、隼人は早苗の手により教室外に引きずり出された。中で話すことが出来ないからであろう。廊下の脇に置かれた長机にかけ、マンツーマンの指導が始まった。 


「書き順が違うわよ!右は縦から、左は横線から!」 


 と、早苗。 


「ええッ……そうなの?」 


 とは、隼人。 


「水元良友って誰よ!?鎌倉幕府は“源頼朝"でしょ!!」 

「か、漢字って難しいなァ……」 

「……この答えだと、Bさんは時速300キロ超で走ったことになるわね」 

「きっとBさんは、元オリンピック陸上の金メダリストだったんだよ」 

「どこの世界にF1マシンと同じ速さで走れる陸上選手がいるのよ!!!!!」 


 “とんっ……" 


 机の上に紙パックのジュースが二本置かれた。隼人と早苗が見上げる。 


 “これでも飲んで、頭を冷やしたまえ" 


 などと、この女は言わない。無言で久美子は、ふたりのそばに立っていた。 


「わぁ!ありがとう、久美子さ……天宮先生」 


 都合よく勉強が中断してラッキーと感じたのか。わざとらしく大きな声で礼を言った後、隼人は付属のストローをパックに刺し、ちゅーちゅーと飲みはじめた。愛らしい姿である。ちなみにグレープフルーツ味。 


「……いただきます」 


 とだけ言い、早苗も紙パックを手に取った。こちらはリンゴ味である。 


「いやー、美味い美味い。勉強中のジュースは格別だねぇ」 


 頭をかきながら隼人。 


「何言ってんのよ。飲み終わったら再開するわよ」 


 と、早苗。 


「……………………………………」 


 無口な美人講師は、黙って見ている。 


「なにか?」 


 早苗が訊いた。 


「君は、勉強は好きか……?」 


 問うた。久美子が……滅多に人にものを訊かない女が。 


「好きってわけじゃないわ。しなきゃならないことだから、してるだけよ」 


 という早苗の言葉は立派なものだと思えた。子供の本分とは学ぶことではないか。そして彼女には総理大臣になるという夢がある。 


 久美子は目の前の娘に、かつての己の姿を重ねた。駆け出しだったころ、自分もひたむきに努力したものである。不器用だった少女は、いまや鹿児島を代表する若手退魔士となった。 


「なにか?」 


 じーっと見られ、早苗はもう一度訊いた。顔立ちは悪くないが、やや険がある。三つ編みにした少女だ。対し久美子は首を振った……










 九時をすぎ、塾生たちが帰りはじめた。教室を消灯し、受付を兼ねた一階の事務局に戻ると、松子がこちらを見た。ハンサム講師、元木の姿はない。


「天宮先生、電話」


 松子に愛想なく言われ、ぶっきらぼうに受話器を差し出された。久美子は受け取り、無言で耳に当てた。“はい、天宮です"などとは言わない女である。


 ──天宮さん?向です


 電話の主は少女退魔士、向遥だった。受話器のむこうにいる彼女、なぜ久美子が出たことがわかったのか?レズビアンレーダーがビビッと働いたのだろうか。


 ──“別件"なのですが、タレコミ屋からの情報です。そちらの近所で、“違法薬物"の取引が行われるそうです。


 と、遥が言った。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...