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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第20話 久美子と早苗
しおりを挟む夜のバーニング・ゼミナール内に『非現実ジャーナル』のライター、花ノ宮奈津子を手引きした者の正体はすぐに判明した。久美子と“幽霊"の交戦について退魔連合会から報告を受けた塾長の中久保初美本人が告白したのである。悪びれた風は特にない。
“取材に協力することについて、天宮さんから特に反対はありませんでしたので"
それが初美の回答だった。たしかに久美子は反対してはいない。賛成もしていないが……
久美子も、そして退魔連合会側も今回の件につき強く言えない理由があった。初美が退魔連合会の出資者たる“会員"であるということだ。いわば客である。
“出来れば、報告を頂きたかったのですが……"
そうとだけは言った。安全の観点から無口な久美子も黙っておくわけにはいかなかった。
“ごめんなさい、実は私、幽霊が出たなんて信じていなかったのよ"
初美は幽霊の第一発見者である事務員、裏山松子の見間違いだと思っていた、と語った。経営者である彼女は退魔連合会から発行された商品券を期限前に使い切るため、今回の調査を依頼したという。
超常、オカルト、心霊などを扱う人気月刊誌、非現実ジャーナル。それに対して抗議することが出来ないのが退魔連合会の立場である。元々、雑誌やテレビ、新聞などの取材に応じることで自分たちの宣伝をしている上、一部の退魔士が情報をリークしている。さらに非現実ジャーナルは、格安で誌面に退魔連合会の広告を出しているのである。利が一致する仲と言って良い。
今回、奈津子が幽霊の写真を撮ったことで、次号にバーニング・ゼミナールの騒動が掲載されることは間違いない。起きたことは取り消せないのだが、それが今後に与える影響がどうなるか。まだ、わからない。
久美子の今回の仕事が“幽霊退治"である以上、講師に化けての潜入調査は続くこととなった。初美から継続を要請されたのだ。今宵もまた、夕方からブラウス姿の久美子はバーニング・ゼミナールの教室に入り、後ろから生徒たちを見守っている。
衝立付きの机に座り、黙々と勉強に励む子供らの姿を眺めると、やはり塾生の誰かが正体ではないか、と思えてくる。受験社会に生きる彼らが抱えるストレス。幼いころから競争の中に放り込まれる苦痛。それが“人外の存在"を呼び出したのだと考えれば、むしろ自然なことである。本来、“人ならざるモノ"をこちら側の世界に引き込むのは、人々が内包する気が負の側面に堕ちたときだ。仕事、金、恋愛、地位、立場。様々な理由を久美子は見てきた。勉強というものも立派なストレス要因と言えよう。
前のほうの席で、友村早苗が東郷隼人に勉強を教えている。教室内で迷惑にならぬよう、ひそひそと小声で……
“あたしは、将来、日本初の“女性総理大臣"になるのよ!"
先日、早苗が語った夢である。腐った世の中を正すため、猛勉強をしているのだと言っていた。
(ああいう娘も、ストレスを溜め込むものなのだろうか……)
微笑ましいはずの光景を見、久美子は思った。大きな目標を持ち、そこに向け邁進しながらも、どこかで心に闇を抱える。それもまた、ありえる話だ。外見上、前向きに振る舞っていても、裏にある心理が表と比例している確証はない。久美子自身、長年の経験からわかってはいるのだが、印象としては陽性に見える人間が負を内包する姿というものは、いまだに不自然さを感じさせることこの上ない。
窓の外に美しい目を向けた。昼過ぎから降り出した小雨が、とうとう大雨に変わってしまった。下の道路には数台の車が並んでいる。迎えに来た保護者たちのものだろう。
ばんっ……!
早苗が隼人の肩を叩いた。どうやら、答えを間違えたようである。
(やれやれ……)
乱暴な教えかたに内心で苦笑した。この女の顔が笑うことなど滅多にない。
その後、隼人は早苗の手により教室外に引きずり出された。中で話すことが出来ないからであろう。廊下の脇に置かれた長机にかけ、マンツーマンの指導が始まった。
「書き順が違うわよ!右は縦から、左は横線から!」
と、早苗。
「ええッ……そうなの?」
とは、隼人。
「水元良友って誰よ!?鎌倉幕府は“源頼朝"でしょ!!」
「か、漢字って難しいなァ……」
「……この答えだと、Bさんは時速300キロ超で走ったことになるわね」
「きっとBさんは、元オリンピック陸上の金メダリストだったんだよ」
「どこの世界にF1マシンと同じ速さで走れる陸上選手がいるのよ!!!!!」
“とんっ……"
机の上に紙パックのジュースが二本置かれた。隼人と早苗が見上げる。
“これでも飲んで、頭を冷やしたまえ"
などと、この女は言わない。無言で久美子は、ふたりのそばに立っていた。
「わぁ!ありがとう、久美子さ……天宮先生」
都合よく勉強が中断してラッキーと感じたのか。わざとらしく大きな声で礼を言った後、隼人は付属のストローをパックに刺し、ちゅーちゅーと飲みはじめた。愛らしい姿である。ちなみにグレープフルーツ味。
「……いただきます」
とだけ言い、早苗も紙パックを手に取った。こちらはリンゴ味である。
「いやー、美味い美味い。勉強中のジュースは格別だねぇ」
頭をかきながら隼人。
「何言ってんのよ。飲み終わったら再開するわよ」
と、早苗。
「……………………………………」
無口な美人講師は、黙って見ている。
「なにか?」
早苗が訊いた。
「君は、勉強は好きか……?」
問うた。久美子が……滅多に人にものを訊かない女が。
「好きってわけじゃないわ。しなきゃならないことだから、してるだけよ」
という早苗の言葉は立派なものだと思えた。子供の本分とは学ぶことではないか。そして彼女には総理大臣になるという夢がある。
久美子は目の前の娘に、かつての己の姿を重ねた。駆け出しだったころ、自分もひたむきに努力したものである。不器用だった少女は、いまや鹿児島を代表する若手退魔士となった。
「なにか?」
じーっと見られ、早苗はもう一度訊いた。顔立ちは悪くないが、やや険がある。三つ編みにした少女だ。対し久美子は首を振った……
九時をすぎ、塾生たちが帰りはじめた。教室を消灯し、受付を兼ねた一階の事務局に戻ると、松子がこちらを見た。ハンサム講師、元木の姿はない。
「天宮先生、電話」
松子に愛想なく言われ、ぶっきらぼうに受話器を差し出された。久美子は受け取り、無言で耳に当てた。“はい、天宮です"などとは言わない女である。
──天宮さん?向です
電話の主は少女退魔士、向遥だった。受話器のむこうにいる彼女、なぜ久美子が出たことがわかったのか?レズビアンレーダーがビビッと働いたのだろうか。
──“別件"なのですが、タレコミ屋からの情報です。そちらの近所で、“違法薬物"の取引が行われるそうです。
と、遥が言った。
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