“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第21話 仮面の男

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 現在、“ストロング・エンジェル"という名の違法薬物が出回っている。人外の存在に憑依された者に効果があり、異形体の表面化や、それに伴う苦痛を抑え、和らげる働きを持っている。だが、副作用が強く、中毒を引きおこすため合法化されていない。依存症状による幻覚、錯乱の末、犯罪に及ぶ者が度々あらわれる。 


 退魔連合会と超常能力実行局は、現在、警察と連携して、その根絶に力を入れている。人外に取り憑かれた者に最良の効果をもたらすのは、“霊的治療"であり、それに適した施設も各地に存在している。にもかかわらず、なぜ、薬物に頼る人がいるのか。それは、ストロング・エンジェルの摂取が“快感"を伴うからである。 


 摂取直後から緩やかに始まるその快感は、徐々に激しさを増し、およそ二時間後にピークがおとずれると言われている。遊園地の乗り物に例え、“エンジェル・コースター"と呼ばれるその感覚は、エクスタシーを迎えたとき、まるで全身を愛撫されながらセックスを何度もフィニッシュするかのようなたまらないものであるという。まさに絶頂の極致を摂取者にもたらすのだ。 










 一階の廊下。隼人と早苗がそこにいた。 


「まったく……もうちょっと勉強に時間をさきなさい」 


 三メートル先行して歩く早苗が言った。 


「はい……」 


 と答える隼人。頭をかいた。 


「明日もしごくわよ」 

「お、お手柔らかに……」 

「じゃあね、さよなら」 


 手を振り早苗は先に外へ出た。土砂降りである。赤い傘をさし、こちらを見た。 


「隼人くん。人間、努力すれば、たいていのことは出来るのよ」 


 彼女のその言葉に隼人は手を振り返す。 


「気をつけてね、早苗ちゃん。バイバイ」 


 美少年のその言葉に、早苗はもう一度手を振り、雨の中に消えた。 


(そんなもんかなぁ……) 


 元々の出来の違いだと隼人は思っている。だから、いまだに疑問だ。 


 ちょうど、廊下のガラス越しに受付が見える。目を向けると、コートを手に急いで外に出る久美子の姿があった。悪天候の中、傘もささずに。 


(なんかあったのかな……?) 


 隼人は細い首を傾げた。 










 バーニング・ゼミナールからわずか三百メートルほどの所に、四階建ての市営住宅が二棟、並んでいた。そこは住宅の密集地からは五百メートルほど離れており、若干、小高い場所に位置する。すぐ裏が土手になっており、周囲に木々が多いため、非常に寂しい場所となっている。 


 複数ある部屋の窓。その一つたりとも灯りがついていない。老朽化が激しく、いずれ取り壊される予定だ。現在、人はひとりも住んでいない。不気味な廃墟である。 


 一応、街灯はまだ生きていた。かすかな光の中、二棟ある建物の外壁に、それぞれ“A"、“B"と書かれているのがわかる。それで同一番地内の住所を区別していた。郵便物を出すときは、アルファベットの下に部屋番号を書けばよいのである。もっとも、くたびれた廃住宅に、そのような物が届くことは二度とない。ほんの数年前までは賑やかで、若い所帯や一人暮らしの高齢者たちが仲良く住んでいたのである。住民の大半は、新しく出来たエレベータ付きの高層団地へ引っ越した。たくさんの子どもたちの成長も見守ってきたこの住宅も、いまや解体される日を待つだけの存在である。 


 土砂降りの敷地内に自転車置き場があった。住人がいないわけだから、当然に一台も停まってなどいない。だが、人がいた。それも二人。屋根があるので、雨はしのげるようである。片方は長身の男であり、もう片方は上等なブランド物のコートを着た女だ。


「ちょうだい……ちょうだい……」 


 その女の様子が、どうにもおかしい。地面に手をついている。土下座をして頼んでいるようにも見えるが違う。苦しんでいた。 


「はやく……ちょうだい……」 


 雨と汗に濡れた顔は悪くない。整っているほうである。荒れた肌が不摂生な生活を想像させるが、そのせいか退廃的なエロスを感じさせる女である。髪は明るい色に染めていた。


 彼女の名前は富井高子とみい たかこ。S市内のクラブに勤めるホステスである。高校卒業後、無事、就職を果たしたが、夢のないOL生活に嫌気がさし、夜の蝶へと転身を遂げた。現在、24歳。


 対する男は懐から懐中電灯を取り出し、つけた。こちらは素顔ではない。神話に登場する獣、バロンに似た仮面をつけていた。


「金は?」


 男が言った。タイトな革のパンツの下にロングブーツを履き、上半身は黒いマント姿である。背が高い。高子は震える手で財布ごと渡した。


「へへっ……」


 仮面の男は、いやらしく笑いながら中身を抜き、財布だけを投げ返した。


「“客"から貰った高ぇ財布なんだろ?返すぜ」


 そして札数を数え始めた。かなりの額である。


「ちょうだい……」


 またも高子が言った。


「いいぜ、あとで俺の“アソコ"を舐めてくれるんだろ?」


 と、男が答えた。よく見ると、革パンツの股間が膨らんできている。勃起していた。


「いいわ……」


 高子が吐いた息は熱く、そして白い。大雨でありながら、湿度など全く感じさせないほどに寒い。身を切られるのではないか、と思えるほどに。


「あたし、とっても“上手い"のよ……今まで付き合った男たちはみんな、そう言ってくれたわ。あんたも満足させたげる」


 若くして、男を三十人以上知っていた。その誰もが、鍛え抜かれた高子の口淫の絶妙さを褒め称えた。初体験は中学生のときで、場所は付き合っていた担任の部屋だった。達者な性技は、その男から学んだ逸品で、豊かな男性遍歴を誇る彼女の“財産"のようなものである。ベッドの上で、ときに主導権を握るようなセックスが大好きだ。


 次第に高子の肌が、どす黒く変質し始めた。人外に取り憑かれているのだ。地についた手がボコっと盛り上がった。血管が浮き上がり、爪が刃物のように伸び始める。


「は……早くしてッ!“アイツ"が来ないうちに……!」


 嘲笑しながら男はポケットから瓶を取り出し、中身を“一錠"、つまむと、泥人形のような色に変わり果てた高子に放り投げた。


「ああ……」


 嬉しそうに高子は、地面に落ちたそれを拾い、飲んだ。それこそが違法薬物、“ストロング・エンジェル"である。


 次第に高子の姿が元の人間に戻ってゆく。そして、それと同時に……


「はぁ、ああっ……」


 感じ始めた。これが、“エンジェル・コースター"と呼ばれる初期の段階である。エクスタシーにたどり着くまでの、この緩やかな快感もハマる理由であると中毒者たちは言う。


「はぁっ……いい、いいわ……」


 身をよじらせ、身もだえる高子。顔は悪くないだけに、その姿はエロティックである。


「ふあっ……いい、いいッ……」


 そしてスカートの中に手を入れた。なんと彼女は、仮面の男の目の前で自慰をしようとしていた。
 
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