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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第28話 ロリータボディあらわる!
しおりを挟む午後三時。昨夜、バロンとの戦闘があった無人の市営住宅に退魔士、天宮久美子の美しい姿があった。この後、バーニング・ゼミナールでの講師業をひかえた彼女の姿は、おなじみのシスタールックではない。白いブラウスの上からコートをはおっている。足下にパンプスを履いていた。一見“出来る美人OL"といった風である。
昨日、あれほどの悪天候だったなどと思えないほどに本日は快晴であった。地面はすでに乾いているが建物の影になっているあたりに水溜りが出来ている。それが、降った大雨が残した唯一の爪あと。気温は低く、湿気など感じない。南国鹿児島とはいえ、冬は寒いものである。
土砂崩れによる交通規制も明け方には解除され、久美子は朝、車で奈美坂精神病院まで隼人を送っていった。その後、自身が所属する退魔連合会鹿児島支部S市出張所にて戦闘報告をおこない、午前中は“通常勤務"をこなした。その後、“ある目的"を持って、ここに来たのである。
車の音がした。道路から敷地内に入って来た中型セダンには「薩国警備」のロゴマークが打たれている。元々、駐車場だった場所に停まった。“先客"である久美子の青い4WDスポーツの横だ。
なんと、運転席から可愛らしい小学生の女の子が降りてきた。いや、違う。子供に見えるが実は大人の女である。ぱっつん前髪のロングヘアは後ろで結んでいる。警備員の格好をしているが、あやしいコスプレにしか見えない。
「薩国警備の倉敏子です」
ロリータ警備員が名乗った。対する久美子が頭を下げた。無口な彼女は声を発しないため、失礼にあたりそうなものだが、その仕草が深々と長いため、悪気がないのはわかる。
退魔連合会とは違い、世間には非公表の組織である超常能力実行局。当然、そこに所属する超常能力者。つまり、EXPERたちは社会の闇に生きる存在である。そんな彼らは民間の警備会社の一員として振る舞うことで俗世とのつながりを維持している。そういった事情を知り、友好、協力関係にある退魔士に対しても、表向き“薩国警備"と名乗ることが多い。今の敏子がそうである。
ふたりは初対面ではない。昨年、人気アマチュアゴルファー、林原緑の調査に出向いていた敏子は、宿泊していた大隅半島O町の温泉旅館で、その場にいた東郷隼人、河野和美共々、久美子と出会った。そこの温泉は美容効果満点であり、外見に気を遣う久美子は月に一、二度通っている。世間的には“女を捨てた"ことになっているため、名目上は“湯治"であった。久美子から“風を操る人外"の攻略法を授けられた敏子らは、見事、二足歩行の“巨大扇風機"に勝利し、大隅半島の平和を守ったのだ。
「では、始めます……」
敏子が言い、久美子は頷いた。これから“調査"が始まるのだ。
「間違いありません」
敷地内の、ちょうど中心あたりで、敏子は大きな目を開けた。立って眠っていたわけではない。精神を集中するために、視界を遮断していたのだ。
「“B型"の超常能力を使用した痕跡は感じます。ですが、その一種類のみです」
ぱっつん前髪の下にあるロリータフェイスが言った。背が低いだけでなく、ものすごい童顔の敏子。平日、街を歩けば、必ず警察官や歩道員に声をかけられる。“君ィ、学校はどうしたのかね?"と。
だが、そんな彼女も超常能力を持つ立派なEXPERなのだ。それは“S型"に分類されるもので、“気を見る能力"と呼ばれる。超常能力発動に伴い放出され、大気中に残留している“気"を感知することができるのだ。
「バロンが、いわゆる“デュアル"ではないということは、以前から言われていました。彼が発揮したという“水"を発生させる能力は、W型の超常能力とは異なるものです」
と、敏子。違法薬物、ストロング・エンジェルの売人であるバロンとEXPERたちとの戦闘は過去に数度、行われていた。退魔連合会同様、超常能力実行局にも対違法薬物取引掃討班が設けられており、両者は連携して根絶に力を注いでいる。バロンがデュアルである可能性が低いことは久美子も聞き知っていた。敏子らS型の超常能力者による調査が進んでいたためである。つまり、ヤツは障壁展開能力を発揮する“B型"ではあるが、水を生み出し操る能力を持つ“W型"ではないということだ。
その身に複数の超常能力を宿す者、デュアルとは俗称である。異能学上の正式名称は“多重変異型気力者"。極めて珍しい存在であり、田舎であるここ鹿児島での目撃例は大変に少ない。パリに本部がある国際異能連盟の発表によると、世界規模での実数もわずかであるという。歴史的に有名な異能者にもほとんどいない。そこを考慮すれば、むしろ疑ってかかるほうが確実なくらいである。
今回、超常能力実行局鹿児島支局に調査を依頼したのは久美子である。現在、彼女が携わっている“仕事"はバーニング・ゼミナールに出現した“幽霊"への対処である。対違法薬物取引掃討班のメンバーではない久美子はなぜ、売人であるバロンの調査を行うのか?
「……ありがとうございました」
重く、そして美しい唇を開き、礼を言った。無口であっても、礼儀はわきまえている。久美子は姿勢をただし、頭を下げた。
「い、いいえ……」
敏子のほうも頭を下げかえす。小柄なロリータボディは目線も腰も低い。
「あ、あの……天宮さん……?」
おそるおそる、伺う敏子。
「あたしたち、同い年だよね。敬語使うの、やめませんか?」
目の前に立つ美しい退魔士を見上げ、敏子が言った。以前、アドバイスをもらったときから仲が良くなれると信じていた。自身が子供っぽいせいか、圧倒的な美貌に対する憧れもある。
“なんて、綺麗な人なんだろう……"
大隅半島の温泉旅館でシスター姿の久美子を見たとき、心の底からそう思った。無口で無愛想であっても、根は優しい女だと感じたものである。
“こくり……"
頷いた。嗚呼……久美子は頷いてくれたのだ。言ってよかった。実は、断られるのではないか、という不安もロリータボディの心の片隅にあったのだ。
「ありがとう……!」
敏子は笑顔で礼を言った。若いふたりは、未来の鹿児島の異能業界を背負って立つ存在だ。そんな彼女らに、“繋がり"が生まれた。
「敏子さん!」
声がした。そちらに目を向けると、美しい少女、いや、少年が立っていた。
「隼人くん!?」
と、敏子。手を振りながら走る隼人が、こちらに近づいてきた。
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