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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第39話 性癖
しおりを挟む「ああ、ああ……」
久美子を引っ叩いた芳恵は動揺の色を見せた。見ず知らずの人に暴力をふるったのである。相手の美女の頬が、みるみると赤く腫れ上がっていく。
雨の中、芳恵は走り去った。手放した傘を拾うこともなく。人気のない濡れた路地に久美子はひとり、取り残された。
(私は……)
頬に感じる痛みなど、今の彼女にとって、たいした問題ではなかった。
(私は、目の前の人ひとり、救うこともできないのか……)
その代わり、心に感じる痛みのほうが問題だった。若手退魔士としての名声を得ても、自分が実現出来ることなど数少ないと知った。人が聞けば、“思い上がり"と批判するかもしれない。だが、外野の他人とは意識差がある。彼女は、関わった身である。
久美子はバロンが持つもうひとつの能力。つまり、水を放出し、相手を攻撃する異能力は、幽霊の仕業ではないか、と疑っていた。対違法薬物取引掃討班のメンバーではない彼女がバロンを追う理由である。幽霊が神霊ジャーナリスト、花ノ宮奈津子に対し発揮しようとした力と、バロンが久美子に向けた力には共通の現象が見られた。大気中が渦を巻くのである。いや、共通というより同じ能力に思えた。戦闘時、幽霊がバロンに取り憑いていたことも考えられる。
バーニング・ゼミナールにあらわれた“幽霊"の正体が早苗であるとしたら、バロンに加担していることとなる。そして、彼女は元木のことが好きなのだろう。金も貢いでいる。
元木とバロン。背格好も声も似ている。久美子が駆けつけた違法薬物の取引現場はバーニング・ゼミナールの近くである。二日後、久美子の肩に手を回した元木は負傷していた。そこは、隼人が攻撃した箇所だった。偶然と片付けるほうが不自然である。いくつかの事柄が、ぼんやりとではあるが、繋がってきた。
そして、久美子が見た元木の“裏の顔"。女たちを騙し、金を調達していた。動機はわからないが、人間性には陰の部分があった。早苗からもせびっていたことを考えれば、彼には幽霊に取り憑かれている自覚がないのかもしれない。だが、そこは、どうでも良いことだった。
(バロン……)
久美子は傘を持たない方の手を握りしめた。
(貴様の正体が元木であってほしいと、今ほど神に願ったことはないぞ……)
早苗の“恋心"を利用しているのだとすれば、元木の行為は許せるものではない。ヤツがバロンならば、“戦う理由"がある。そして、久美子の怒りは、芳恵と会ったことで増幅された。間接的には、母親である彼女も被害者といえる。
一日中、鹿児島県民を悩ませた雨も夜にはあがった。天文館から数十キロ離れた、ここS市も同様に。マンションに帰りついた久美子は部屋着に着替え、ソファーに座っていた。読んでいるのは、先日、届いた従兄からの手紙であった。
最近の久美子は、部屋で暇なとき、この手紙を眺めていることが多い。達筆な楷書を読むと、従兄のことを思い出せるからだ。
「兄さん……」
そして、それに話しかける久美子。こんな無口な女でも、誰かに声を聞いてほしいと思うものなのだろうか。一人暮らしの寂しさを感じるものなのだろうか。いや、退屈なだけなのかもしれない。
「兄さんは、“幽霊"なんて信じる?」
仕事を離れれば、口調は女に戻る。久美子は訊いてみたが、当然、返事などない。
古代より続いてきた人間と人外の戦い。歴史的な文献に記されているとおり、大昔の異能者たちは強力な呪法や魔術を用い、それらを撃退してきた。現在は、久美子ら退魔士や、河野和美、倉敏子のようなEXPERが対処することが多いが、警察や自衛隊との連携もすすんでいる。状況によっては“物理的な攻撃手段"も充分に有効打となり得るからだ。
人外の存在が元々住まう“世界"とは?これは諸説入り乱れているが、いまだ推測の範囲を出ていない。もちろん、人外の口から語られることはあるが、一貫性がないのである。ある者は果てしない荒野が続く砂漠のような世界であり、また、ある者はクリスタルで出来た世界であると言う。機械文明が発達した世の中だと語る者までいる。おそらく、ひとつではないのだろうというのが、現代の定説である。
それら複数の異世界の中に、幽霊が住まう場所もあるのかもしれない。それは、この世で成仏出来なかった者がゆく所なのかもしれないが、案外、“成仏した者"が集う場所、という可能性もある。早苗も、そこから来たのかもしれない。久美子は、いろいろと思案をめぐらせてみるが、埒が明かない。次第に眠くなってきた。
“お願い、神様……私の鼓動を、止めてください"
それは、先日見た夢の続きであった。昔、久美子の家を訪れた従兄とは、夜、いっしょに寝ていたものである。大学生と小学生。“まちがい"など起こるはずがない、という周りの大人の認識が間違いだったのだ。久美子の美貌は、幼くして既に、妖しく花開いていたのである。
従兄の手は、そんな久美子のパジャマの下に滑り込んでいた。キャミソールタイプの下着ごしに、まだ膨らんでいない胸を触られているではないか。激しく動く心臓が落ち着かなければ、起きていることがバレてしまう。だから、神に祈ったのだ。
今、背後から太腿に押し付けられている硬くて熱い物、それが勃起した一物であることはわかっていた。従兄は久美子の下着をかぶりながら自慰をしていた。それを目撃したとき、男性器がたくましくそそり立つことを知った。今、それが自分の身体に触れている。
“お願い、神様……"
幼い久美子は、もう一度祈った。だが、鼓動は止みそうにない。小さな胸を愛撫する手をはねのけたら、従兄は二度と来てくれなくなるだろう。だから彼女は抵抗しなかった。
だが、本当にそれだけか?真の自分は、この状況を喜んではいないか?揉まれている胸の奥底には、“いやらしい私"が住んでいるのではないか?だから逆らわないのではないか?
事実、身体をまさぐられているその感触は嫌いではなかった。いきり立つ股間を密着させる従兄の体温は暖かい。
のち、大人になった久美子は、男どもにいやらしい目で見られることが大好きな女になる。そういった性癖は、この時期に育まれたものかもしれない。
“ハァ、ハァ……"
従兄の鼻息が荒くなる。やがて、彼の手は下着の裾から入って来た。
(……!)
身を固くする久美子。彼は直に、少女の胸を触ろうとしていた。
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