134 / 146
第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第53話 幽霊の正体
しおりを挟む久美子は教室の壁にかけてあったロングコートを手に取り、素早く羽織った。テストの実施日である明日に“なにか"があると思っていたが違った。“今日"だったのだ。
(甘かった……)
死人のように意識を失っている子どもたちを見て、久美子は悔いた。退魔連合会の退魔士たちの応援を予定していたが、それは明日のことだった。例え、異変に気づいた夜勤の退魔士たちが駆けつけてくれるとしても、到着は遅れる。それまでは、自分が踏ん張らなければならない。“ヤツ"は、そこまで計算していたのか。
教室を飛び出した久美子は他の部屋を見渡した。通常、ガラス窓から中の様子が見えるはずである。だが、今、そのガラス窓はどす黒く曇っており、中が見えない。
(隼人君は……?)
心配になり、ひとつの教室のドアを開けようとした。だが、びくともしない。
(信じるしかあるまい……いや、彼ならば……)
大丈夫だ……なぜ、そう思ったのか?かつて首払村で、化け物に取り憑かれた自分を助けてくれた少年である。今は信用したかった。
急ぎ階段を駆け降り、一階の事務局へと向かった。ここの光景も同様であった。数人いる従業員は皆、意識を失って倒れている。塾長の中久保初美もその中にいた。元木の姿はない。
久美子は初美に近づくと、状態を確認した。息はある。他の従業員たちも生きてはいるようだ。だが、このままでは危険である。濃厚化した負の気は、人体の健康を損なう。
外に繋がっている入り口のドアに手をかけた。ここも開かない。鍵はかかっていないにもかかわらず。“なんらかの力"が働いているのだと想像するのは容易い。試しに久美子は、壁に立てかけてあったパイプ椅子を持ち、ガラス窓に投げつけてみた。
すると、奇ッ怪な現象がおきた。当たる直前、窓がバチッという音をたて、火花をあげたのだ。投げたパイプ椅子は跳ね返り、床に落ちた。
(どうやら、建物内に閉じ込められたらしい……)
久美子は、着ているロングコートの懐あたりを確認した。
「まいったなぁ……」
ドアが開かないことを確認した隼人が、ぼそりと言った。久美子が監督していた教室とは別の部屋にいる彼もまた、なんらかの力により閉じ込められていた。室内の子供たちは皆、意識を失って倒れている。久美子がいた部屋と同様に。
異能者……つまり、超常能力者である隼人と宗教的能力者である久美子は、持っている“気の力"が通常人に比べると強いため、負の気が凄まじく蔓延している環境下でも意識を保つことができるのだ。そのため、今のところは無事だった。もっとも、あまり長く晒されていると、体力は消耗していくので、なんとかしなければならない状況ではある。
「どっかに、逃げ道はないものか……」
と、隼人。11歳にして何度も修羅場をくぐってきたせいか、やけに冷静なものである。しかし、困り果てているのも事実だった。
暗闇の中で、死人のようになっている同年代の子供たちを見回してみた。ある者は机に突っ伏し、また、ある者は床に倒れている。皆、息はあるようだが、このままでは良くないことになる。
(“応援"が駆けつけるまで、どれくらいかかるかな……?)
隼人は考えてみた。このバーニング・ゼミナールが薩国警備……超常能力実行局とセキュリティ契約を結んでいることは知っている。壁に取り付けられた防犯カメラに彼は気づいていたからだ。それをリアルタイムでチェックしている薩国警備は異常を感知しているはずである。その薩国警備から退魔連合会へ知らせがいっているだろう。異能業界に君臨する両者は有効な関係にある。
(問題は、入れるかどうかだな……)
そこが、最大の危惧だった。今現在、隼人は何らかの力で教室内に閉じ込められているが、当然、建物の出入口も“封鎖"されている可能性が高い。退魔士連中が駆けつけたはいいが、中に入れないというのでは困る。
「うーん……」
隼人は頭をかきながら、室内をぐるりと見渡した。抜けられそうな場所はない。ガラス窓は、どす黒く染まっており、廊下が見えない。それも、"なんらかの力"なのだろう。
暗い二階の廊下には、月明かりと街灯の光が薄く差し込んでいる。地面を擦りそうなほどに長いロングコートを着た久美子は、そこを歩いていた。
「来たか……」
声をかけられた。ここは場所としては、建物の最端にあたる。壁を背にして、長身の男が立っていた。仮面の男、バロンである。因縁の再会といえよう。
「貴様の仕業か……?」
久美子は言った。高く澄んだ声は顔同様に美しいが、今は怒りにも満ちていた。子供たちに危害を加えた者に対する怒りだ。
「ああ、そうだよ」
と、バロン。そして、彼の傍らには見知った女が寄り添うように立っている。バーニング・ゼミナールの事務員、裏山松子だった。
「俺の仕業、というより、“俺たち"の仕業だがね」
バロンは笑い、隣に立つ松子の肩を抱いた。
「フフッ、バロン……殺っちゃってよ。わたし、この女のこと嫌いだわ」
言って松子は、バロンが履いている革パンの上から股間をまさぐった。普段は地味な女だが、今は艶のある表情をしている。まるで別人に見えるほどに。
「わたしの言うとおりにしてくれたら、また、昨夜みたいに口でイカせて、飲んであげる……好きよ、バロン……」
「へへへ……たまらないねェ」
バロンは勃っていた。絶倫を誇る男性器が盛り上がっている。
「目的は……?」
と訊く久美子の顔は嫌悪に満ちている。
「ほう、言えば許してくれるのかい?」
バロンは答えた。仮面の奥で、まだ笑っているように見える。
「金だよ……」
彼は親指と人差し指で輪ッかを作り、言った。
「金がありゃあ、なんでも出来るからな」
バロンの、その台詞を聞き、久美子は疑問を持った。
「貴様が作った、この“状況"が金を生み出すというのか?」
だから、そう訊いた。元木が養護施設“やさしさハウス"に対し金銭を援助していることを彼女は知らない。いや、例え知っていたとしても許すことはないだろう。違法薬物、ストロング・エンジェルを売りさばくバロンの姿を見た。女たちをだまし、金をまきあげる元木の姿を見た。幼い早苗からもである。理由があったとしても、結果的に悪業に手を染める者にかける情けを持たない。久美子とは、そういう女である。
「死にゆく者に、真相を知る必要性はねぇよ……」
バロンは二本の得物を抜いた。右手に大ナイフ。左手に小ナイフである。
「わたしも、手伝ってあげるわ。この女のこと、ズタズタにしてやりたいもの……」
そう言った松子が光に包まれると、次第に、その体が縮んでいった。
『ひとよひとよにひとみごろー、ひとなみにおごれやー』
なんと、“少女の声"になった。劇的に変化した容貌。子供服を着た幼い姿……長い髪に隠れた顔……ぼんやりと発光した体……初対面の相手ではない。
『ころしてあげるわ、今日が、再戦の日……』
彼女は、そう言った。久美子が追っていた幽霊の正体は、松子だったのである。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
合成師
あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる