教えて、先生

くろ

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 解いたばかりの解答用紙をじーっと見つめて、先生が頭を抱えている。
「お前にこんなにも馬鹿の才能があったなんて…」
「すげぇ悪口言うじゃん」
「いいや、こういう馬鹿はむしろ育てがいがある」
 面と向かって失礼な奴。正直すぎていっそ清々しいし俺も気を遣わないで済む。
「先生ってなんで勉強すんの」
「決まってる。楽しいからだよ」






 ***





 勉強が楽しいだなんて思った事もない。いつだって授業は退屈で、文章を読むだけで眠気が襲ってくる。
 先生が言う「楽しい」は俺の思うものとは全く別のものなんだろう。
「例えばダンスで難しい振りがあったとする。お前は練習して出来るようになったときどう思う?」
「嬉しい。達成感?みたいの」
「俺は勉強でその達成感を味わう。わからないことがあると徹底的に知りたくなるしわかった瞬間にテンションがぶちあがる。勉強は仕方なしにやるもんじゃなくて、楽しんでやるもんなんだよ」
「…へぇ」
 実際、先生の教え方はわかりやすくて楽しかった。ゲームのルールで例えてくれたり、思わずへぇと言ってしまうような雑学を混ぜてくれたり。少しずつ上がっていくテストの点数も俺の意欲を倍増させた。まだわからないことの方が多いけれど、わからないで諦める前にわかろうとする努力が出来るようになってきた。
「先生、ここ教えて」
「…千明、最近楽しそうだな」
「まぁ前より苦手意識はなくなってきたかもな」
「よし、じゃあ先生が何かご褒美をあげよう」
 勉強の時間が終わる頃、先生が人差し指をあげながら言ってきた。
 もうすぐテストがあって、目標点数を上回ることが出来れば何でも欲しいものをくれるらしい。ラーメンでも漫画でも、と先生が言う。先生の先生らしくない、近所のお兄ちゃんっぽい距離感もラクでいい。外ヅラは良くてもこうして二人きりのときは俺に合わせて砕けた話し方してくれるし、多分こっちが普段の先生って感じがして、俺は先生の秘密を共有してるようで毎週のこの時間を段々と楽しむようになっている。そんな先生がくれるご褒美、何がいいかなと考えてふと思い立つ。それは下心など全くない、純粋な興味とお願いだった。
「……それなら、先生にしか頼めないことある」
「へぇー、なに?」
「キスマーク、つけてほしい」
「……………は?」
 ダンススクールに通う仲間に彼女が出来た。浮かれて周りに言いふらしていたタイミングで、どうやらここに通う知り合いの中で彼女がいないのは俺だけだって発覚した。からかわれるのが嫌で、咄嗟に「彼女くらいいる!」と大嘘をかましてしまった俺は、疑ってくるみんなに証拠を見せると言い張って引くに引けなくなってしまった。
「…お前って、ほんと馬鹿だよね」
「うるせーな」
「まぁ、いいよ」
「まじか!」
 そう約束をして数週間、見事に目標を越えた俺は、先生によってベッドに押し倒されている。
 先生は完全に楽しんでいるようで、整った顔をわざとらしく更に整えて俺の髪を優しく撫でている。
「こ、ここまで頼んでねぇよ」
「やっぱり臨場感って大事かなって思って」
「はなせ、って」
「で?どこに付けたらいいの?」
 ぷち、とシャツのボタンをひとつずつ外しながら先生が聞く。全部のボタンを外したあと、腹筋を指でなぞった。喉の奥に空気が入り込んで、ひゅっと鳴った。脇腹、へその周り、胸、首筋。少しずつ上にあがってくる指の動きが、じっとりしつこく丁寧で優しく、だけどどこか俺の身体を楽しんでいるようにリズムを刻んで、先生の指が通ったとこだけ跡が残ってしまいそうに熱かった。
「どこでもいいから、早く」
「……煽んなよ」
 顔に先生の黒髪が当たって、鎖骨あたりにキスされたことに気が付いた。じんわり血が集まるような感覚があって、キスマークってこうやって付けるんだって初めて知った。先生は鎖骨についた跡を確認して満足そうにニヤリと笑う。目が合って、ありがとうって言おうとしたけれど、また視界から先生が消えてしまった。
「せっかくだから何個か付けよ」
「あっ、もういいって、せんせ」
「目立つ方がいいだろ」
 そう言って先生は、胸や腹、首やうなじのあたりまで唇を移動させて跡を残していった。終わった頃にはふたりとも息が上がっていて、先生の赤い唇がキラキラと濡れていたから俺はそこから目が離せなくなってしまった。伏し目になった長い睫毛も一息ついて髪をかきあげる仕草も、先生の全部が妖艶に見えてしまい、ばれないようにコクリと唾を飲み込んだ。
 身体を起こされて丁寧にシャツのボタンを付け直してもらっている間も、全身の血が猛スピードで巡っているような感覚で心臓がうるさいくらいドクドクと鳴っている。最後に俺の頭をポンと撫でて、指で前髪を分けた先生はそのままおでこにキスをした。
「おつかれ」
「……どーも」
 上半身の色んなところにキスされたけど、おでこにしてくれた最後のキスだけは特別な感じがして、何をしてもどうしても忘れられなくて、今度のテストの点数次第でまた強請ってしまうかもしれないと、静かに微笑む先生を見ながら小さく震えた。
先生は何事もなかったかのように机の前に戻り、俺を椅子に座るよう促した。ぎこちなく移動すると、先生が意地悪く笑った。
「意識しすぎ。頼んだのお前だろ」
「うるせぇ!そうだけど…こういうの初めてだったし」
「ほぉ、童貞か」
「っ、!……ていうか恋とかよくわかんねーし」
「なら、俺が教えてやろうか?」
「…………へ?」
先生はさっきよりも大きく笑い、「ばーか冗談だよ」と頭をもみくちゃにした。ぐしゃぐしゃになった頭をテキトーに撫でつけながら先生を睨む。気分良さそうなのがムカつく。ニヤニヤしててウザい。余裕そうでイライラする。
俺が先生の心を乱してやりたい。
勉強モードに入るために取り出した眼鏡を奪い取り、服を引っ張って顔を近付けた。至近距離で見る先生は改めて心臓が飛び出てこないか心配になるほどキレイな顔してる。手を強く握りしめながら負けるもんかとおでこにおでこをくっつけた。
「次は、唇にお願いしようかな」
「………満点取ったらな」
勉強よりも先生に勝つ方法が知りたい。どこまでも余裕をかましてる先生に舌打ちをして机に向かった。



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