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第五十一話 現状確認をしています。

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 傍目には、夜の公園でイチャつくバカップルみたいな俺達だが、

「この先どうすればいいか……という、民を導く黒神子様とは思えない、耳を疑う様なご質問でしたか?」
「だから言い方!」

 話の内容は、しっぽり感パッサパサの糖度ゼロである。

「それならご心配には及びません。この先の予定はきっちり詰まっています」
「……ほぇ?」
「まずは一週間後に、国王主催の大晩餐会が執り行われます。諸外国や民衆へ黒神子様の復帰を知らしめることが目的です。いま巷(ちまた)では、あの日一度しかお姿を見せなかったあなたを巡り、様々な憶測が飛び交っています。偽物説や、外国誘拐説、国王陰謀論など、静まる気配が全くありません。王のみならず大神殿の沽券にも関わりますので、ここは本物の【神の御使い】の名に恥じぬよう、上品に美しく着飾り、最大限の猫を被って御対応願います」
「……なにそれ、全然聞いてない」
「言ってません」

 しれっと答えた男の顔を、今すぐ噴水の底へ沈めてやりたい。

「翌日には大神殿のバルコニーから、民衆に手を振っていただきます」
「ちょっと待て」
「はい?」
「俺は二年前に神殿の役目を放り出し、婚約者の王子まで捨てて失踪したワケあり神子だぞ? どのツラ下げて戻ってきたって、みんなからヤジや石つぶて投げられたり……」

 想像するだけで身体がぶるりと震えてしまい、情けなくもすがるような眼差しで、オスカーを見つめてしまう。
 そんな不安を優しく包み込むように、大きな手のひらが、俺の片手にそっと重ねられてきた。あたたかい。

「……カルス様、相変わらずトンチンカンな脳ですね」
「誰がトンチンカンじゃいっ!」
「いいですか? その二年前のあなたの行動によって、王の求心力は急速に失われたのです。あの頃は、王が好き勝手に神子を政治利用していましたから。幼い神子と自分の息子を強引に婚約させたり、懇意の権力者から優先的に治療をさせ、ついには伝染病はびこる死地へと、まだ未成年だったあなたを大した調査もせずに派遣したりと、まるで使い捨ての駒のような扱いをしていたのです。そんな折のあなたの失踪でしたから、王の傲慢さがとうとう神の怒りに触れたと信徒たちには映ったようです。それこそ、この二年で何回も王都で暴動があったのですよ?」
「……ぼ、暴動……」

 俺が田舎に引きこもっていた間に、そんな【ベル〇イユのばら】みたいな展開になっていたとはっ!

「そしてその矛先は、神殿の最長老である大司教へも向けられました。色と富に溺れて王と結託していた事実が次々と露呈したのです。神殿内部からも厳しい改革が求められ、司教で聖騎士の資格を持つ俺に、弾劾者としての白羽の矢が立ちました」

 それでこの間対面した時、大司教が抜け殻に成り果てていたのか。
 オスカーのことだから、改革という名の大鉈を振るったのだろう。

「大司教はクビになるの?」
「なりますよ。あなたのお披露目の翌日には、新しい大司教が誕生予定です。就任の儀にももちろん参加していただきます」
「まさか……大司教って、おまえ?」
「まさか。次の大司教は話の分かる素直な御老人ですよ」

 フッと微笑んだ顔が空恐ろしい。
 こいつ裏で牛耳る気満々じゃねえか。

「他に知っておきたい事はありますか?」
「ええ…っと。第一王子のことなんだけど」
「……」

 そんなことには答えたくないと、オスカーの顔に書いてある。
 あの王子とはよっぽど相性が悪いんだな。

「婚約破棄で恥をかかせちゃったかなって。立場が悪くなったり……」
「あなたに心配されていると知ったら、あの男は大喜びでしょうね。口説かれて、もうほだされましたか?」
「嫌味はいいから教えろって」
「元々、あなたと王子との婚約は、王が強引に決めたものです。父親に振り回された王子には、同情する声がほとんどですよ。婚約した当時、あなたは十歳で、王子は二十歳でした。恋愛が絡んでいないのは一目瞭然でしたからね。元の鞘(さや)に戻っただけです」
「でも変な本が都で出回ってたって噂が……」
「変な?」
「俺と王子の悲恋物語? すごい流行ったって」
「その本は、ねつ造を理由に禁書となり、作者は神への冒涜と王族への不敬罪で厳しく罰せられました」

 大ブームって聞いてたけど違ったんだ。
 田舎の噂ってのはあてにならねえな。
 ん? ってことは……。

「ならアレは? 俺が天へ帰ったって王が公布したって話。そっちもデマ?」
「それは事実ですね」
「事実なんかいっ!」

 あのクソじじいっ!
 てめえも、ねつ造してんじゃねえか!

「待ってくれ。まさかそのおとぎ話な設定に、俺ものっからねえと駄目なのか?」
「いいえ。周囲へは、すでに神殿から【ありのまま】を伝えてあります」
「……ちなみに、どんな?」
「あなたは幼い頃から大神殿に入り、ろくに世間を知らないままの箱入り状態でした。そんなご自分の在り方に常々疑問を感じ、甘んじてはならないと一念発起され、危険を顧みず、単身で王都から辺境の村へと下られたのです。そして二年もの間、身分を隠しながら甲斐甲斐しく老夫婦の世話を焼き、クワを握り汗水流して畑を耕し、彼らの暮らしぶりを肌で感じることで、多くの知識と慈悲の心を深めることが出来ました。そんなあなたを、大神殿も陰ながら見守り続けていたと……いかがです?」
「モノは言いようだな」
「あの公布については、あなたの意向を尊重し、諸外国や民衆の目をそらす目的があったと、王は主張しています。いかにも後出しな弁解ですが、当時の大司教も賛同した公布ですから、大神殿としても、掘り起こさずに黙認する方向です」
「……そっか」

 狸ジジイどもが口裏合わせて、火消しに必死なんだろう。
 火元は俺だけど。

「カルス様」
「ん?」

 ふいに呼ばれて顔を向ければ、すぐ目の前には水色の瞳……。

 あれ?
 なんで俺、キスされてんの?
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