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風紀委員長様は菓子をねだる(風紀委員会室編)
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相手の驚きっぷりに、こちらの方が驚かされる。
家同士の確執に興味はないが、家族から何も知らされていない俺は、それはそれで可哀想じゃないか? 学園どころか、家庭でまで珍獣扱いされているのか? ……少し傷ついたぞ。
「……では、あなたのお兄様が、如月会長を敵視していたことも?」
「へえ」
「それだけかいっ!」
「いつになく突っ込みが冴えわたっているな、瑞貴」
「あなたのおかげですよ。……はあああ、眩暈がしてきた」
「そんな疲れた身体には甘いもの……」
「あげません。お菓子は明日までお預けです」
おかしいな……。
俺が飼い主のはずなのに、いつのまにか立場が逆転している。
「……事情はよくわからないが、如月と仲良くすれば、俺が親父や兄さんから叱責される可能性があるということか?」
「そういうことです」
「そのくらい別に構わないが」
「……は?」
瑞貴が目を瞠る。
「この二年間、あの人たちとは絶縁状態だったんだぞ? むしろ如月との方が、よほど会話らしい会話をしていたくらいだ。家族とはいえ、ろくな説明もせずに、横から口を挟まれる筋合いはない」
「私の口から、詳しい経緯をご説明することはできますが」
「自らすすんで火に飛び込むつもりもない」
「……」
「この話は終わりだ」
「わかりました」
今度は素直に瑞貴は頷いてくれた。
「……ああ、ひとつ聞き忘れていた」
自分のデスクに戻ろうとする背中を、軽く呼び止める。
「おまえに連絡してきたのは、親父だけか?」
「……っ!」
「違うようだな」
明らかに泳いだ瑞貴の目が、すべてを物語っていた。
「……あ……玲一様……」
「兄さんも懲りない人だ。まだおまえにチョッカイをかけていたとは」
俺の機嫌を察知して、彼の顔色がみるみる青褪めていく。
相当怖がらせているようだ。我ながら酷薄な笑みを浮かべている自覚はある。
「あの人からどんな要求をされた? 包み隠さず話せ」
「……外で会えないかと何度かメールが……もちろんその都度お断りしています」
「瑞貴は優しいな。いちいち相手をしてくれていたのか」
「……黙っていて申し訳ありません。断れば済むことですし、お忙しいなか、ご心配をおかけしたくなくて」
「穏便に断るという行為そのものが、あの人とおまえの縁をいつまでも繋いでいる。いいか瑞貴……おまえが藤堂家に恩義や負い目を感じる必要はもうないんだ。生活費や学費のことを気にしているのか? 親父が支払うのは当然の義務だと思うが、それを重荷に感じるのなら俺が出してもいいぞ。どちらにせよ、それは親父と俺との問題であって、兄や母は一切関わっていない。俺に何かあったときは、親父ではなく、俺の祖父母を頼ればいい。俺の最愛の家族だと話も通してある」
「……玲一様」
「おまえの飼い主は、兄ではなく俺だろう? ネコはもっと身勝手にふるまっていいんだ。もっとねだれ。甘えろ。撫でさせろ。俺の知らないところで、勝手にひとりで抱え込むな。それで毛並みが悪くなってはたまらん」
「……どういう理屈ですか。あなたはまったくもう……」
瑞貴の顔に笑みが戻った。
よしよし。
「さて、話も終わったことだし、仕事でもするか」
「なに堂々と冷蔵庫へ向かおうとしてるんですか。菓子は明日までお預けだと言ったでしょう?」
「どうしてもか?」
「…………一個だけですよ。まったく」
やはりウチのネコは、めちゃくちゃ可愛い。
「ああ、そういえば……玲一様、ひとつ誤解のないように言っておきます。私が生徒会の役員に厳しいのは、藤堂家とは一切関係ありません。単に昔から相性が悪かっただけです。あの無節操で甘ったれたお坊ちゃん連中に、私の玲一様が関わるだなんて吐き気がします。転校生にかまけて仕事を放棄する奴らですよ。頭がお花畑の大馬鹿野郎どもですよ。愚の骨頂でしょうが。あーもう大っ嫌いなんですよね、そういう無責任な奴ら。如月会長は仕事はできても、下半身があの調子ですし、性格も俺様で、中等部の頃に私は何度面倒な仕事を押し付けられたか、思い出すたびにハラワタが煮えくり返って、後ろから鈍器で殴りたくなります。しかも玲一様に触手伸ばしてきやがって、やはり生徒会はろくでもない奴らだと再認識しました」
「……」
「お菓子ご用意しますね。お茶も温かいものを入れ直してきます」
にっこりと笑みを浮かべて、瑞貴は給湯室へと消えていった。
如月と屋上で話した内容は、いまは言わない方がいいだろう。
話すタイミングを誤れば、飼い主といえどもガップリと噛まれる可能性はある。
あのネコはいじらしいが、少々気性が荒い。
でもまた、そこが可愛いのだ。
家同士の確執に興味はないが、家族から何も知らされていない俺は、それはそれで可哀想じゃないか? 学園どころか、家庭でまで珍獣扱いされているのか? ……少し傷ついたぞ。
「……では、あなたのお兄様が、如月会長を敵視していたことも?」
「へえ」
「それだけかいっ!」
「いつになく突っ込みが冴えわたっているな、瑞貴」
「あなたのおかげですよ。……はあああ、眩暈がしてきた」
「そんな疲れた身体には甘いもの……」
「あげません。お菓子は明日までお預けです」
おかしいな……。
俺が飼い主のはずなのに、いつのまにか立場が逆転している。
「……事情はよくわからないが、如月と仲良くすれば、俺が親父や兄さんから叱責される可能性があるということか?」
「そういうことです」
「そのくらい別に構わないが」
「……は?」
瑞貴が目を瞠る。
「この二年間、あの人たちとは絶縁状態だったんだぞ? むしろ如月との方が、よほど会話らしい会話をしていたくらいだ。家族とはいえ、ろくな説明もせずに、横から口を挟まれる筋合いはない」
「私の口から、詳しい経緯をご説明することはできますが」
「自らすすんで火に飛び込むつもりもない」
「……」
「この話は終わりだ」
「わかりました」
今度は素直に瑞貴は頷いてくれた。
「……ああ、ひとつ聞き忘れていた」
自分のデスクに戻ろうとする背中を、軽く呼び止める。
「おまえに連絡してきたのは、親父だけか?」
「……っ!」
「違うようだな」
明らかに泳いだ瑞貴の目が、すべてを物語っていた。
「……あ……玲一様……」
「兄さんも懲りない人だ。まだおまえにチョッカイをかけていたとは」
俺の機嫌を察知して、彼の顔色がみるみる青褪めていく。
相当怖がらせているようだ。我ながら酷薄な笑みを浮かべている自覚はある。
「あの人からどんな要求をされた? 包み隠さず話せ」
「……外で会えないかと何度かメールが……もちろんその都度お断りしています」
「瑞貴は優しいな。いちいち相手をしてくれていたのか」
「……黙っていて申し訳ありません。断れば済むことですし、お忙しいなか、ご心配をおかけしたくなくて」
「穏便に断るという行為そのものが、あの人とおまえの縁をいつまでも繋いでいる。いいか瑞貴……おまえが藤堂家に恩義や負い目を感じる必要はもうないんだ。生活費や学費のことを気にしているのか? 親父が支払うのは当然の義務だと思うが、それを重荷に感じるのなら俺が出してもいいぞ。どちらにせよ、それは親父と俺との問題であって、兄や母は一切関わっていない。俺に何かあったときは、親父ではなく、俺の祖父母を頼ればいい。俺の最愛の家族だと話も通してある」
「……玲一様」
「おまえの飼い主は、兄ではなく俺だろう? ネコはもっと身勝手にふるまっていいんだ。もっとねだれ。甘えろ。撫でさせろ。俺の知らないところで、勝手にひとりで抱え込むな。それで毛並みが悪くなってはたまらん」
「……どういう理屈ですか。あなたはまったくもう……」
瑞貴の顔に笑みが戻った。
よしよし。
「さて、話も終わったことだし、仕事でもするか」
「なに堂々と冷蔵庫へ向かおうとしてるんですか。菓子は明日までお預けだと言ったでしょう?」
「どうしてもか?」
「…………一個だけですよ。まったく」
やはりウチのネコは、めちゃくちゃ可愛い。
「ああ、そういえば……玲一様、ひとつ誤解のないように言っておきます。私が生徒会の役員に厳しいのは、藤堂家とは一切関係ありません。単に昔から相性が悪かっただけです。あの無節操で甘ったれたお坊ちゃん連中に、私の玲一様が関わるだなんて吐き気がします。転校生にかまけて仕事を放棄する奴らですよ。頭がお花畑の大馬鹿野郎どもですよ。愚の骨頂でしょうが。あーもう大っ嫌いなんですよね、そういう無責任な奴ら。如月会長は仕事はできても、下半身があの調子ですし、性格も俺様で、中等部の頃に私は何度面倒な仕事を押し付けられたか、思い出すたびにハラワタが煮えくり返って、後ろから鈍器で殴りたくなります。しかも玲一様に触手伸ばしてきやがって、やはり生徒会はろくでもない奴らだと再認識しました」
「……」
「お菓子ご用意しますね。お茶も温かいものを入れ直してきます」
にっこりと笑みを浮かべて、瑞貴は給湯室へと消えていった。
如月と屋上で話した内容は、いまは言わない方がいいだろう。
話すタイミングを誤れば、飼い主といえどもガップリと噛まれる可能性はある。
あのネコはいじらしいが、少々気性が荒い。
でもまた、そこが可愛いのだ。
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