眠らない夜は甘いささやき~物語紡ぎの令嬢は王弟殿下に奏でられる~

藤瀬こぐれ

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第1話 夢への誘いと招待状

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 未来のあの方へと声を届ける。
 今度は、愛する男性への想いを奏でていく。

「わたくしミルフィレナ・ロサシューは、シュトクラウセ・クーヘンハウム様の妻となります。あなた様を生涯愛すると誓います。殿下──お慕いしております」

 声音や息遣いはどれも全てあの方の耳に触れる。
 記録されない表情もシュトクラウセに伝わってしまうのだ。
 王弟殿下に嫁ぐ日まで後わずか。
 胸の高鳴りは募るばかりだ。すこし恥ずかしさもあったがミルフィレナは愛の天使様の『叔父様へのお祝い』に心を込める。

 今宵も月が美しく、あの方がこんなにも恋しい。






◇◇◇

 ──ミルフィレナの恋のはじまりは、2年前のこと。

◇◇◇


 本の形をした箱の中には柔らかな黄色の宝珠が収められていた。
 淡くて小さな宝石。
 ミルフィレナはそっとつまんで頭上にかざした。

「これが、わたくしの声を──?」

 週1回屋敷を訪れる元家庭教師の先生からの頼まれごとは、ミルフィレナの声を分けてほしいというものだった。
 この小さな球体は音声記録装置といい、子供へ向けた読み聞かせを保存したいのだそうだ。
 戸惑うミルフィレナに父ガレントル・ロサシュー伯爵が1粒分けて置かれていた乳白色を手に取った。

「まずは試しに聞いてみないかい?」
「本当にここから音が出るのですか……?」
「物は試しですよ、鳴らしてみましょう! ミルフィレナさんは伯爵の口元の動きを確認していてくださいね」
「はい──っ」

 真鍮製の装飾が施された台座の上に置かれる小さなお月様。砂糖がたっぷり入ったミルクのような光を放ち、どこからともなく伯爵の威厳めかした穏やかな声がする。

『ミルフィー、私もマレーヌも君を見守っているよ』
「まあ、お父様の声が! 口を動かしていないのにどうして……?」
「驚くのも無理はない。私もランシャークがとうとう外国にかぶれておかしくなってしまったのかと思ったからね」
「酷いですねえ。まあ、我が国の技術では作れませんよね」
「魔法のようなものなのでしょうか? 不思議です……」

 伯爵とは気の置けない友人であり、ミルフィレナの遠い従兄でもあるランシャーク・アラクレンは眼鏡の奥の目を期待で輝かせる。

「興味を持っていただけましたか?」
「えぇ──」

 今年で20になるミルフィレナは屋敷にこもりがちだった。
 毎週顔を見せてくれるランシャークとのお茶の時間に顔の広い彼から外の世界を知る。
 今日のお土産の『贈り物の準備』になぜ自分が選ばれたのか分からなかったが、彼はすっかりミルフィレナの声を記録させるつもりだ。

「わたくしがご協力するのは構わないのですが、理由をお聞かせ願えますか?」
「そんなの、ミルフィレナさんの声が綺麗だからですよ!」
「ありがとうございます──でも、声を届けるのは小さな女の子なのですよね? 見知った方の方がよろしいのでは? ご両親や側仕えなどの……」
「いいや。君の声を聞かせる相手は聞き慣れている声色だと苦しまれてしまうのだ」
「苦しむ……? お立場は伏せたまま、事情を話していただけませんか?」

 幼子の身分は聞いてはならないのだと判断して父に尋ねた。
 ガレントルは沈痛な面持ちになり、振り払い、ミルフィレナを見つめる。

「その方はじきにお姉様になるのだ。お母上がご懐妊されてからというもの、深く気負われてしまっている。ミルフィレナにも覚えがあるだろう?」
「喜びと期待と、心配と、心苦しさ……その方は不安な日々を送られているのですね」
「優秀で誇り高い御方です。もう自分はお姉様になるのだから甘えてはいけないと思っておられていて……。お父上様もお母上様も、従者も皆、お腹の子を守ってあげてほしいのだそうです。──1度乳母が物語を聞かせたら自分のことはいいと泣いてしまわれたそうです。まだ甘えたい盛りだというのに」

 ランシャークの生徒でもある女の子の現状に胸を痛めた。
 11才年の離れた弟ができると知った時の葛藤が呼び覚まされる。苦い記憶だ。
 5才の少女の気持ちはいかばかりだろう。

「日に日にお顔の色が悪くなっているようです。よく眠れていないのでしょう」
「それでこの装置を見つけていらっしゃったのですね。とてもお辛い状況でも、その方は気丈に振る舞われている。でも孤独は心身を蝕みます──ご自身を責めてしまわれるなら尚更」

 立派な姉上になりたかった幼き日の自分と重ね合わせ、ミルフィレナは決意する。
 ほんのささやかでも慰めになれるなら力になりたい。

「先生、その方がお好きな本はございますか? フィーのために集めていましたが、やはりお気に入りがよろしいかと──先生?」
「いやあ、その、活発なお子様でして。最近の好みを聞いたら冒険活劇でした」
「あぁ……、お眠りになる前だと興奮してしまうかもしれませんね」
「ナフィレーンも君が『おしまい』と言ったあとも違う話をせがんでいたね。緊張や高揚感があるものは寝入りには向かないのだろう」
「そうですね、心が穏やかになって、温かい気持ちで眠りにつけるような──」

 大人になってしまったミルフィレアが小さな子にこれという物を選ぶのはやや難しい。
 少女時代を振り返り、唇が弧を描く。

「『ザサラの星々』──」
「ああ! いいね」
「ザサラというと、あの、砂漠に囲まれた国ですか?」
「えぇ、ザサラ国に古くから伝わる星座の物語です。わたくし達が知っている伝承とはまた違って面白いのですよ。親子やきょうだい、恋人、動物との話もあります。本を取って参りますね」

 一礼して書斎に向かう。
 この部屋には収まりきらずにもう1室設えたが、やはり『ザサラの星々』は以前と同じ場所に並んでいる。
 子供の背丈でも取れる段から藍色の本を抜いた。

「スー、あなたにもよく読んでもらったわね。覚えている?」
「ええ! 坊っちゃまがお生まれになる頃に毎晩のようにお聞かせしましたね」

 乳姉妹であり子供の時から仕えてくれている侍女のスーンは、大切に本を抱えるミルフィレナに満面の笑みを浮かべている。自慢したい時の癖が表れていた。

「どうしたの?」
「お嬢様の声の魅力に気づくとは、アラクレン様、見る目がありますね!」
「それを言うなら聞く耳かしら。わたくしの声は他の方にどんな風に聞えているのか、自分ではよく分からないけど……高め、でもないわよね。あなたはどう思う?」
「癒やしの音色です! 甘くて澄んでいるのに柔らかさもあって、絹のように艷やかでもあるのですよ。お子様から殿方まで夢中になるお声です!」
「そうなの。ありがとう、いつも褒めてくれて」
「ちゃんと伝わっていませんね? とーっても素敵なお声なんですよ!」

 嫁ぎ先には必ずついていくと常々訴える侍女が口にした単語は軽く流した。
 恋なんて、するつもりはないのだ。

 応接室に戻るとティーカップは片付けられており、ガレントルが挙げた候補が紙の上に踊っていた。

「お待たせいたしました。あら、もう選ばれているのですね?」
「まずは1つ、今夜にでも届けられればと思ってね」
「ザサラの伝承はこの国とは全く違うんですね。大鷲が双頭の蛇になるとは──」
「繋ぎ方が違うと別の姿に見えてくるのは不思議ですよね。お父様、候補を拝見してもよろしいですか?」
「あぁ。君やナフィーが好きだった星座を選んでみたんだが──絞るのが難しい」

 1つ1つは短い逸話だが60編もあり、好みを探りながら選別するのも一仕事だ。読み聞かせとなると寝入るまで話を膨らませていく創意工夫も必要になる。
 前書きに当たる部分を開き、ミルフィレナは2人が読みやすいように向きを変えた。
 小さな女の子の枕元で語り掛けるように暗誦してみせる。

「──この後に『光る星を繋げて、あなたには何を描きますか?』というように問うてから、ザサラの星座の成り立ちを語るのもいいかもしれません」
「いや、慎重になるよりミルフィーが好きな話をするのが1番だろうな。君のお気に入りを紹介するのが喜ばれるだろう」
「私も同意見です。ミルフィレナさんがお好きな話はどれですか?」
「大瓶座の、仔熊と仔猫の──こちらです」

 ミルフィレナの声が不快だと『ザサラの星々』への好感も持てないかもしれない。
 躊躇いは隠したつもりでいたが2人は短い唱えに納得する点があったのか後押ししてくれた。
 紙をめくるランシャークは星々の連なりに添えられた大きめな文字で綴られるお伽話を追っていく。
 膝の上で手を握っていたミルフィレナだが、思わず、というような笑い声に胸を撫で下ろした。

「いいですね、おいしいミルクスープだ。是非これにしましょう。早速お願いしてもいいですか?」
「ええ。どのように準備をしたら?」
「聞く時と同じく、台座に置くだけでいいんですよ。ここに載せている間は音が宝石に入ります。色味が変わったらお願いしますね」
「畏まりました」
「おいおい、練習しなくていいのかい? 先に書き記しておいた方が」
「何ごとも挑戦してみませんと!」

 心配性のガレントルだが、ランシャークが宝珠を置いてしまったので口を噤んだ。
 台の中央に金の輪が配され、淡く発光しはじめる。
 ミルフィレナ・ロサシューは、不安も沢山あるけれど家族を思いやる優しい女の子を、そっと包み込むように言葉と思いを紡いでいく。

「あなたはザサラの星々の物語を知っていますか? 月の女神フォスフィローネが見守る夜空では、今夜も美しく星達が輝いています。北から数えて、1つ、2つ、3つ。あの大きな星から繋いで、1つ、2つ、3つ。今夜は大瓶座、お友達の仔熊と仔猫が2人で一緒にお料理を作るお話を致しましょう」






 情景を思い描きながら会話劇を創り上げ、最後に「おしまい」と締め括る。
 半透明だった宝石はまろやかな光に変わっていた。ここにミルフィレナの物語がしまわれたのだ。
 丁寧に持ち上げて転がっていかないようにレースのハンカチに置く。

「先生、眠ってしまわれましたね」
「起こすのも可哀相だが、持っていってもらわねばならないからなあ」

 そう言ってガレントルは安らかな寝息を立てている友人の肩を叩いた。
 幸せそうに口元を緩めていたランシャークはハッと飛び起き、ロサシュー父娘に照れくさそうに笑い返して深々と頭を下げると、本を閉じて帰っていった。

◇◇◇

 それから、1日も経たない内のこと。
 ミルフィレナが詩集を読んでいると部屋のドアがノックされた。

「ミルフィー、今いいかしら」
「お母様。どうされました?」
「あなたへのお手紙を届けにきたの」
「お母様手ずから? どなたでしょう──」

 上質な封筒を受け取り裏返す。
 流暢だが子供の字で書かれた差出人の名前に息を呑む。
 立ち尽くしてばかりではいられないのでマレーヌを室内へと招いたが、緊張で自分の鼓動に襲われてしまう。
 母は恐れる指で便箋を広げる娘を愛おしそうに見つめていた。
 強張っていた体は次第に弛緩していき、丁寧にしたためられたサインに胸がいっぱいになる。
 送り主はルイシェード・モープレチェ・クーヘンハウム──この国の王女殿下であらせられる。

「殿下は、なんと?」
「直接お礼を伝えたい、と──殿下御自らお茶会のご準備をしてくださるそうです」

 喜びに染まった合歓の花のように睫毛を伏せたミルフィレナに、マレーヌは愉快を覚えたようだった。

「ミルフィーのそんな顔久しぶりに見たわ。恋文より情熱的なのね」
「とても喜んでくださったようです……高貴な身分の方だとは思っておりましたが、王女殿下だったなんて。夢のようなお話です」
「目が覚めて1番にあなたに会いたいと仰ってくださったそうよ。光栄ね」
「ええ──」

 ガレントルが早くに出掛けていったのは幼い王女殿下の願いを叶えるためだったのだ。
 喜びに満ちた筆致はミルフィレナへの感謝に溢れ、当日は王弟殿下が護衛につくので『気軽に来てちょうだいね』と添えられている。
 アプトゥーデ国の王女殿下と王弟殿下とのお茶会への招待はあまりにも恐れ多かったが、内々にこじんまりとした会であるのは2人の身分の高さゆえだろう。

「早駆けの伝令が旦那様がお帰りになられる前に来たの。王弟殿下のご都合を聞く前のご招待だったのね、オムラと2人で驚いてしまったわ」
「また腰を痛めないといいのだけれど……。王女殿下は聡明な方だと聞き及んでいましたが、闊達でかわいらしい御方なのですね」

 高齢の執事は馬を走らせた御仁に目を白黒させたことだろう。
 シュトクラウセ・クーヘンハウム殿下。
 公爵の地位にもあり国政に携わる方だが、当日は『王女の護衛兼お目付役』として横にいるだけらしい。記された会場と日時から変更の旨了承されたし、とのことで期日と会場は未定。
 ルイシェード殿下の提案に周囲の大人達は大慌て。
 あちらもこちらも大急ぎで調整に駆られて──幼い王女様とてんてこ舞いな大人達を想像して笑みが漏れる。

「お母様。訪問着を作らせてくださいな」
「ええ! 衣装のことはお義姉様が詳しいから、人気の仕立職人を紹介してもらいましょうね!」
「あっ……伯母様の推薦ですか──」

 目の高い侯爵夫人が勧めるなら間違いはないが、長年馴染みの仕立て屋に頼んでばかりいたので一気に緊張してしまう。

「王族の方々のお目に触れるのですものね。失礼のない装束で参りませんと……」
「ミルフィレナ、あなたがそんな顔をしたら殿下がお気に病んでしまうわ。ミルフィーを招待してくださったのはあなたに喜んでもらいたいからでしょう」
「そうですよね──わたくしも、楽しみに待ちたいと思います。殿下はどんな方なのでしょうか。活発だと先生が仰っていましたから、太陽のような魅力をお持ちなのでしょう」
「恋する乙女みたいね、ミルフィー。お隣にいらっしゃる殿方ともお話するのよ」
「えっ、ええ……わたくし、上手く会話ができますでしょうか………」
「大丈夫よ。シュトクラウセ殿下は叔父様としてご同席されるのだから」
「それなら、ええ──お会いできる日が待ち遠しいです」

 このお茶会は小さな女の子のための小さな催し。
 ミルフィレナもペンを執ってお返事を書いた。
『心より楽しみにしております』と、1つ、2つ、3つ──輝く星々の物語と共に贈った。
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