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アレックス・カーン
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しおりを挟む「にいさま、あんまり楽しくない?」
ローレンスが不安そうに下から覗いていた。
アレックスは我に帰った。
「いや、あんまりたくさんの車両があるものだから覚えきれないかもと呆然としていただけだよ。ローレンスは違いが分るんだろう?俺にはどれも同じに見える」
暗い過去を思い出していたなどと、弟に告げるつもりはなかった。これからは楽しい思い出だけあれば良い。
「この車両の違いはローレンス博士に解説してもらわないといけないな」
弟には人の顔色を伺う人間になって欲しくない。自由にのびのびと育って欲しい。アレックスはローレンスのダークブロンドの細い髪を梳いた。
人は好きなものに対しては時間と熱量を傾け夢中になる。瞳が輝き笑顔になる。ローレンスは本当に列車が好きなのだなと思った。そして驚いたことにジョセフもまた同じくらいかそれ以上の情熱を列車に注いでいたのだなと知った。
周りにいる人のことを知らなかった。
距離をとって知ろうとしていなかった事に気がつく。
年末で人の少ない博物館の中で二人は夢中になり、一人は微笑みながらその後を追った。
「優しくて格好良いお兄さんと一緒でいいわねぇ」
と館員が言った時、アレックスは「あ」と思った。漆黒の髪の自分より、ダークブロンドのジョセフの方が何より楽しげな姿は二人の方が本当の兄弟のように見えた。
ローレンスは走って戻ってくると、ひしとアレックスの手を握る。
ジョセフは残念そうに苦笑していた。
「ローレンス、お腹は空いてないか?」
「にいさまがお腹がすいていたら、僕もすいてるかもしれない」
10歳の子供はこんな話し方をするのだろうか?ほとんど子供と話す機会のないアレックスには分からない。時計を見れば昼をとうに過ぎて14時だった。
「どこかで何か食べようか」
今度はジョセフが「あ」と声を上げた。
「すまん、アレックス…。ゴードンの事を忘れてた。もしかしたらホテルで待っているかもしれない」
「え?」
ゴードンがホテルでじっと待っているようには思えないが、もし待っているとすると申し訳ない事をしてしまった。
「いや、もう、ここは開き直ってここで喰っていこうぜ。ここ、食堂車で出しているのと同じメニューを出してくれるんだ」
ローレンスの顔が食堂車という言葉に反応してぱっと輝く。
もう決まったも同然だった。
三人はビーフシチューセットを頼み、ローレンスが嬉しそうに食べるのを見守った。
それから帰りには土産を置いてある小部屋でローレンスが欲しそうにしていた本を買い、ゴードンは喜ばないだろうと思いながら使い勝手の良さそうなシルバーのキーチェーンを買った。1つでも良かったのだが、なんだか物欲しそうに見つめる目があったからだ。今日の記念でもないが、たまにはこういう揃いの物を持つものも良いだろうと結局全部で4つ買った。
ジョセフもなんだか大きな包みを持っている。
ホテルに帰ると、なんとゴードンは部屋にいた。
「俺のこと忘れて遊びに行くなんておまえらひどすぎる」
と泣き真似をした。18の大柄な男が泣き真似をしても誰の心にも響かないのだが、ゴードンに初めて会うローレンスだけが申し訳無さそうにしゅんと俯いた。
「罰として明日は丸一日遊戯場で遊んでゲームをして、菓子を食べて、パレード見て、夜には花火を見て、腹が破れるくらいご馳走をたべることに決定だ!アレックスと弟君には衣装を着てもらうし、ジョセフには恥ずかしい格好をしてもらう。以上!意義は認めない!」
ゴードンは分かりやすいご立腹のふりをしていたが、アレックスに素早く昨日はすまなかったと囁いた。俺もすまなかった、アレックスは囁き返す。
それだけで二人のわだかまりは無くなったように見えた。
これが今日のお土産、とゴードンの手にシルバーのキーチェーンを乗せる。
ゴードンは意外にも嬉しげに微笑んだが、ジョセフがにやにやと顔の前に同じ物をかざすのを見て肉厚の唇を突き出した。
「俺だけの土産じゃないのか」
ゴードンは全くこういう物に興味がないと思っていたアレックスは、ラウンジで買ったペンを二本その手に乗せた。ジョセフの分が少なくなるが、革のカードケースがあるからいいだろう。
次から何か買う時はは3、4つ買うようにしようとアレックスは思った。
ジョセフが机の上で大きな包みを開けるとローレンスがうわぁと歓声を上げた。
列車と駅舎のジオラマだった。小さな人や豆粒のような犬の模型まで付いている。
「ジョーセーフ、そんなの寮の部屋に置けないだろう、どうするんだ」
「だってさぁ、これ小さい頃からずっと欲しかったんだよ。最後の一点て言われてさぁ。これローレンスの部屋で預かってよ」
ローレンスが僕の部屋?とぱちぱちと瞬きをする。
アレックスん家で預かってもらえれば壊れることも盗まれることもないと思うんだよねーとずうずうしく言う男の顔を見てアレックスは苦笑した。
ジョセフという奴はどうしてこんなにローレンスを喜ばせることが上手いのだろう。
「ローレンスの部屋と聞いて、ゴードンに頼みがあるんだが…」
模型に目を奪われている弟を前に座らせてアレックスは自分の計画を話した。
「前に寮を出て複数で住宅を借りる話をしたことがあっただろう?どこか良いところがないかと思って。できれば小学校に近い所か馬車で遠くない場所を探して貰えないか?」
ゴードンは二秒ほど押し黙ったが、分かったと返事をした。そして年明けは忙しくなるかもしれないが年末はしっかり遊ぼうぜと模型に見惚れたままのローレンスの頭を撫で回した。
思い返して見れば実家での食卓は豪華だが冷たい食卓だった。
母が死んだ後は無言の食卓だった。
ナタリーとローレンスが加わって穏やかな食卓になり、ナタリーの死後はまたそれぞれが寮に行き静かな食卓になった。
士官学校の食卓は騒々しかった。
今目の前の食卓は賑やかで、笑い声と笑顔に満ちていた。
今日から続くこの後の日もずっと、弟には今日のような日々を送らせたいとアレックスは思った。
翌朝豪華な朝食の後に渡された物を見て、アレックスは首を傾げた。
「なぁ、ゴードン。これをどうするつもりだ」
白い外套は豪華な飾りがついて、見ようによっては雪の女王か花嫁のドレスのようだった。羽根飾りまである。
「勿論お前が着るのさ」
ゴードンはというと髑髏の飾りのついた黒い三角帽を被り、着崩した海賊船の船長の装いだった。なかなか様になっている。
「俺は白は似合わないんだが…」
「弟君が天使なんだから、兄貴も天使でないと」
ローレンスは裾がふんわりと広がったスカートのような白い外套で背中には純白の羽飾り。頭には白い可憐な花飾りと金色の細い輪っかが乗っていた。
「にいさまも着て」
弟にせがまれれば着ないわけにはいかない。アレックスは渋々貸し出された衣装に袖を通した。
「似合うじゃないか」
「すごく綺麗」
褒められて素直に喜べる質ではないアレックスは頭をかいた。
「…俺だけなんだか違わないか?」
一人ジョセフだけがピンクの毛皮の着ぐるみだった。頭は被っていないがピンクの兎の耳を頭につけている。首には赤い蝶ネクタイ。
「仕方ないだろう、ジョセフは腕が太すぎて他の衣装が入りそうになかったんだから」
ゴードンはニヤニヤが止まらない。
「ジョセフも可愛いよ」
「いや、可愛いと言われてもなぁ…嬉しくないよローレンス…海賊に攫われた天使とペットの兎の御一行か…。どういう組み合わせなんだか…」
ホテルのロビーに降りると、客の多くが仮装していた。大人も子供も妖精やら悪魔やら吸血鬼に魔女と好き勝手な格好をしている。
アレックスは生まれてこの方仮装などしたことがなかった。もちろんローレンスにさせた事もない。物珍しげにそして楽しそうに周りを見ている弟の姿を見ていると、一年に一度くらい羽目を外しても良いかと思えた。
「ホテルの泊り客で遊戯場へ行く者は、仮装すると色々おまけしてもらえるのさ。一日遊び回ろうぜ」
海賊に手を引かれて、派手に飾り付けられた座車に乗る。向かいには白黒の猫の仮装をした兄弟や、狼と赤い頭巾を被った少女の親子連れ、最初のうちこそ皆照れ臭そうにしていたが、遊戯場へ着いてしまえば、歓迎の花火や頭上から降る紙吹雪、ふわりと浮く風船を渡され、子供には菓子が配られる。
きゃぁきゃあと笑い声と歓声が響き、隣の人にキスをしてとおかしな歌が流れる。
名前もわからない魔女が海賊に、海賊は天使に、天使は天使を抱え上げてキスし、抱えられた天使は手を伸ばしてピンクの兎に、兎は大きな狼に、狼は赤頭巾にとキスがバトンのように渡されて、笑い声が後を追う。
ローレンスは渡された真っ赤な風船と袋菓子に満面の笑顔を浮かべている。
仮装のままゴードンはダーツゲームで景品をもらい、ジョセフは射的で白い猫のぬいぐるみを取った。
アレックスはカードゲームで小さな箱を貰った。中身は玩具の指輪だった。蛍光塗料が塗ってある星型の部分が夜光るらしい。そんなつまらない玩具でもローレンスは欲しがり、渡すとすぐに指にはめていた。
「これでにいさまと結婚したことになる?」
小さな左手の薬指に星型の玩具の指輪をはめて、ローレンスはクスクス笑う。花のような笑顔。
花火の下で弾ける声。
にいさま、見て、一緒に乗りたい、半分こしよう、笑ったり拗ねたり、走り出したり、いろんな表情の弟の姿を見る。
ニ年間戸籍上の兄弟であったときよりも多く色々な表情を浮かべる弟の姿を見て、アレックスは胸が詰まった。
一日で二年分、あるいはそれ以上に笑っているのではないだろうか。逆に云えばニ年間弟から笑顔や喜びを奪っていたのではないだろうかと苦しくなった。
寮生活で離れて暮らしても、もっとやりようがあったはずだ。会いに行ったり、手紙を書いたり、何かを贈ったり出来たはずだ。
目を背けて何もしてこなかった。
小さな弟に何もしてこなかった。
弟がこんなに笑うなんて知らなかった。
「ゴードン」
呼び止めた海賊姿の男は、髑髏の飾りと目つきの悪さや皮肉げな口元の形で悪相がいっそう強調されて見えた。
悪党にしか見えなかった。
またあのおかしな歌が流れ始めた。隣の人にキスをして。誰が歌っているのか調子っ外れの音痴と言ってもいいような賑やかで騒々しい音楽。
アレックスはゴードンの頬に軽くキスをした。
「ありがとうゴードン」
連れてきてくれてありがとう。弟と俺を連れて来てくれてありがとう。
ゴードンは伝説のメデューサの眼を見たかのように固まった。
「あ、ア、アレックス!?」
今までの悪ぶった素振りが全てお芝居だったかのような慌てた照れた顔を見て、ああ、これがゴードンの制御できていない素の顔かとアレックスは納得する。
大人びて見えても誰にでも子供のような部分がある。
少なくとも今日この場所で夢のような時間が終わるまでは、天使のように無邪気で素直になって良いのかもしれない。飛びついて来た小さな天使の顔にキスの雨を降らせ、笑って見ていたピンクの大柄な兎を捕まえて額にキスをした。
音楽はまだ流れている。
寒さも感じないほどに抱きしめられたり、抱きしめてキスをする。笑って相手をくすぐる。金色の雪のように紙吹雪が撒き散らされ、色とりどりの風船が空に上がって行く。
誰が誰の頬に口付けたか、誰が誰の唇を見つめていたのかもう分からなかった。
今日のことは歳をとってもきっと忘れないだろうとアレックスは思った。
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