もどらぬもの

小目出鯛太郎

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アレックス・カーン

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 いつまでもこんな日々が続けば良いと思っていた。おそらくその場にいた誰もが思っているはずだった。


 はにかみやで甘えん坊な弟と、陽気で気の良い親友と、皮肉屋で隠れた優しさを持っている友が、いつまでも笑って楽しいパレードを見て、好きな物を分け合って、夜空の花火を見つめて。
 明日に何の不安もなく、これからも弟の手を引いて歩いて行くのだとアレックスは思っていた。



 アレックスの幸せは、全く思いもしない形で崩れた。

 ジョセフの軍への入隊の道が閉ざされた。
 本人には何の問題もなかった。成績は優秀で体格も実技にも優れ素行にも問題がない。彼を捨てた親の犯罪歴と三代遡った先の移民記録によってジョセフは希望を失った。父親が強盗として収監されていること、亡くなった祖父が現在レベリオの潜在敵国として認定され外交状況が大きく変化していた事が理由だった。
 卒業を前に学内で起きた暴力事件を理由にジョセフは放校処分を受けた。喧嘩を仕掛けた側が一切処分されなかったために一騒動起きたが、進学や士官を目前に控えて騒動はすぐに鎮静化してしまった。
 アレックスは何故と問うことも出来ない学校や国の在り方に失望した。


 自棄になりかけたアレックスをいさめたのは、意外にもゴードンだった。
「一人溺れたからと云ってお前も溺れるつもりか」

 ゴードンのその言い方にアレックスは少なからず怒りを覚えたが、続く言葉に自分の荒れ様を改めた。

「…高みから手を伸ばせ、お前ならできる」

 その時ジョセフの悲運を嘆き、身を案じていたのはアレックスだけではなかった。



 士官学校では授業料は無料、衣食住は提供され、僅かではあるが給与も支払われる。普通の学生ではなく国家に仕える士官の見習いとして扱われるからだ。貧しい家庭から親に捨てられ孤児院育ちだったジョセフは学業が優秀だったために奨学金も得ていた。だが放校されれば、その全てを失ってしまう。
 ゴードンは父親の力を使ってジョセフの安否を確認していた。しかしそれをアレックスには知らせなかった。


 ゴードンは欲しいものがあった。
 ジョセフが自然に座っていた場所だ。アレックスの親友の位置。

 ゴードンもおそらく友達の一人ぐらいには認識されていただろうが、二人の間の親密さには遠く及ばないと自身も感じていた。アレックスに信頼され、頼られたかった。ジョセフに向けているような親密さ、義理の弟に向けている無償の愛情のようなものが欲しかった。
 自分の想いを隠すために常に一歩引いて、斜めになった角度で接しながら、その目はアレックスを見ていた。
 ゴードンはアレックスの眼差し一つ、言葉一つで一喜一憂するような関係でいたくはなかったのだ。

 アレックスは気づけなかった。
 社交的な性格ではなかったし、人付き合いが苦手でともすれば孤立しそうなアレックスと周囲の緩衝材、橋渡し役だったジョセフがいなくなったことでアレックスは人の想いや考えには鈍感だった。
 そのアレックスの一種傲慢とも言える鈍感さと無関心にゴードンは耐えた。
 ゴードンが耐えていることにさえアレックスは気がつかなかった。
 
 ただゴードンも欲しいもの以外には冷酷になれた。戦争で巨額の富を得た父の有り余る財と、情報でアレックスを囲う箱庭を作り上げた。
 アレックスが弟と住みたいという、理想的な場所を借り上げる。
 弟と離れて住まなくても良いように王宮警護の士官口を囁く。例え戦争が起きたとしても前線に出ることもない。家柄も血筋も学業の面においても落ちる理由が見当たらなかった。ゴードンは家柄血筋の点では劣るが抜け目なく推薦状を取り付ける。
 ただ側にいたいがために。

 ジョセフに会いたいだろうアレックスの耳には、もし何かあったら弟の進路が絶たれると囁く。
 アレックスに会いたいという素振りも見せぬジョセフには、アレックスはそこにいると日取りと場所を教えながら敵性国家の属性を持ったお前がアレックスに近づくと彼の将来はどうなると囁く。


 ゴードンは二人を会わせないことに熱を向ける。

 アレックスは気づかないままだった。



 アレックスの日常はまたしても崩れた。
これもまた誰も予測だにしていなかった。ゴードンに不幸が訪れた。

 王宮警護兵が当たり前のように受ける強化兵適合手術で、ゴードンは不適合体となった。
 アレックスには何の問題も起きなかった。
 手術を受けることで薬物の継続使用をすることなく体力、知覚などが増強される手術で体に異常をきたした。通常任務が履行不可能になる生体上腕の欠損だった。軍用の義手を身体が受け入れられなかったためにゴードンは除隊し、家業を継ぐことになった。千人のうち2%が発症する副作用のうち最も重い状態だった。
 
 ゴードンは日常生活は送れる。

 だがもうアレックスの隣を制服を着て歩くことも、憎まれ口を叩きながら肘打ちすることも、疲れた身体を互いに支え合うことも出来ない。

 王宮の敷地には一般人は入れない。
 


 




 アレックスは気づけば一人だった。心を許せる相手がいなかった。

 アレックスが自分では意識していなかった孤独は、弟を可愛がることで満たされていた。純粋に自分を慕ってくれる、血の繋がらない弟。今は書類上でさえ家族ではないから、ただお互いが兄弟だと思いあっているだけの危うい関係だった。

 ローレンスはまだ十代で、背も高くなく家に戻りさえすれば腕のなかに収めておくことができる。
 
 頬にキスをすれば、照れ臭そうに伸び上がってキスを返してくれる。

 いずれローレンスに中学、高校と広い世界が開かれたら、ここから飛び立って行ってしまうのだろう…。
 そのうち膝の上に乗せることも、雷が怖いからとベッドに入って来るのを抱きしめて眠ることさえなくなってしまう。ガールフレンドだって出来るだろう。ゴードンが用意してくれた兄弟で過ごすための部屋は、いつかローレンスと彼女が使うようになるのだろうか。そうしたら自分は王宮の官舎か何処かに用意された宮兵の社宅に寂しく一人で住むのかと侘しく思いを馳せた。

 アレックスは自分が結婚をして妻を娶り、家庭を、子供を持つという想像が全く出来なかった。
 




 ゴードンはアレックスを鳥籠に入れ、自分はそこから放り出される未来など予想していなかった。
 

 ゴードンのやり方は子供のように箱庭にレールを引いて、気に入りの玩具の列車を走らせているのと同じだった。
 思い通りにならないのならば、列車をわざとぶつける。

 懐かしのハイドランジアホテルで、二人を引き合わせた。



 あの年末のパレードがあった季節。皆はおぼえているだろうかと。


「隠すなんて人が悪いぞ」
そう言いながら瞳を潤ませたアレックスをゴードンは見つめた。

「…驚かせようとするなんて、へそ曲がりな所は相変わらずだな」
アレックスを抱きしめ、あの時よりさらに背の伸びたジョセフに、まあなと答えて二人に酒を勧めた。

 何年振りかの再会に酒が進まぬはずがない。いつもは弟の待つ家に帰るからと酒を控えるアレックスもあり得ない量を飲んだ。声をあげて笑う。昔語りをするには若すぎるのに思い出話が口をついて出る。
 喜びの酒は口を軽くし、身体を火照らせた。

 ジョセフは泊まるつもりはないらしく、それでも会えた喜びから酒が進む。

 アレックスの手からグラスが転がり落ちる。明らかに飲み過ぎで時間もかなり遅かった。

「アレックスを部屋へ運んでやってくれ」
 ゴードンはアレックスを軽々と抱き上げて続き部屋の寝室へ運んだ。ベッドに寝かせてキスぐらいはするだろうとゴードンは思っていた。だから部屋まではついて行かずにソファに座ったままゆっくりとグラスの酒を呷った。

 戻ってきたジョセフに包みを渡す。
 新しい外套、服、当座の生活資金…そして別人の身分証。ゴードンの父が非正規の機関に金を積んで作らせたジョセフはではなく別人の名前を記された身分証。
「すまない、親父さんに礼を伝えてくれ…」



 清濁を併せ飲み平然としていられるゴードンの父だからこそできる、ジョセフのための身分証の偽造だった。それが有れば、ジョセフはもう少し自由に動ける。…ゴードンの父の手足となって。決して表に出る事はない事業の裏側を担わせる相手としてジョセフは選ばれた。


 ジョセフをホテルの部屋から送り出し、鍵をかけ、ゴードンはアレックスの眠る部屋に向かう。

 ジョセフを見た時のアレックスの表情を思い出す。
 あのひ弱な弟を前にした時とは違う顔をしていた。あの血の繋がらない弱々しい義理の弟に向ける愛情は許せた。あれは何かしら守ってやらなければいけない透明な何かをゴードンでさえ感じた。
 だが。


 なぁ、アレックス。お前はジョセフに見せたような笑顔を俺に向けてくれた事はあったか?
 ゴードンは返事が返ってこないのを知っていながらアレックスに語りかけた。

 今日アレックスに飲ませた酒には睡眠薬が仕込んであった。
 ゴードンはアンプルを一本取り出す。とろりとした液体を密封したそのアンプルのトップを折って口に含んだ。そして横たわるアレックスの唇の間に静かに流し込んだ。

 愛おし気にその両頬を包んだ。
 アレックスの長い黒髪は枕からベッドへと綺麗に漉いたように流されていた。ジョセフがやったのだろう。

 二本目のアンプルも同じようにアレックスに口付けて飲ませる。
 ポケットから出した香水を、アレックスの髪と枕に振りかける。本来なら一、ニ滴そっと馴染ませるような香は最初は弾けるようなレモンシャワーそれからマグノリアや他のフローラルな香りに変わり最後には落ち着いたウートウッドやモス系の男性的な香りになる。

 アレックスがジョセフに選んでやった香りだった。

 これだけ振り撒くと息苦しい程だ。目覚めてもジョセフに抱かれていたように感じるだろう。ゴードンはアレックスの襟元に手をかける。露わになった首筋に口付けながら宝物の包みを開くように服を脱がせてゆく。

「強化兵は知覚も増強されるだろう?教えてくれよ、どんなに感じるか。睡眠欲と性欲、どちらが強いかな。なぁアレックスお前が悪い。俺を愛さなかったお前が悪い…」


 ゴードンの腕が砕けた時に、心の中で押さえ込んできた欲望もまた弾けた。こんな卑怯な方法でもアレックスの身体に傷跡を残さなければ生きていけないほどに。

 ゴードンの舌と唇はくまなくアレックスの肌を這い、味わい、赤い跡を無数に残した。

 閉ざされた最奥にも特別な薬を塗り込む。粘膜から吸収されて、狂おしく身体を昂らせる媚薬をたっぷりと塗り込む。アレックスの陰茎が震え、ゆるゆると形を変えて勃ちあがり透明な雫を涙するのをゴードンは興奮しながら見つめる。

 自分の身体が最上級の果実を前に喜びに震える。

 もう二度と味わうことのできないかもしれないのだから。丹念に愛撫し溢れ始める白い果汁を啜る。

 ゴードンは指を遊ばせずに硬い果肉をほぐすためにゆっくりと沈めていった。やがてそこに自分を沈めて実らぬ種を撒き散らすために。
 美しい裸体をジョセフの香りで濃厚に包み込み、ゴードンは独り快楽を貪った。
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