6 / 79
砂の国
5
しおりを挟む本当のおれ?大人になった姿?
そんなの、おれが一番見たい。
「ねぇ、砂塵これがおれの本当の姿だよ?」
掴まれた手を引き抜く事も出来ない。見下ろされたまま凩は答えた。
「いや、そんなはずはない。会ったばかりで俺の事を信用できないかもしれないけど、俺がこうして見せたんだから、俺にもお前の姿を見せてくれよ」
跪ずいて、手を握られると言うことは凩の記憶の中にない体験だった。
いつも見上げるばかりで、見下ろした事のない凩はなんともいえない気分に襲われた。
見おろすとはどんなに気分が良いものかと思っていたのに秋の七草の女郎花を食べられると勘違いして噛んだような。その苦い汁が口中から体中へ勢いよく駆け巡っていくような感じがした。
優越感などかけらも湧かない。
「ようするに砂塵はおれのこの姿が気に入らないってことだよね?」
「いや!そんなことないぜ。その姿だって悪くはないと思うんだけどさぁ」
砂塵の言い方に苛立ちが募る。一度苛立つと、握られている手の熱さまで嫌になってくるのだった。
「けど、けど何なの?俺の郷里だと、そうやって俺をみろって追いかけて来る奴は露出狂っていうんだぞ」
「ろ、露出狂?」
「暗がりや人気のない所で、無垢で純情な子供や婦女子に俺をみろって局部を丸出しにして見せつけて、相手の羞恥を煽ったり悲鳴をあげさせたりする破廉恥な奴のことを露出狂って言うんだよ。せっかく楽しい気分で旅にでかけたって言うのに、砂塵は酷いよ。嫌いになるよ。あ~あもう国へ帰っちゃおうかなぁ」
砂塵が熱い薬缶に飛び乗った猫のように慌てたので、口調の後半はからかうように言ってみる。
「俺はその露出狂っていうんじゃないからな、悪かったよ。怒らないでくれよ。凩の身体からさぁ、あの大妖と同じ気配がするもんだからよ…。気になって仕方なかったんだ。凩を怒らせようとか、嫌がらせとか絶対そんなんじゃねぇからな。来たばかりなんだし、帰るとか言うなよ、な?」
束風が呆れた…というように見る目つきを思い出して凩は砂塵をねめつけた。
「次同じことを言ったら、砂塵のことはずぅっと露出狂って呼ぶからね。束風に言いつけちゃうからね」
「えええぇ、頼む、言いつけるのだけは勘弁してくれ」
砂塵は凩の手首を離すなり足に縋りついた。
「お前のお連れさんはともかく兄貴があんな機嫌の良さそうなのは久方ぶりなんだ。水をさそうもんなら俺は木っ端微塵になっちまう…」
「とりあえず熱いから離してよ」
「俺はひんやりして気持ちいい」
凩が決して勝てない攻防が続いた。砂塵に掴まれたり、抱きつかれると、振りほどく事も逃げる事もできないのだ。分かってはいたが、凩よりも砂塵の方があやかしとして強い。
凩の身体を抱きしめた砂塵は深々と息を吸い込んだ。
「吸っちゃだめ!」
砂塵は更に深々と息を吸い込む。凩の身体を包む冷たい妖気を胸いっぱいに吸い込む。
冷たい妖気は臍下辺りにずしんと溜まり、そこより上は熱気でほわほわと陽を浴びたように、火酒を飲んだように熱くなる。
自然の摂理で温かい風は軽く上に、冷たい風は重く下に動く。砂塵の身体は今まさにその状態だった。
歌いだしたくなるような踊り出したくなるような上機嫌で、凩を抱えたままくるくると回る。
「吸っちゃだめ、吸っちゃだめだったら!」
「良いではないか、減るものではなし」
「減る!目減りする!海を渡ってきて大変だったんだぞ、疲れた所に妖気を吸われては、か弱いおれは萎びるぞ、萎れるぞ、枯れ果てるぞ、砂塵のせいで潰えるぞ!」
凩は、大袈裟に喚いた。まぁ、すぐに潰えるわけではないが、寿命も近いし、吸われ続ければ枯れ果てつけるという事は嘘ではない。凩は嘘つきではない。
「潰える!?それは困る。では遠慮なく俺を吸え」
砂塵は勢いよくがばりと胸元を開き、凩の眼前に首筋を曝け出した。
10
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる