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砂の国
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喉を晒すという行為は厭われるものなのだが、砂塵は何の躊躇いもなかった。
「さぁ、凩好きなだけ場所を噛んで吸え」
砂塵の腕に抱えられ、逃れる事も出来ず、さりとて首筋に歯を立てる気もない。
凩は困り果て、ふいっと横を向いた。そうすると今度は砂塵の目のすぐ下に、凩の細い首が無防備に露出するのだが凩がそれに気づくはずもない。
ほぼ束風にしか抱き上げられたことがなかったので、仕方のない事だった。
「おれ、もう疲れちゃったよ。屋敷とやらに帰ろうよ…」
剥き出しの砂塵の首と肩の付け根を平手でぺしぺしと力なく叩き、凩はぷぅっと頬を膨らませた。
「噛めぬほど弱っているのか?よし、口を開けろ」
凩が、え?という間もなくぬるりと唇の間に赤いものが入った。
じゅわりと口の中に広がったのは林檎でも蜜柑でもなく、さらりとしているのかとろりとしているのか判別する間もなく甘い雫は喉の奥へ消えて行った。
舌先が凩の口内をてちっと弾き、巣に逃げ戻る赤い蛇のように砂塵の唇の間へ隠れた。
「…あ、あまい?」
怒るよりも戸惑った。あればあるだけどれほどでも飲めてしまう束風のさらさらと冷たい水の様なあやかしの気とはまるで違う。
「甘いだろう、熟した甜瓜のようだと言われるし」
俺は自分の味はわからないけどな、と砂塵はニヤニヤと笑った。
甜瓜…外地にはこんな魅惑の味があるのかと凩は心の中で打ち震えた。昔は良く山神に供えられた果物のお下がりを束風がくれたものだが、冬の果は林檎、蜜柑、干し柿と相場が決まっていた。ごく稀に赤子の頭ほどもある大きさの新高梨などがあり、土地の滋味を感じる様な甘さと芳醇な香りを持った味だったが、それとも違う、なんとも筆舌尽くし難い味だった。
「ほら、もういっぺん口を開けろ」
「むぁっ」
顎の下を親指で持ち上げられると、勝手に口が開き、赤い蛇がまた口に飛び込んだ。じゅわり、じゅわり、今度は二回。
あまい、甘い。
「んっ」
砂塵の舌先が凩の硬口蓋をついっとくすぐって、すぐに逃げ戻った。
首から背中に向かって火花が走った気がして、凩は、身体を震わせた。
ほんの一、二滴で震えがくるような、笑いだしたくなるような、そのくせ腹の奥にはずしりと漬物石がその重みの下に寿命という苦々しい何処にも隠しようの無い問題を抑え込み、泣けば良いのか笑った方が良いのか分からぬ具合になって凩は、砂塵の腕の中でゆらゆらと身体を泳がせた。
瞼も頬も耳たぶも、首すじまでほんのりと花色に染まり、凩は、うくくと笑った。
「も、もう帰るんだぞ。屋敷で、めるんをだせー皿いっぱいの、めるん」
砂塵の熱いあやかしの気は、凩の頭をくらくらさせた。酔っているのとおなじだった。
「めるんは気に入ったか?」
「うん」
凩は素直に頷いた。
「…好きか?」
何か詰まったような問い方をされて、ちらりと仰ぎ見る。
お伽噺に出てくるお腹の空いた狼みたいな顔だなぁと、凩はまたくくくと笑った。
「好きだといえば、屋敷で好きなだけ出してやるぞ」
「好きぃ」
ふっふっふっと湯の気泡が弾けるように笑いが止まらない。
「こいつめ」
砂塵は凩の落ち着きない身体を抱え直して、屋敷に向かって飛んだ。
凩のゆらゆらと揺れる視界の隅に、白い石像の顔が見えた。
あの石像の下唇が妙に薄いのは…凩は唐突に思った。熱波と砂塵の兄弟が口づけたからにちがいない。
あの石の唇もきっとめるんの味がするにちがいない…。
凩はまたひっそりとわらった。
「さぁ、凩好きなだけ場所を噛んで吸え」
砂塵の腕に抱えられ、逃れる事も出来ず、さりとて首筋に歯を立てる気もない。
凩は困り果て、ふいっと横を向いた。そうすると今度は砂塵の目のすぐ下に、凩の細い首が無防備に露出するのだが凩がそれに気づくはずもない。
ほぼ束風にしか抱き上げられたことがなかったので、仕方のない事だった。
「おれ、もう疲れちゃったよ。屋敷とやらに帰ろうよ…」
剥き出しの砂塵の首と肩の付け根を平手でぺしぺしと力なく叩き、凩はぷぅっと頬を膨らませた。
「噛めぬほど弱っているのか?よし、口を開けろ」
凩が、え?という間もなくぬるりと唇の間に赤いものが入った。
じゅわりと口の中に広がったのは林檎でも蜜柑でもなく、さらりとしているのかとろりとしているのか判別する間もなく甘い雫は喉の奥へ消えて行った。
舌先が凩の口内をてちっと弾き、巣に逃げ戻る赤い蛇のように砂塵の唇の間へ隠れた。
「…あ、あまい?」
怒るよりも戸惑った。あればあるだけどれほどでも飲めてしまう束風のさらさらと冷たい水の様なあやかしの気とはまるで違う。
「甘いだろう、熟した甜瓜のようだと言われるし」
俺は自分の味はわからないけどな、と砂塵はニヤニヤと笑った。
甜瓜…外地にはこんな魅惑の味があるのかと凩は心の中で打ち震えた。昔は良く山神に供えられた果物のお下がりを束風がくれたものだが、冬の果は林檎、蜜柑、干し柿と相場が決まっていた。ごく稀に赤子の頭ほどもある大きさの新高梨などがあり、土地の滋味を感じる様な甘さと芳醇な香りを持った味だったが、それとも違う、なんとも筆舌尽くし難い味だった。
「ほら、もういっぺん口を開けろ」
「むぁっ」
顎の下を親指で持ち上げられると、勝手に口が開き、赤い蛇がまた口に飛び込んだ。じゅわり、じゅわり、今度は二回。
あまい、甘い。
「んっ」
砂塵の舌先が凩の硬口蓋をついっとくすぐって、すぐに逃げ戻った。
首から背中に向かって火花が走った気がして、凩は、身体を震わせた。
ほんの一、二滴で震えがくるような、笑いだしたくなるような、そのくせ腹の奥にはずしりと漬物石がその重みの下に寿命という苦々しい何処にも隠しようの無い問題を抑え込み、泣けば良いのか笑った方が良いのか分からぬ具合になって凩は、砂塵の腕の中でゆらゆらと身体を泳がせた。
瞼も頬も耳たぶも、首すじまでほんのりと花色に染まり、凩は、うくくと笑った。
「も、もう帰るんだぞ。屋敷で、めるんをだせー皿いっぱいの、めるん」
砂塵の熱いあやかしの気は、凩の頭をくらくらさせた。酔っているのとおなじだった。
「めるんは気に入ったか?」
「うん」
凩は素直に頷いた。
「…好きか?」
何か詰まったような問い方をされて、ちらりと仰ぎ見る。
お伽噺に出てくるお腹の空いた狼みたいな顔だなぁと、凩はまたくくくと笑った。
「好きだといえば、屋敷で好きなだけ出してやるぞ」
「好きぃ」
ふっふっふっと湯の気泡が弾けるように笑いが止まらない。
「こいつめ」
砂塵は凩の落ち着きない身体を抱え直して、屋敷に向かって飛んだ。
凩のゆらゆらと揺れる視界の隅に、白い石像の顔が見えた。
あの石像の下唇が妙に薄いのは…凩は唐突に思った。熱波と砂塵の兄弟が口づけたからにちがいない。
あの石の唇もきっとめるんの味がするにちがいない…。
凩はまたひっそりとわらった。
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