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砂の国
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「束風…」
苛つきを隠そうともしない不機嫌な声が束風の名を呼ぶのが聞こえた。
凩の涙で滲んだ視界に、頭上から白い顔が覗いていた。雪白の髪が地面まで届く長い窓帷のように秀麗顔の横から溢れて凩の泣き顔の周りを包んだ。
「ん」
綿雪を掌に納めるようにふんわりと持ち上げられた。緩んだ襟も、乱れた裾もひと撫でで整う。だらりとぶら下がったままの腕も優しく引き上げられて、凩の体は横抱きにされて、束風の冷たい胸に頬を置いていた。
「お前の気は、熱すぎて凩には毒のようだ。初心ゆえ、手荒くしてやってくれるな。少し暗い場所で寝かせてやりたい」
砂塵は両膝を地面についたまま、それを見上げた。
この白い大妖は怒ってはいない。だが足元からひたひたと押し寄せる冷気に砂塵は芯から震える思いがした。そして少し離れた場所から此方を睨み見る兄、熱波が恐ろしい。
それはそうだ、極上のお愉しみをこんな形で中断されて、しかも呼んでも振り向きさえされず、悋気を向けるその相手があまりに小さく、その上束風の腕の中にいるとすれば、兄貴の怒りは何処に向かうのかと…。俺か?
「お前も苦しいのなら後でわたしの所へ来るがいい。見てやろう」
嗚呼!?今俺は確実に棺桶に腰まで浸からされた。
砂塵は心の内で絶叫した。
覚えあるうちから焦がれた存在にあまりにも似ていて、声をかけられて嬉しくないはずが無い。だがその喜びを遥かに凌駕する兄の怒りが恐ろしい。
何故今なんだ!
その言葉を他のあやかしの気のない場所で、二人っきりで、こっそりと囁かれたならば。何もかも放り出して飛びついただろうに。何故今なのか…。
誘いに乗れば間違いなく、膾切りか格子切りに刻まれる。素が砂と塵芥から生じたとはいえ、気を刻まれると辛い。兄の視線が千本の槍のようだ。これは、誘いに乗らなくても突き殺されるのではないか?
ええい、砂塵はばらりと砂と化した。即ち逃げた。
「束風」
大気も地面も焦がしそうな声で熱波は唸った。
「うん?熱波やいているのか?」
「やいている、やいている、やいている!!弟にまで声をかけて、剰えなんなのだその小僧は」
声高に言い放ち、歯噛みする。白い腕に抱かれたそれは小さく、弱く、みすぼらしく、不釣合いだった。
「これは、俺の一部だ。だからそんな苛立ちをこれにぶつけないでくれ」
「お前の一部?どこが欠けてそうなったというのだ、意味のわからぬ」
玲瓏たる月の欠けたる所なしという風情の姿を焦がれた目で見つめる。そんな不似合いなものは打ち捨ててしまえと熱波は思う。
束風が胸を指しても、熱波には理解できぬ。あやかしに心臓は無いからだ。
「お前の苛立ちは俺にだけぶつけてくれ」
束風がほんのわずかに首を傾けただけで、暗い所へ案内してくれるだろう?と案内されるのが当然のように、また熱波がそうすることを微塵も疑っていないのが分かって、熱波は苦しくなった。
見つめるだけで息が苦しい。
では、会わねば良かったのかと問われれば全くそうではない。
焦がれる熱を、どう束風に伝えて良いのか、熱波には全くわからなくなっていた。
苛つきを隠そうともしない不機嫌な声が束風の名を呼ぶのが聞こえた。
凩の涙で滲んだ視界に、頭上から白い顔が覗いていた。雪白の髪が地面まで届く長い窓帷のように秀麗顔の横から溢れて凩の泣き顔の周りを包んだ。
「ん」
綿雪を掌に納めるようにふんわりと持ち上げられた。緩んだ襟も、乱れた裾もひと撫でで整う。だらりとぶら下がったままの腕も優しく引き上げられて、凩の体は横抱きにされて、束風の冷たい胸に頬を置いていた。
「お前の気は、熱すぎて凩には毒のようだ。初心ゆえ、手荒くしてやってくれるな。少し暗い場所で寝かせてやりたい」
砂塵は両膝を地面についたまま、それを見上げた。
この白い大妖は怒ってはいない。だが足元からひたひたと押し寄せる冷気に砂塵は芯から震える思いがした。そして少し離れた場所から此方を睨み見る兄、熱波が恐ろしい。
それはそうだ、極上のお愉しみをこんな形で中断されて、しかも呼んでも振り向きさえされず、悋気を向けるその相手があまりに小さく、その上束風の腕の中にいるとすれば、兄貴の怒りは何処に向かうのかと…。俺か?
「お前も苦しいのなら後でわたしの所へ来るがいい。見てやろう」
嗚呼!?今俺は確実に棺桶に腰まで浸からされた。
砂塵は心の内で絶叫した。
覚えあるうちから焦がれた存在にあまりにも似ていて、声をかけられて嬉しくないはずが無い。だがその喜びを遥かに凌駕する兄の怒りが恐ろしい。
何故今なんだ!
その言葉を他のあやかしの気のない場所で、二人っきりで、こっそりと囁かれたならば。何もかも放り出して飛びついただろうに。何故今なのか…。
誘いに乗れば間違いなく、膾切りか格子切りに刻まれる。素が砂と塵芥から生じたとはいえ、気を刻まれると辛い。兄の視線が千本の槍のようだ。これは、誘いに乗らなくても突き殺されるのではないか?
ええい、砂塵はばらりと砂と化した。即ち逃げた。
「束風」
大気も地面も焦がしそうな声で熱波は唸った。
「うん?熱波やいているのか?」
「やいている、やいている、やいている!!弟にまで声をかけて、剰えなんなのだその小僧は」
声高に言い放ち、歯噛みする。白い腕に抱かれたそれは小さく、弱く、みすぼらしく、不釣合いだった。
「これは、俺の一部だ。だからそんな苛立ちをこれにぶつけないでくれ」
「お前の一部?どこが欠けてそうなったというのだ、意味のわからぬ」
玲瓏たる月の欠けたる所なしという風情の姿を焦がれた目で見つめる。そんな不似合いなものは打ち捨ててしまえと熱波は思う。
束風が胸を指しても、熱波には理解できぬ。あやかしに心臓は無いからだ。
「お前の苛立ちは俺にだけぶつけてくれ」
束風がほんのわずかに首を傾けただけで、暗い所へ案内してくれるだろう?と案内されるのが当然のように、また熱波がそうすることを微塵も疑っていないのが分かって、熱波は苦しくなった。
見つめるだけで息が苦しい。
では、会わねば良かったのかと問われれば全くそうではない。
焦がれる熱を、どう束風に伝えて良いのか、熱波には全くわからなくなっていた。
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