こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

文字の大きさ
10 / 79
砂の国

9

しおりを挟む
「束風…」
 苛つきを隠そうともしない不機嫌な声が束風の名を呼ぶのが聞こえた。


 こがらしの涙で滲んだ視界に、頭上から白い顔が覗いていた。雪白の髪が地面まで届く長い窓帷かぁてんのように秀麗顔の横から溢れて凩の泣き顔の周りを包んだ。


「ん」
 綿雪をてのひらに納めるようにふんわりと持ち上げられた。緩んだ襟も、乱れた裾もひと撫でで整う。だらりとぶら下がったままの腕も優しく引き上げられて、凩の体は横抱きにされて、束風の冷たい胸に頬を置いていた。


「お前の気は、熱すぎて凩には毒のようだ。初心ゆえ、手荒くしてやってくれるな。少し暗い場所で寝かせてやりたい」


 
 砂塵は両膝を地面についたまま、それを見上げた。

 この白い大妖だいようは怒ってはいない。だが足元からひたひたと押し寄せる冷気に砂塵は芯から震える思いがした。そして少し離れた場所から此方を睨み見る兄、熱波しむんが恐ろしい。
 それはそうだ、極上のお愉しみをこんな形で中断されて、しかも呼んでも振り向きさえされず、悋気を向けるその相手があまりに小さく、その上束風の腕の中にいるとすれば、兄貴の怒りは何処に向かうのかと…。俺か?


「お前も苦しいのなら後でわたし・・・の所へ来るがいい。見てやろう」


 嗚呼!?今俺は確実に棺桶に腰まで浸からされた。

 砂塵は心の内で絶叫した。

 覚えあるうちから焦がれた存在にあまりにも似ていて、声をかけられて嬉しくないはずが無い。だがその喜びを遥かに凌駕する兄の怒りが恐ろしい。


 何故今なんだ!


 その言葉を他のあやかしの気のない場所で、二人っきりで、こっそりと囁かれたならば。何もかも放り出して飛びついただろうに。何故今なのか…。



 誘いに乗れば間違いなく、なます切りか格子切りに刻まれる。素が砂と塵芥ちりあくたから生じたとはいえ、気を刻まれると辛い。兄の視線が千本の槍のようだ。これは、誘いに乗らなくても突き殺されるのではないか?


 ええい、砂塵はばらりと砂と化した。即ち逃げた。

「束風」

 大気も地面も焦がしそうな声で熱波は唸った。

「うん?熱波しむんやいているのか?」


「やいている、やいている、やいている!!弟にまで声をかけて、あまつさえなんなのだその小僧は」
 声高に言い放ち、歯噛みする。白い腕に抱かれたそれは小さく、弱く、みすぼらしく、不釣合いだった。


「これは、俺の一部だ。だからそんな苛立ちをこれにぶつけないでくれ」

「お前の一部?どこが欠けてそうなったというのだ、意味のわからぬ」


 玲瓏たる月の欠けたる所なしという風情の姿を焦がれた目で見つめる。そんな不似合いなものは打ち捨ててしまえと熱波は思う。

 束風が胸を指しても、熱波には理解できぬ。あやかしに心臓しんのぞうは無いからだ。

「お前の苛立ちは俺にだけぶつけてくれ」
 束風がほんのわずかに首を傾けただけで、暗い所へ案内してくれるだろう?と案内されるのが当然のように、また熱波がそうすることを微塵も疑っていないのが分かって、熱波は苦しくなった。 

 見つめるだけで息が苦しい。

 では、会わねば良かったのかと問われれば全くそうではない。

 焦がれる熱を、どう束風に伝えて良いのか、熱波しむんには全くわからなくなっていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

処理中です...