13 / 79
砂の国
12
しおりを挟む
それは哀れな、というより他はない。
砂塵の目の前で、黒風は剣を振り回し、颯を斬ってしまった。
煙が散るように颯の身体は霧散し、何かが落ちた。黒風は意味のない叫び声を上げながら右往左往し、体と剣に黒い靄を纏わりつかせたまま掻き消えた。
黒風のあまりにも必死な形相。やつの精神は悪夢の中で、俺とは全く違うものが見えているに違いない、と砂塵が思わずにはいられないほど不愍な姿だった。
砂塵は、颯が斬られた辺りで落ちたものを拾い上げた。
指。
白い指である。
白にひと雫、薄桃の蓮の花の色を垂らして型で抜いたような爪。
白い指を砂塵は拾い凝っと見た。指先だけになってなおあやかしの気を放ち続ける大妖の小指に間違いない。
砂塵はぞくぞくと恐怖ではない震えに支配されながら、摘んだ白い指をどうするものかと頭を抱えた。返さねばならぬ、しかし返したくない気持ちもある。どうせ今持って行った所で、そこには兄貴が居座っているだろうし、少しばかり俺が預かって…。そうだ、無くさぬように大事に預かっておくとしよう…砂塵は指を飲み込んだ。飲み込んでも取り出してちゃんと返す事ができるのだから…。指を通ったあとが香檳酒を飲んだようにはじける。
身体が喜んでいるのがわかる。凩の淡い気を吸ったのとは違う。あれは火酒を飲んだように熱くなり熱気と冷気が分かれた感じがしたが、これは腹の中から立ち昇る気が身体の中を巡り、はじけるような拍手と小さな喝采をあげる。
これは、こんなものを知ってしまったら。砂塵は熱波の執着と怒りを知る。
ほかに目移りできようはずがない。
目の前にどんなごちそうを出されても一度この味を識ってしまったら。
なんたる美味、なんたる毒!
この後一生をずっとこの味と比較しながら漂うことになるのか…。
砂塵の足は勝手に残り三つある冷気のうちの弱いものの方へと進む。凩、凩、そうあの細い身体からは最初から白い大妖と同じ冷気が漂っていた。凩も大妖の気や指を喰っていたのか…。
三つ目の場所に辿り着いても、暗い通路にはそれらしきものが誰もいない。
砂塵は次の冷気を辿り始めた。
指を得た砂塵の身体は簡単に次の場所を探すことができた。次の場所に飛び、白い繭のような、白い朝靄のような、冷たい霜の帳を簡単に捲ってしまった。
だがそこに膝を抱えて座っている凩が苦いもので食べたような顔で砂塵を見上げると、彼はもうそれ以上進めなくなってしまった。
よし、と言われるのを待つ犬のように砂塵は凩を見つめた。
小さな唇は引き結ばれ、閉じたままだった。
砂塵の目の前で、黒風は剣を振り回し、颯を斬ってしまった。
煙が散るように颯の身体は霧散し、何かが落ちた。黒風は意味のない叫び声を上げながら右往左往し、体と剣に黒い靄を纏わりつかせたまま掻き消えた。
黒風のあまりにも必死な形相。やつの精神は悪夢の中で、俺とは全く違うものが見えているに違いない、と砂塵が思わずにはいられないほど不愍な姿だった。
砂塵は、颯が斬られた辺りで落ちたものを拾い上げた。
指。
白い指である。
白にひと雫、薄桃の蓮の花の色を垂らして型で抜いたような爪。
白い指を砂塵は拾い凝っと見た。指先だけになってなおあやかしの気を放ち続ける大妖の小指に間違いない。
砂塵はぞくぞくと恐怖ではない震えに支配されながら、摘んだ白い指をどうするものかと頭を抱えた。返さねばならぬ、しかし返したくない気持ちもある。どうせ今持って行った所で、そこには兄貴が居座っているだろうし、少しばかり俺が預かって…。そうだ、無くさぬように大事に預かっておくとしよう…砂塵は指を飲み込んだ。飲み込んでも取り出してちゃんと返す事ができるのだから…。指を通ったあとが香檳酒を飲んだようにはじける。
身体が喜んでいるのがわかる。凩の淡い気を吸ったのとは違う。あれは火酒を飲んだように熱くなり熱気と冷気が分かれた感じがしたが、これは腹の中から立ち昇る気が身体の中を巡り、はじけるような拍手と小さな喝采をあげる。
これは、こんなものを知ってしまったら。砂塵は熱波の執着と怒りを知る。
ほかに目移りできようはずがない。
目の前にどんなごちそうを出されても一度この味を識ってしまったら。
なんたる美味、なんたる毒!
この後一生をずっとこの味と比較しながら漂うことになるのか…。
砂塵の足は勝手に残り三つある冷気のうちの弱いものの方へと進む。凩、凩、そうあの細い身体からは最初から白い大妖と同じ冷気が漂っていた。凩も大妖の気や指を喰っていたのか…。
三つ目の場所に辿り着いても、暗い通路にはそれらしきものが誰もいない。
砂塵は次の冷気を辿り始めた。
指を得た砂塵の身体は簡単に次の場所を探すことができた。次の場所に飛び、白い繭のような、白い朝靄のような、冷たい霜の帳を簡単に捲ってしまった。
だがそこに膝を抱えて座っている凩が苦いもので食べたような顔で砂塵を見上げると、彼はもうそれ以上進めなくなってしまった。
よし、と言われるのを待つ犬のように砂塵は凩を見つめた。
小さな唇は引き結ばれ、閉じたままだった。
10
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる