こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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砂の国

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 それは哀れな、というより他はない。
 砂塵さじんの目の前で、黒風は剣を振り回し、颯を斬ってしまった。

 煙が散るように颯の身体は霧散し、何かが落ちた。黒風は意味のない叫び声を上げながら右往左往し、体と剣に黒いもやまとわりつかせたまま掻き消えた。

 黒風のあまりにも必死な形相。やつの精神は悪夢の中で、俺とは全く違うものが見えているに違いない、と砂塵が思わずにはいられないほど不愍ふびんな姿だった。

 
 砂塵は、颯が斬られた辺りで落ちたものを拾い上げた。

 指。

 白い指である。

 白にひと雫、薄桃の蓮の花の色を垂らして型で抜いたような爪。

 白い指を砂塵は拾いっと見た。指先だけになってなおあやかしの気を放ち続ける大妖の小指に間違いない。
 
 砂塵はぞくぞくと恐怖ではない震えに支配されながら、摘んだ白い指をどうするものかと頭を抱えた。返さねばならぬ、しかし返したくない気持ちもある。どうせ今持って行った所で、そこには兄貴が居座っているだろうし、少しばかり俺が預かって…。そうだ、無くさぬように大事に預かっておくとしよう…砂塵は指を飲み込んだ。飲み込んでも取り出してちゃんと返す事ができるのだから…。指を通ったあとが香檳酒しゃんぱんを飲んだようにはじける。

 身体が喜んでいるのがわかる。こがらしの淡い気を吸ったのとは違う。あれは火酒を飲んだように熱くなり熱気と冷気が分かれた感じがしたが、これは腹の中から立ち昇る気が身体の中を巡り、はじけるような拍手と小さな喝采をあげる。

 
 これは、こんなものを知ってしまったら。砂塵は熱波あにの執着と怒りを知る。

 ほかに目移りできようはずがない。

 目の前にどんなごちそうを出されても一度この味を識ってしまったら。


 なんたる美味、なんたる毒!



 この後一生をずっとこの味と比較しながら漂うことになるのか…。

 砂塵の足は勝手に残り三つある冷気のうちの弱いものの方へと進む。凩、凩、そうあの細い身体からは最初から白い大妖と同じ冷気が漂っていた。凩も大妖の気や指を喰っていたのか…。

 三つ目の場所に辿り着いても、暗い通路にはそれらしきものが誰もいない。

 
 砂塵は次の冷気を辿り始めた。


 指を得た砂塵の身体は簡単に次の場所を探すことができた。次の場所に飛び、白いまゆのような、白い朝靄あさもやのような、冷たいしもの帳を簡単にめくってしまった。

 
 だがそこに膝を抱えて座っている凩が苦いもので食べたような顔で砂塵を見上げると、彼はもうそれ以上進めなくなってしまった。


 よし、と言われるのを待つ犬のように砂塵は凩を見つめた。


 小さな唇は引き結ばれ、閉じたままだった。


 
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