14 / 79
砂の国
13
しおりを挟む
凩は霜の帷を捲って現れた砂塵を見上げて、何を言おうかと考えた。
考えた末に相手の言っていたことばをそのまま繰り返した。
「半端物の痩せ小枝は具合が悪いのです。どうぞ煩くせずにお帰りください」
あんな言葉がどこからか聞こえたばかりに凩の気分は最悪だった。自分で言ってみるとなお暗い気分に落ち込む。
そのままばたりと横になると、冷気を幕のように手繰り寄せ蓑虫のように引き籠ってしまう。
その言葉を言った覚えのある砂塵は気まずげにうっと言葉を詰まらせた。
「なぁ、悪かったよ。あれは売り言葉に買い言葉というか」
「心にもない言葉はとっさには出ないものだよ。もう眠いからあっちへ行って」
凩はもぞもぞと動き、これ以上砂塵の言葉がきこえないようにしようと幕をもう一枚引き揚げ布団のように被った。
凩の言葉が冷たく他人行儀になってしまったと砂塵はそのまま周りをぐるぐると廻ったが、いや最初から他人であり客人であり自分の番でも何でもない相手に対してひどいことを言ったり執着し追い回していると気が付き悪戯にうろうろした。
砂塵は白い布団の盛り上がった部分に手を置いた。
刺したり押し潰したりするのが得意で、撫でるのも詫びるのも得意ではなかった。が、おずおずと撫でた。詫びの言葉を探しても自分の中に言葉が見つからない。
髄分惨めに未練がましく言葉を探し出し、絞り出そうとし、砂塵は呻いた。何と言っていいのかわからないのだ。
生じたばかりの時は、怯えながらも早く強くなりたいと奪い殺し喰らってきた。殺しを禁忌と思わなくなった頃には愉しんでさえいた。蝿を払うのと同じように殺し尽くし、ふと気がつく。周りに砂しかない。乾いた岩と砂と崩れていく骸しかない。
触れた者を殺してしまう毒の風と呼ばれる兄と乾いた風と砂の一族、地下水が無ければすぐ息絶える椰子。もうずっと同じ顔ぶれで飽き飽きとした日々が続いていく。
ふと、遊びながら殺した相手の中に番がいたのではないかと思った。だからこんなにも長く独りでいるのではないかと砂塵は恐怖した。愚かにも分からずに喰らってしまったのかもしれない。
熱波は番が来れば必ず分かると言った。番を持ったこともないのに何を根拠にそう言い切れるのか?だが熱波には何か確たるものがあるようだった。
人でない砂塵には信ずる神も仏もいない。だから兄を信じた。狂わず待とう、会えるまで待とう。小さくなって兄の影に潜むと、焦燥に耐えられる気がした。乾ききった砂漠にはもう長い間訪れるものもなく今度来るのが俺の番ならいいなと、ずっとずっと思っていた。
熱波は報われた。
長く待った甲斐があった。
あのように交わる様子が番同士で無ければ、何なのか砂塵には理解できぬ。では俺は?俺の番は?
もう一つの白緑の風はこちらに気がある様子もなく、素早く黒影がつく。
砂塵の目に入ったのは白いほっそりとした風の子で、兄と白い大妖ばかり見ていた。
これは同じ年頃で出会えていれば砂の上を駆け回り、遺跡を冒険し、冷たい地下水に飛び込み、一つの甜瓜を分け合い、お互いの頬をぴったりとつけて眠ったのではないか…。
もっと早く出会えてさえいれば…。
砂塵は見つめる。
大妖の指を得なければ、気が付かなかっただろう。
どうして白い風の子は…凩は、頭の先から足の爪先まで滴るように大妖束風と同じにおいがするのか。
同じにおいどころか同じあやかしの気が漂う。
他のにおいがするということは、もう手がついているということではないのか。清純そうに見えて全身から他の男のにおいを漂わせるほど爛れて、そんな奴を相手に遠慮をする必要があるのか?
砂塵は白くふんわりとした冷気を引き裂いた。
考えた末に相手の言っていたことばをそのまま繰り返した。
「半端物の痩せ小枝は具合が悪いのです。どうぞ煩くせずにお帰りください」
あんな言葉がどこからか聞こえたばかりに凩の気分は最悪だった。自分で言ってみるとなお暗い気分に落ち込む。
そのままばたりと横になると、冷気を幕のように手繰り寄せ蓑虫のように引き籠ってしまう。
その言葉を言った覚えのある砂塵は気まずげにうっと言葉を詰まらせた。
「なぁ、悪かったよ。あれは売り言葉に買い言葉というか」
「心にもない言葉はとっさには出ないものだよ。もう眠いからあっちへ行って」
凩はもぞもぞと動き、これ以上砂塵の言葉がきこえないようにしようと幕をもう一枚引き揚げ布団のように被った。
凩の言葉が冷たく他人行儀になってしまったと砂塵はそのまま周りをぐるぐると廻ったが、いや最初から他人であり客人であり自分の番でも何でもない相手に対してひどいことを言ったり執着し追い回していると気が付き悪戯にうろうろした。
砂塵は白い布団の盛り上がった部分に手を置いた。
刺したり押し潰したりするのが得意で、撫でるのも詫びるのも得意ではなかった。が、おずおずと撫でた。詫びの言葉を探しても自分の中に言葉が見つからない。
髄分惨めに未練がましく言葉を探し出し、絞り出そうとし、砂塵は呻いた。何と言っていいのかわからないのだ。
生じたばかりの時は、怯えながらも早く強くなりたいと奪い殺し喰らってきた。殺しを禁忌と思わなくなった頃には愉しんでさえいた。蝿を払うのと同じように殺し尽くし、ふと気がつく。周りに砂しかない。乾いた岩と砂と崩れていく骸しかない。
触れた者を殺してしまう毒の風と呼ばれる兄と乾いた風と砂の一族、地下水が無ければすぐ息絶える椰子。もうずっと同じ顔ぶれで飽き飽きとした日々が続いていく。
ふと、遊びながら殺した相手の中に番がいたのではないかと思った。だからこんなにも長く独りでいるのではないかと砂塵は恐怖した。愚かにも分からずに喰らってしまったのかもしれない。
熱波は番が来れば必ず分かると言った。番を持ったこともないのに何を根拠にそう言い切れるのか?だが熱波には何か確たるものがあるようだった。
人でない砂塵には信ずる神も仏もいない。だから兄を信じた。狂わず待とう、会えるまで待とう。小さくなって兄の影に潜むと、焦燥に耐えられる気がした。乾ききった砂漠にはもう長い間訪れるものもなく今度来るのが俺の番ならいいなと、ずっとずっと思っていた。
熱波は報われた。
長く待った甲斐があった。
あのように交わる様子が番同士で無ければ、何なのか砂塵には理解できぬ。では俺は?俺の番は?
もう一つの白緑の風はこちらに気がある様子もなく、素早く黒影がつく。
砂塵の目に入ったのは白いほっそりとした風の子で、兄と白い大妖ばかり見ていた。
これは同じ年頃で出会えていれば砂の上を駆け回り、遺跡を冒険し、冷たい地下水に飛び込み、一つの甜瓜を分け合い、お互いの頬をぴったりとつけて眠ったのではないか…。
もっと早く出会えてさえいれば…。
砂塵は見つめる。
大妖の指を得なければ、気が付かなかっただろう。
どうして白い風の子は…凩は、頭の先から足の爪先まで滴るように大妖束風と同じにおいがするのか。
同じにおいどころか同じあやかしの気が漂う。
他のにおいがするということは、もう手がついているということではないのか。清純そうに見えて全身から他の男のにおいを漂わせるほど爛れて、そんな奴を相手に遠慮をする必要があるのか?
砂塵は白くふんわりとした冷気を引き裂いた。
10
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる