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業の国
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しおりを挟む白い顔の半分が弾け飛んでいた。
人ならば即死だ。だが白い顔の残り半分は叫ぶ形で口を開けたまま涙を流していた。
「おい!!」
突然の事に男は仰天した。
男はあまりにも暇で、先ほどまで静かに眠る白い化物の細い指先の小さなを爪を触っていた。
親指の腹で白い爪をさすっていると飴細工のように艶々として離しがたくなったのだ。
あまりに小さくて薄く、何のために付いているのかわからないような爪だった。
剣の手入れをする時よりも熱心に、しかしあまり力を込めないようにそうっとさする。
あまりにも突然、白い身体が大きく跳ねた。
慌てて見るとそうなっていた。
どうすれば良いのか男が考えるよりも、身体が理解していた。
細い身体を抱き寄せた。男の胸と白い顔が磁石でも引き合うように結ばれ繋がった。
『おまえの腹と腕の傷を治すのにおれの身体をつかったじゃないかよ』
男は、これがそう言っていたことが今なら理解できた。
黒い鎧の胸が粉を吹いたように白くなり、顔を半分無くした白いのがそこへ繋がれ、極細の糸に覆われる。守ろうとしているのか蚕の繭のように見える。
糸が震えていた。
怯えと恐怖がひしひしと伝わってくる。
一度首が落ちた時とはまるで違う反応だった。
髪か肩を撫でてやろうと思ったのに、人の手の方はもうぴったりと糸で縫い付けたようにくっ付いていた。
閉じた瞼から零れる涙は、涙の雫さえ失われるのが惜しいかのように肌にすうっと消えていく。
与えられ物が今度は奪われるように身体が吸われる感じがしたが、男は抗わなかった。
前は戦っていたからこそ、この空間の異常に耐えられた。
だが、化け蠍を倒し、この白い化物が来て鎖を解くためにと足に触れ、眠ってしまったようになるとこの空間の静寂さと空虚さは、独りでは耐え難いものだった。
もしこの白い化物が消えてしまったら、程なく自分は気が狂うと思えた。
「吸え、全部吸ってしまえ。この場所に独り残されるよりはお前にもらった分を全部返して俺は消えた方がいい」
兜をつけたままの頭を寄せるとそこにも白い糸が伸びて覆われるのが分かった。
静かに雪が降るようだった。
ああ、俺は雪が降る所など見たことがないのに…どうしてだろう。視界が全て白く塗りつぶされる。
白い景色の中に子供が立っていた。顔の半分を片手で覆っている。
目が合うと、酷い怪我だよと言う。
「酷い怪我はお前のほうだ」
男が手を伸ばすと、一瞬怯えたように肩を竦めたが、そっと頭を撫でるとじっとそこに立っている。
ねぇ、おじさんも酷い怪我だよ、と子供が言う。
俺はおじさんと言う歳ではない、と言おうとして、自分の手が自分の顔に触れた。兜の無い顔に。
髪は焼けてなく、火傷で爛れた肌、瘡蓋と膿に塗れた顔。鼻は欠け、唇は割れているはずだ。もう誰が見ても分からぬ程に壊れた顔が乗っているはずだ。
ねぇ、おじさん酷い怪我だよ、治してあげるよ、と子供が言う。
男は後ずさった。
「やめろ」
「だって、おれは顔の半分だけでも痛いのに、そんなに傷がついていたら苦しいでしょ?一緒に治そう?」
片方の目を瞑ったまま、子供が両手を差し伸べる。
「やめろ、治っても醜い顔が蘇るだけだ。俺は自分で焼いた兜を被ったんだ。もとの顔を捨てるために」
醜さゆえに顔を捨てた。親からも愛されず恋人もいない。
ただ王だけが、男の強さを称えてくれた。鎧兜をつけたまま戦場を駆け王の剣と呼ばれた。
「でも痛いでしょう?」
よせ、近づくなと男は尚もあとずさり、白い壁際に追い詰められた。
「来るな、もとの顔などいらん。…もし治すというのなら別の顔にしてくれ」
子供は小首を傾げた。自分の顔、要らないの?と澄んだ瞳で尋ねる。
「お前のように愛される顔をしていれば、疎まれも憎まれもしないだろう…。そうだお前の顔、いや、お前が良いと思う顔をおれにつけてくれ、そうでなくては治してなどくれなくて良い」
男の言った言葉を理解できなかったように、白い姿はしばらくぼんやりと立ち竦んでいたのだが、良いと思う顔?と呟きぱっと頬を染めた。
それは白い景色の中に色づく赤だった。
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